22.ふたりの思いが重なるとき

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ふたりは無事タウンハウスに戻ってきた。

ジョイスは自分の心をさらけ出し、シャーロットの愛を乞う――。


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 タウンハウスに着くと、ジョイスはシャーロットを抱きかかえたまま馬車をおりた。

 いっときも離れたくないというように、何度もいとおしげに彼女と目を合わせる。

 イアハートが開けた玄関ドアを抜け、二階へ上がってまっすぐに主寝室に向かった。青と金を基調にした堂々たる部屋には、キングサイズのベッドが置かれている。そこにそっとシャーロットをおろすと、彼の上着をはおったままの彼女の肩を両手でやさしく包んだ。

「いま、隣の部屋に風呂を用意させている。まずは湯に浸かってくれ。けがはないか? どこか痛いところは?」ジョイスは心配そうに尋ねた。

 シャーロットは首を横に振った。

「いいえ、ないわ。ありがとう、ジョイス、あなたが来てくれたおかげよ」そう言って、感謝のまなざしで彼を見あげた。

 彼がダンカンの屋敷に駆けつけた経緯については、馬車のなかで話を聞いていた。彼がすぐに調査を始めてくれたおかげで、こうして無事に戻れたのだ。

「いいや、礼なんか言わないでくれ。ぼくは自分に腹を立てているんだ。不甲斐なくて情けないよ。きみときちんと話をしてここに引き留めておけば、あんな危険に巻き込まれること もなかった。あんなこわい思いをさせることもなかった。あんなやつにきみをさわらせることも――!」ジョイスの両のこぶしが震えている。彼はおもむろにひざをつき、シャーロットの顔を下から覗き込むようにして目を合わせた。

「すまなかった、シャーロット。賭けのことだ。ぼくは深く考えもせずに、賭けに乗ってしまったんだ。母から結婚を迫られて、むしゃくしゃしていて……」ジョイスは苦しそうに眉をしかめた。

「こんな言い訳がましいことを口にして、虫が良すぎるかもしれない。だが、きみに会った瞬間から、賭けのことなど頭から消え失せていた。自分でも戸惑うほど、どんどんきみに惹かれて、賭けなんか関係なしにきみを手に入れたくてたまらなくなった。きみを抱いたのは、賭けとはなんの関係もないんだ」シャーロットの両手を握り、すがるような目で見つめる。

「愛している、シャーロット。きみを離したくない」

 とにかく弁明を聞いてもらおうと、いっきにまくしたてていたジョイスだが、ひとつ息をした。

「きみは、どういうつもりでぼくに抱かれた? ぼくの勢いに流されただけだったのか?」

 シャーロットの顔に、かあっと熱がのぼった。あのときのことが思い出されて、まともにジョイスの目が見られない。

「どういうつもりだったかなんて、自分でもよくわからないわ。でも――あんなことは初めてだったの……。男の人がこわかったはずなのに、あなたの腕のなかは安心できて、でも、どきどきして、あなたにふれたくてたまらなくなって――止まらなかった」真っ赤になりながら告白する。

 ジョイスは希望の光を見た。

「もし、きみがぼくを受け入れてくれないのなら、ぼくはもう一生だれも愛さない。いや、愛せない。きみ以外の女性はほしくないんだ。だから、シャーロット、結婚してほしい。どうかぼくの妻になってくれ。ぼくを救ってくれ」

 シャーロットは口をぽかんと開けた。「わたしがあなたを救う……? でも、わたしはもう伯爵家の娘でもないのよ。侯爵のあなたとわたしじゃ――」

「そんなことは関係ない!」ジョイスは全身全霊で否定した。「そんなことはなんの障害にもならないんだ。ぼくが侯爵だから結婚できないと言うのなら、ぼくはいつだって侯爵の称号を放棄する。そんなもの、ほしいと思ったこともない。きみを手に入れることができるなら、なにを捨てたってかまわない。これからのぼくは、きみを守るために生きるのだから」

 シャーロットの瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。「ジョイス……信じてもいいの……? 信じたいわ……ジョイス……ジョイス……」次から次へと涙があふれてきて、シャーロットは何度もきつく目を閉じた。

 しかし次に目を開けたとき、そこに映ったのは、ジョイスのやわらかな笑顔だった。

「信じていいとも。信じてくれ、ぼくにチャンスを与えてくれ、シャーロット」

 ふたりは、しっかりと抱き合った。


 シャーロットは全身をお湯に浸し、ほうっと大きく息をついた。

 ジョイスの部屋の続き部屋に用意されたバスタブにたっぷりと湯が張られ、一面にバラの花びらが浮き、バラの香油のにおいが甘く立ちのぼっていた。湯気を吸いこむたびに、緊張して張り詰めていた体と神経がほぐれていくようだ。

