第2話 「バケモノの登場」
俺は真理ちゃんと一緒に教室を出た。過呼吸を起こしている女の子を置いてはいけない。
廊下で俺たちの様子を見た男子が物凄く盛り上がっている。
「保健室行こうか?」
俺は問いかけたが、彼女はかすれた声で、
「屋上、のほう……が、いいよ」
と言った。
「そう」
普段、屋上には鍵が掛けられてあって、気軽に入ることは出来ないのだが、十円玉でこじ開ければ入れることを俺は知っている。
一昨年の新学期の春、仲間たちとふざけて屋上へ行ったら、後で担任に呼び出しをくらって大目玉を受けたことがあった。
怒られはしたが、あの時見た景色は素晴らしかった。きっと女子と二人きりで見る摩天楼の景色も素晴らしいんだろうなと、思いを馳せる。おっ、なんかロマンチックじゃない?
廊下を抜け、人通りの少ないC階段を上に上がった。彼女の過呼吸が心配だった。
「階段上がれる? やっぱり保健室のほうが良いんじゃない?」
俺が問いかけると、彼女は言った。
「違うの、話があるの。とても大切な、二人だけで、絶対に話しておかないといけない」
つかの間、俺は愛の告白でもされるのかな、と考えてみたが、どうやら様子が違うようだ。なんか、もっと深刻な話しっぽい。
「史郎くん。信じてもらえないかもしれないけど、アナタはそのうち、転生するよ?」
「はっ?」
転生、というワードが彼女の口から出たことに俺は驚きを隠せない。俺はまだ死んではないし、生まれ変わりが在るかどうかも信じないほうだ。
「転生?」
と俺は聞き返す。
二人で階段を上がる。
「話すと長くなるの、信じられないかもしれないけれど、アナタに実際に起こる出来事だから」
彼女の話がもし本当だったら、嬉しいなと俺は思った。
俺も、わりと異世界転生でチートな能力を開花させる展開のラノベは好きなほうである。
そう思いつつ、俺たちは階段を最上階まで登る。目の前には、立ち入り禁止の黄色い札が掛けられた、屋上への扉があった。
財布から十円玉を取り出して、俺は鍵をこじ開ける。大丈夫、教師たちにはまだバレていない。
「話なら、風に当たりながらゆっくり聞くよ」
と俺は言う。
そうして俺は、扉を開け放った。
目の前に青い空が広がり、柵越しに住宅街の景色が見えた。秋風が、真理ちゃんの黒髪を揺らしている。
「よし、落ち着いた? 話せる?」
彼女は頷く。
「…………すごくスッキリしたの、史郎くんが先生殴ってくれて」
「ああ、ほとんど衝動的だったけど、そう思ってくれたなら良かった」
とりあえず、彼女が俺のせいで過呼吸を起こした訳じゃないと知って、俺は本当に安堵した。
「あの先生、理不尽じゃない? 前にも喘息もちの一年生に無理をさせようとしてたり」
「そうそう、嫌な野郎だ」
しばらく沈黙があった。お互い話す内容が無くなって、会話が途切れた。
つかの間、俺は先ほどの彼女の言葉を思い出した。
「そういえばさっき、転生がどうのこうのって言ってたけど」
「うん。その事なんだけど、私さ、霊感があるの。信じる?」
「幽霊くらいなら、いても良いんじゃないか?」
実際に俺自身も予知無をみたり、金縛りにあったりすることはある。完全にそっち系に傾倒している訳ではないが、全く信じない訳ではない。
「これは私の思い過ごしかもしれないけれど、アナタはそのうち、死ぬかも。それで、新しい身体に生まれ変わることが約束されている」
おいおい。この子、大丈夫か?
なんて思ったけれど、女の子の話は最後まで聞くものだ。という信念があったので、俺は口を挟まずにじっと聞く。
「……幽霊様が教えてくれるの。こんな話、誰にも信じてもらえないけど、幽霊様がいて、幽霊様がアナタを気に入っているの」
その瞬間、空気が重くなった。突然、真理ちゃんが俺の背中のほうを見ながら固まった。何かに怯えるような表情をしている。
「大丈夫?」
俺は聞いたが、返事はない。
震える手で、彼女は俺の、背中側を指差す。
バケモノがいた。
白装束にボサボサの長い黒髪というオーソドックスな姿をしていた。
長い爪からは血を流し、白装束は泥で汚ならしくなっている。
直感的に、あれは人間じゃないな、と思った。そして、背中に冷や水を浴びせられたような衝撃を受ける。
「やばい」
俺がヤツを見て、最初に思ったのは、
「必ず倒さなくてはならない」
という謎の使命感だった。
今しがた出会ったばかりなのに、
何百年も、何千年も、果てしない悠久の時を、あの怪物との闘いに費やしてきたような気がする。
「真理ちゃん! アイツは幽霊様なんかじゃない!! もっとヤバイやつだ!」
俺は体育教師を殴った時と同じような衝動で、目の前のバケモノに拳をぶつける。
腕が、宙を舞った。
赤い液体が噴水のように飛散し、俺の肘の先がコンクリートの地面に落ちているのが目に映った。
「えっ」
何が起こっているのか理解ができなかった。
しかし、不思議なことに、俺の思考には、
「まだ左腕が残っている」
俺は敵を倒すことしか考えられない、戦闘狂にでもなったのかもしれない。
ボサボサの長い黒髪の、その奥のヤツの目はきっと笑っているにちがいない。
血だらけの指は、今まで何人もの人間を殺してきたのだろう。
「うわぁああああああ!!!!」
左腕をヤツの顔面に目掛けて振り上げる。
その瞬間、俺の死が確定した。
四方八方、どこへ行っても生存ルートのない完全な絶望を経験した。
その圧倒的な「死」の存在の中で、いまこの瞬間だけでも生きている、その「生」の感覚が研ぎ澄まされ意識の外側に広がっていくのを俺は感じた。
「「…………お前とは、殺しあいの中で生まれる奇妙な愛情すら感じるよ」」
俺とヤツの声が重なった。
この地球という星の中の、日本という国の中の、瀬戸史郎という一人の人間の命が、
いま、終った。
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