第3話 「大賢人」


 暗い世界だった。俺の身体はどうやら空中に浮いているようで、フワフワとした浮遊感だけがあった。


 いまも鮮烈に、あのバケモノの存在感が俺の意識の内側に残っていた。


「すごーい、すごいよー。地球人の生身の肉体じゃーん!!」


 女の人の騒ぎ声が聞こえる。


「しかもこの男の子、ボダイシンがあるじゃん!!」


 何のことだろうか。俺には何も見えない。何も感じない。ただ、女性の声だけが聞こえる。


「可哀そうだけど、背に腹はかえられぬ!」


 何をはしゃいでいる。煩い。喧しい。

 もう黙ってくれ。


「スオウの依り代になってもらいましょう!」


 禍々しい気配が近付く。


「大賢人であるこの私が本気なれば、魔王の封印なんて造作もないのよ!」


 嫌な予感がする。


 パチンッ!

 と、何かが弾ける音がした。


 目の前に、先ほど俺を殺したバケモノが現れた。俺は、いま目が見えていないはずなのに、なぜかソイツが苦しんでいる様子が伝わってくる。


 バケモノは、黒い液体のように姿を変えてみるみる球体になった。その球体になった状態のバケモノの存在感のみが俺の内側に濃縮される。


 その瞬間、凄まじい憎悪と痛みの感覚が広がり、我を忘れて錯乱しそうになった。


 頭をかきむしりたい程の強い憎しみと、全てをなぎ倒したいくらいの破壊の衝動にかられたが、なにぶん手足が全く動かない。


 全身が痛い。魂が引きちぎれるみたいな悲壮感と壮絶な悪寒。


 俺の肉体と魂が、瞬く間に「悪霊」になるのを感じた。


「おお、いい反応ですねぇ」

 耳元でその女性が囁く。


「ねぇ、痛い? 苦しい? どれくらい苦しい?」


 この人は、ドSなのか。

 すげぇ痛いし、苦しいよ。


 だが、次第にその感覚も途絶えていって、俺の視界が開かれていった。


 目の前に、美人のお姉さんがいた。僧侶の山吹色の袈裟みたいな衣装を身にまとっている。


「ここは?」

「あの世です!」

「俺は死んだんですか?」

「当然」


 満面の笑みを浮かべながら、目の前の女性はそう答えた。


「まぁ、あの世といえばあの世なんですが、ここはどちらかというと私の境地ですね」


「ほう」

「私の精神的な世界!」


 彼女は両手をバッっと上げて歓喜のポーズを表現している。


「アナタは輪廻転生を信じますか?」

「知りません」


 なんだよ。その「神を信じますか?」的な問いかけは。神よりもこの状況が神秘的だよ。


「実は、在るんですねぇ。転生」

 彼女は嬉しそうにそう言った。澄んだ瞳で俺の顔をジッと見つめている。


 ウザい話し方ではあるが、非常にキレイな顔立ちのせいで、不思議と嫌な感じはしなかった。


「それでは、もうしばらく、私の講義を受けていただきましょう! 私の講義が終わったら、アナタははれて異世界転生です!! よかったね!」


 おっ。という、ことは、これは、もしかしたら、


 異世界でチートな能力が開花するっていう妄想が実現するかもしれない!


 俺は期待に胸を膨らませた。


「生まれ変わり、というと皆さんは誤解しがちなのですが、前世の一人格のみでなされるとは限りません」


「というと?」


「例えば前世にAさんとBさんがいたとして、その二人に深い縁があるとするでしょう?」


「はいはい」


「そうしたら、次に生まれ変わるとき、AさんはBさんの人格を例えば20%とか受け継ぐ形で転生することも、まあ稀ですがあるみたいなんです」


「なるほど」


 正直、いま頭が混乱していて何を話されているのか分からない。それより真理ちゃんは大丈夫なのか、俺は死んだのか? あのバケモノはどうなった?


「……混乱してる?」

 と彼女は不思議そうに俺に問いかけた。


「ええ」

 俺は、正直に答える。


「まず、アナタと一緒にいた女の子も死んじゃってますね。それで、あの子も転生してます。転生先で会えるといいですね!」


 けっこう残酷なことを言うんだなぁ。


「それから、蘇芳スオウ。あのバケモノのことですが、すごい悪さをする野郎なので、アナタの胸の中に封印しちゃいました。いやぁ、ホントに私って幸運! 人間の肉体……それも適正のある男の子と一緒にいるところを発見できるなんて! まさに漁夫の利ってヤツですね」


 いや、貴女の都合なんて俺には分からないよ。ということは、アイツは今、俺の中に封印されているのか。


「あの、暴れだしたりしないでしょうかね?」


「ん? 覚醒したら…………ってこと? まぁ、大丈夫だと思うけど、そうなりそうなことがあれば、意志と根性で押さえ込んでください!」


 結局は根性論ってことか。


「それでは、来世、会えるといいですね!」

「ちょっと待って!」

「はい、待ちます」

「なんか、特別なスキルとか能力とか無いの? 転生先の世界で無双できるような」

「無いですね。私は神様じゃないので」

「何にも?」

「はい。何も。強いて言えば前世の記憶が残っているくらいでしょうか。あとはアナタの努力次第です。頑張ってくださいね」


 だんだんと意識が消失していく。ああ、ちょっと残念。期待したものは得られないらしい。


 俺、これで死ぬのか。残された家族や友達も、今までは居て当たり前の存在だったけど、今は凄く愛おしく感じるよ。



 じゃあな、俺の肉体。

 そして、ようこそ、俺の中の最悪の魔王。


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バクティー・ストーリー あきたけ @Akitake

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