エピローグ 幸せは天から降り注ぎ
==================================================
ケント州の領地で、ジョイスとシャーロットは結婚式を挙げる――。
==================================================
ひと月後のよく晴れた日の午後。
ケント州の旧シュルーズベリ伯爵家所領、現ブランフォード侯爵家所領内の小さな教会で、ジョイス・エドワード・ナサニエル・モールバラとシャーロット・エリザベス・ヘムズワースの結婚式が執り行われた。
「ジョイス・モールバラ、まさかこんなところまで呼び出されるとは思っていなかったぞ。ウエストミンスターで盛大にやればいいものを……」王子が襟を正しながら、苦笑を浮かべて不満をこぼした。
あと少しで式が始まるというころ、新郎の控え室に王子が姿を見せていた。
「申し訳ありません、殿下」ジョイスは忍び笑いをこらえながら答えた。「ぼくとシャーロットにとっては、シュルーズベリ伯爵家の所領であったこの土地の、この教会が、式を挙げるのにもっともふさわしい場所だと思えたものですから」
「まあ、これまでのことを考えれば、もっともな話ではあるが」
「わざわざご足労いただいて、ありがとうございます」
「ふん、まあいい。なにしろ恩人の結婚式だからな。では、わたしは礼拝堂に行っているぞ」王子は腰をあげ、ジョイスに笑顔でうなずいて出ていった。
ジョイスは礼拝堂に入り、祭壇の前に立った。
参列者は多くない。しかしその数少ないなかに、意外な顔が交じっていた。
まさかこんな遠いところまではるばるやってくるとは思っていなかったが、ランカシャーの本宅にこもっていた母親が姿を見せたのだ。
母がどんなうわさを耳にしたのかはわからない。
しかし王室の祝福も受けたとあって、否定的な言葉を口にするようなことはなかった。
シャーロットは正真正銘、伯爵家の令嬢であり、しかもあの美貌――なにより金髪で、希少な紫色の瞳だ。複雑な過去があるとは言え、母の“眼鏡にかなう”女性であることは間違いない。母が喜んでいるかどうかは測り知れないが、少なくともシャーロットのほうは母に会えてとても喜んでいた。それだけでよしとしよう。
やがて礼拝堂の中央扉が開き、クリストファーに伴われたシャーロットが静かに入ってきた。
亡き父親に代わり、弟が花嫁のエスコート役を務めることになったのだ。
いまジョイスがまとっている婚礼の服は、シャーロットがこのひと月ほどで心をこめて縫いあげたものだ。彼女のウエディングドレスも最初は新しく仕立てるつもりだったが、結局、彼女の母親のドレスを使うことになった。大切にしまいこまれていた母親のウエディングドレスが、城の屋根裏から見つかったのだ。ドレスが見つかった瞬間、シャーロットは迷うことなくそれを着ることを決めていた。グイドに処分されていなくて本当によかった。
この礼拝堂の隣の墓地には、シャーロットとクリストファーの両親が眠っている。荒れていた墓地はいまやきれいに手入れされ、礼拝堂も見違えるほど明るい光に満ちあふれていた。
オルガンの音色とともに、クリスとシャーロットが一歩ずつ、祭壇とジョイスに向かって歩いてくる。
今日のシャーロットは、いつにも増して、まばゆいばかりに美しい。頬はバラ色につやめき、紫の瞳は水晶よりも澄んできらめき、結いあげた金の髪が白い肌とドレスに映えて、まるで内側から光を放っているかのようだ。
一歩、また一歩、シャーロットは祭壇とジョイスに向かって進んでいった。
神さまの前で、ジョイスがわたしを待っている――。
一年前の同じころは、こんな日が来るなんて想像もしていなかった。ただ故郷と弟のことがどうしようもなく気になって、でもどうすることもできなくて、焦燥を抱えてひたすら必死に日々を過ごしていただけだった。
でも、神さま――思いきって故郷に戻ったわたしにお力を貸してくださって、ありがとうございました。こうしてジョイスと引き合わせてくださって、もう一度わたしに生きる喜びを与えてくださって、心から感謝します――。
祭壇の前までたどり着いたシャーロットは、そっとクリスの腕を放し、やわらかな笑みとともに差し出されたジョイスの大きな手に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
― 完 ―
【漫画原作】ある恋のお話『傷だらけの侯爵と黒衣のワケあり女テーラーが恋したら』~A Love Story~ スイートミモザブックス @Sweetmimosabooks_1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます