23.王室からの祝福と贈り物
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ジョイスとシャーロットは王室から正式に結婚の許しを得る。
さらに国王一家との謁見で、王子から思いもよらぬ贈り物を賜って――。
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メイフェアからバッキンガム宮殿へ、四頭建ての立派な馬車が車輪の音も高らかに駆けていく。
そのなかでは正装したジョイスとシャーロットが並んで座り、互いの手と手を握り合わせていた。ときおり窓の外に目をやっては、また見つめ合うことをくり返している。
ジョイスは漆黒の上衣と真っ白なブリーチズで颯爽と決め、シャーロットは真珠色のシルクで仕立てた流れるようなドレスに、金色の豪華なオーバースカートを重ねた上品な装いだった。
シャーロットがダンカンの屋敷から救出されて十日あまり。
ジョイスは特別許可証を得てすぐにでも結婚するつもりだったが、さすがにそれはあわただしすぎる、ろくな結婚式もできないと、王室から待ったがかかった。シャーロットが伯爵令嬢とわかってはなおさらだ。
そして今日。
正式に王室から結婚の許しが出る運びとなり、ふたりは国王の御前に召喚されたというわけだった。
十日ではドレスを新調することはかなわず、ジョイスの妹セシルが持っていたドレスにシャーロットが自分でオーバースカートを合わせて手直しした。しかし、もとのドレスがすばらしい品だったこともあり、国王の御前に出てもまったく恥ずかしくない装いだ。
特筆すべきは、肩があらわになる袖のデザインに、シャーロットがまったく手を加えなかったことだった。肩の傷は、けっして恥ずかしく思うべきものではない。ジョイスと一緒なら、ありのままの自分で堂々としていられると、シャーロットは心から思えたのだ。そんな彼女をジョイスはいっそう誇らしく、いとおしく思わずにいられなかった。
「さあ、着いたよ」ジョイスがシャーロットに言った。
馬車が宮殿の巨大な門を入っていく。
シャーロットは目を輝かせ、馬車の窓から顔を出さんばかりの勢いで宮殿を見つめた。
謁見の間に足を踏み入れると、国王一家が奥にずらりと並んで座っていた。
天井の高い堂々たる大広間。居並ぶ貴族の面々。なにもかもに圧倒される。
シャーロットは思わず不安げに隣のジョイスを見上げたが、彼はにこっと笑って彼女の手を励ますように握りしめた。
「大丈夫、なにも心配はいらない。王室の方々にぼくのすばらしいシャーロットを見ていただけることが、ぼくにはなにより誇らしいよ。さあ、行こう」
ジョイスの言葉は、いつだってシャーロットを安心させ、力づけてくれる。
彼がいれば、なにもこわくはない。
彼女は大きくうなずき、胸を張って顔を前に向けた。
国王の御前まで進み出ると、国王、つづいて王妃から祝福の言葉がかけられ、次に王子が口を開いた。ジョイスが身を賭して命を救った王子だ。
「そなたたちの良縁を、わたしも心からうれしく思う。そこで本日は、わたしからそなたたちへ、ひとつ祝いを用意した」
意外な言葉に、ジョイスもシャーロットも驚いて顔を見合わせた。
「もったいないことでございます、殿下。しかしながら、殿下の特別なおはからい、心よりありがたく、謹んでお受けしたいと思います」ジョイスが胸に手を当てて礼をとった。
王子がうなずき、手で合図を送ると、左手のドアから正装した若者が姿を現した。王子のそばまで歩いてきた若者に、王子がうなずく。
若者はジョイスとシャーロットのほうに向きを変え、そのまま足を進めて近づいてきた。
その姿を目で追っていたシャーロットが、やがて小さく震えだした。両手の指先を口もとに当て、乱れそうになる息づかいを抑えている。けげんそうにジョイスが彼女を見やると、今度は彼女の頬を涙が伝いはじめた。