 廊下側のドアではなく、隣の部屋に続くドアが静かに開き、ジョイスが入ってきた。住み込みで作業をしていたときには廊下の奥の部屋がシャーロットに与えられていたが、ジョイスが主寝室と続く部屋に変えさせたのだ。シャーロットの本当の身分と、彼にとって彼女がかけがえのない大切な存在だということを考えれば、当然のことだった。

「気分はどうだい?」ジョイスはバスタブの近くで止まり、笑みを浮かべてやさしくシャーロットを見下ろした。

 湯であたたまって全身をピンク色に染めた姿は愛らしくもあり、官能的でもあった。黄金色の髪が首筋や肩にまとわりつき、湯に浸かった毛先は広がってゆらゆらと揺れている。肌も唇もいつもよりさらにふっくらとして、胸の先端はわずかに色が濃くなっている。細くくびれたウエスト、そこから美しくカーブを描いて広がる腰のライン、しなやかに伸びた脚。足のあいだの影に、思わず彼の視線が留まる。

「ジョイス……そんなに見ないで。恥ずかしいわ」シャーロットはいっそう頬を染め、腕で胸を隠しながら、ジョイスがいるほうとは反対側に体をかたむけた。

「こんなに美しいものを見ずにはいられないよ」ジョイスはバスタブの横にひざをつき、湯を手ですくってシャーロットの肩にかけた。

 彼の視線を感じてか、彼女の胸の先端がとがっていく。

 ジョイスは彼女のうなじに手を伸ばし、首筋に張りついた髪を指先でそっと払ってやった。

 シャーロットがぴくりと身を震わせ、せつなげな瞳をジョイスに向けた。

 自然とジョイスの顔が近づいていく。彼女の頬に手を当てて、ゆっくりと深く唇を合わせた。頬に当てた手を彼女の耳にずらし、耳から首筋、そして肩へと指先でなぞっていく。そのあいだにも舌を絡め、口づけを深めていった。

 いつしかジョイスの手は湯のなかにまで入り、彼女の胸のふくらみをそっと包んで、親指で胸のとがりにふれた。

 んん、と甘い声がシャーロットの鼻から抜ける。

「ぬれてしまうわ、ジョイス……」シャーロットが熱くささやく。

「かまわない」ジョイスは彼女の胸のふくらみと胸のとがりをもてあそびながら、脇腹にも指先を伸ばした。

 彼はシャツとブリーチズだけという格好で、襟は大きく開いている。シャツの袖口はもうすっかりぬれていた。もう片方の手で彼女のうなじを抱え、ときおり背中までこねるように愛撫する。

 ばしゃっと水音をたてて、シャーロットは両腕でジョイスの首に抱きついた。口づけがどんどん激しくなり、ふたりの息づかいも荒くなる。

 ジョイスは彼女をバスタブから引き上げるようにして抱き寄せ、頭を下げて胸のとがりを口にふくんだ。シャーロットが熱い息を吐いてのけぞり、ジョイスの頭を抱えて自分の胸に押しつける。ふたりはあっという間に燃えあがった。

 ジョイスはいったん体を離してぬれたシャツとブリーチズを手早く脱ぎ捨てると、シャーロットをバスタブから抱き上げて外に立たせた。タオルを取って彼女をくるみ、そのままベッドへと運んだ。

 真紅のサテンのベッドカバーをはいで彼女をそっとおろすと、タオルを開いて裸の胸と胸を合わせるように押し倒していった。湿り気を帯びた肌が吸いつくように重なって、シャーロットの背筋を甘いしびれが駆け抜けていく。

 信じられない……。

 ずっと男性がこわかったのに、ジョイスとならこんなにも幸せな気持ちになれる。

 熱くて、あたたかくて、幸せで、なんの不安もなくて……目を開ければ、いつでもジョイスのやさしい瞳が見返してくれる。そのやさしい瞳が、だんだんとせつなげに、情熱的になっていって、わたしの体の奥にも火をつけていく。

「愛しているわ、ジョイス……」彼女の唇からこぼれた言葉にジョイスは瞳を大きく見開き、そして一瞬のち、うれしそうに顔を大きくほころばせた。

「ああ、ぼくも愛している、シャーロット」ジョイスはやさしく口づけ、彼女を官能の世界へとゆるやかにいざなっていった。

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