「シャーロット……?」ジョイスは心配して彼女に向き直り、身をかがめた。
「ああ……うそよ……こんな……」シャーロットの視線は、近づいてくる若者に釘付けになっていた。「クリス……クリストファー……?」
「なんだって?」ジョイスが驚愕し、若者に視線を移してまじまじと見つめた。
そう言われれば、金色の髪に、水色の瞳、やさしげな造作……シャーロットから聞いていた、彼女の弟の特徴にぴたりと当てはまる。
いやしかし、いま目の前にいる若者はたくましく成長し、おだやかに微笑み、いたって健康そうで、病弱にはとても見えない。落ち着きをそなえ、少々細身ながらもしっかりと筋肉のついた体をしている。なんと立派な若者に育ったことだろう。
彼は、ふたりの前まで来て足を止めた。「シャーロット姉さま。ぼくだ、クリストファーだよ」
その瞬間、シャーロットは弟に飛びついていた。「クリス!」
ふたりがしっかりと抱き合う。
シャーロットは嗚咽をこらえきれず、いつしかしゃくりあげていた。
ジョイスはそんな彼女の背中にそっと手を置き、激情が収まるのを静かに待っていてやった。
王子が三人のもとへ歩いてきた。「ジョイスからシュルーズベリ伯爵家の顛末を聞かされて、すぐに調査を開始した。王室の力をもってしてもこれだけの時間がかかってしまったが、めでたく弟君を見つけることができた。弟君はこうして生きていたんだよ、レディ・シャーロット」
クリスは顔を上げて少し抱擁をとき、姉の顔を見て言った。
「シャーロット姉さま、ぼくはあの夜、従者の機転でいち早く城を抜け出して、ウェールズに逃れたんだ。まだ10歳の子どもだったから、当時のぼくには事情がよくわかっていなかったけれどね。そのままぼくはウェールズの小さな教会でかくまわれ、今回、王子に見つけ出されるまで、ずっとそこで暮らしていた。あのままなにもなければ、教会から出ずに一生を終えたかもしれない。姉さまは行方知れずになっていたし、両親もすでになかった。外に出ていけば、おじになにをされるかわからない。ぼくの身を案じて、牧師さまはもうぼくを俗世には戻さずにおこうとお考えだったらしい。だから、すべての事情を聞かされたのも、十五になってからだったんだ」
「そうだったの……。いきさつはどうあれ、もう一度こうしてあなたに会えるなんて夢みたいよ。本当にうれしいわ。おじからもあなたのことは知らないと言われて、なんのあてもなくて……」シャーロットは涙をぬぐい、ジョイスと王子を代わる代わるに見た。
「本当にありがとうございました。おふたりの力がなければ、こうしてクリスに会うことはできませんでした。なんてお礼を言ったらいいのか――」いくらでも出てきそうな涙をこらえ、声を震わせながら言った。
王子がジョイスとシャーロットを見る。「これで、命の恩人に少しは借りを返せたかな?」そう言ってウインクした。
「借りもなにも、じゅうぶんすぎるほどのことをしていただきました。今回のことで人身売買の大きな組織もひとつ潰せましたし、あのときダンカンの屋敷から救い出された少女や女性たちのその後にも心を砕いていただき、本当に感謝しています、殿下」ジョイスは深々と腰を折った。
「やつらの処分はこれからのことだが、クリストファーにその気があるのならシュルーズベリ伯爵家を再興し、新たに所領も与えよう。考えておいてくれ。しかし、まずは結婚式だな?」王子はにやりと笑った。
「ええ。
「ああ! そう言えば、未来の侯爵夫人は仕立ての名手だそうだな。しかも、男装の麗人テーラーとしてロンドンじゅうのうわさになっていたとか。惜しい、わたしもぜひこの目でその姿を見たかったものだが……」王子があごに手を当てて頭を振る。
ジョイスは片方の口角をくいっと上げて笑った。「残念ながら、未来の侯爵夫人が男装することは、二度とないかと存じます」
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