第57話 蜜月旅行⑥

 翌日、俺とシェリルはドラコニクスを観光して周っていた。

 エルフの国とはまた違った風情の景色を楽しみながら、土産物を選んでいく。


「シェリル、これリーナにどうかな?」


「あら、いいわね。それならこの薬草も付けてあげましょう。エルフの国では手に入りにくいの」


「ああ、わかった。シェリルが手に持っているのは女王様のお土産か?」


 透明のグラスに赤や青の複雑な幾何学模様がほどこされ、それだけで芸術品ような美しさだ。


「そうなの、さっき試飲したお酒を飲む時にいいと思うの。どうかしら?」


「うん、あの酒ならこのグラスがいいな。無色透明の酒だから色合いが映える」


 そんな風に穏やかな時間が過ぎ去っていく。

 蜜月ももうすぐ終わるから、そろそろエルフの国に帰らなければならない。今回行けなかった魔族のいるリューリッツ王国は次回のお楽しみだ。


「えっ……レオ様? レオ様でございますの!?」


 そんな風に声をかけてきたのは、ドラコニクスの王女リオナだった。


「お久しゅうございます! お会いしたかったですわ!」


 可憐な花が咲くように微笑わらうリオナは、水色の艶やかな髪と瞳は儚げでつい守りたくなる女性だ。だがドラコニクスは竜人族がする国だと忘れてはいけない。見た目とは裏腹に魔物と戦う様は勇ましいし、普通の人間の男なら片手で捻るように倒される。


「リオナか、久しぶりだな。元気だったか?」


「はい、レオ様のお陰で宝珠の生産も順調ですわ。あの、よろしければまたお食事をご馳走したいのですが、いかがでしょうか?」


「それはありがたいんだけど……シェリル、どうし……えっ、シェリル!?」


 ちょうど棚の影でリオナの視界から外れていたシェリルが、何の感情もこもらない顔で石のように固まっていた。


「あっ! シェリルもいらっしゃったのですね! それでは是非おふたりでいらっしゃってくださいませ!」


「ちょ、ちょっとだけ相談してくるから待っててもらえるか?」


 それだけ伝えて、ほんの少しリオナから距離を取る。さり気なく結界を張って、シェリルにそっと声を掛けた。


「シェリル、どうした? 結局を張ったから本心を離してくれる?」


「……レオはああいう女が好みなの?」


 え、ちょっと待て。何故そういう展開になるんだ? えーと、久しぶりだと話をしていただけだよな?


「いや、俺の好みはシェリルだ。他はあり得ないし、そんなに不安に感じよるうな態度だった?」


「だって……すごくいい笑顔をリオナ様に向けていたから……私に向けるのとは違っていたんですもの」


 なるほど、たしかに意図的にいい笑顔にしていた。だけどそれには理由がある。


「あー、それは多分外向けの笑顔だよ。実はひとりでドラコニクスに来ていた時に宝珠の作成が芳しくないって聞いて、エレメント精霊たちに協力するように頼んだんだ」


「えっ、レオがひとりの時に?」


「うん、そうすればシェリルの女王の試練が滞りなく進むと思って……だからシェリルの大切な取引相手だから笑顔を絶やさないようにしてたんだ。いつでも助けられるようにと思って」


 こんなに女々しい男だったと知られて幻滅されないだろうか。俺が影から応援していたと知って、シェリルのプライドを傷つけないだろうか?

 話すつもりはなかったけど、誤解されるくらいなら全て打ち明けたほうがマシだ。


「レオ……どうしましょう。私、嬉しすぎるわ!」


 そう言って、シェリルが抱きついてくる。その熱に浮かされそうになるけど、店の中なのでなんとか堪えた。


「だから、シェリルが心配することなんて何もない。俺にはシェリルしか見えてないから」


「私も、レオしか見えてないの。でも、もう大丈夫よ。リオナ様の元に戻りましょう」


 俺とシェリルはリオナの招待を受けて、竜宮城へと向かった。




     ***




「さあ、お待たせいたしました! これがドラコニクスの郷土料理でございます。ご堪能くださいませ!」


 目の前に並ぶのはトロトロになるまで煮込んだ肉や塩で蒸し焼きにされた魚、それから甘辛く味付けた野菜の煮物。その他にもさっぱりとした青菜の煮浸しや出汁のきいたお吸い物などがテーブルいっぱいに並べられた。


「それから、レオ様はこれがお好きでしたよね」


 そう言って俺に出されたのは『おにぎり』と呼ばれる、白米を三角に握ったものだ。


「覚えててくれたのか! リオナ、ありがとう」


「喜んでもらえて嬉しいですわ。シェリル様にはこちらを用意しました。女性でも食べやすく評判がいいのですよ」


 長方形の皿に乗せられたのは、一口大の丸い米の塊でそれぞれ違う味付けのものが五種類並んでいた。細かな装飾もされて見た目にも楽しい。


「まあ! とても可愛らしいわ。食べるのがもったいないくらいね」


「気に入ってもらえて嬉しいですわ。それぞれ味が違うので、飽きずにお召し上がりいただけますの」


 リオナは自分の作った料理でもてなすのが楽しいらしく、すっかり満腹になった俺たちは帰ろうとしたけど話し足りないリオナに引き留められ一晩お世話になることにした。




「レオ殿が来ているとわかれば、もっと早くに仕事を切り上げてきたのだがな」


「いや、国王の仕事はちゃんとやってきてください」


「むう、真面目なのはいいことだが、儂としてはこの酒を飲むのも楽しみにしてきたのだぞ」


「じゃぁ、グイッと飲んでください。注ぎますよ」


 食後に三人で飲んでいるとドラコニクス国王が乱入してきて、俺とサシ飲み状態になっている。シェリルは場所を変えてリオナと何やら話し込んでいるが楽しそうなので問題なさそうだ。


 よし、国王はさっさと潰してシェリルの隣に行こう。いや待て、もしかしてあれがガールズトークなのか!? これは、俺が行ったら邪魔してしまうんじゃないだろうか……?


 ほんの少し悩んでいたら、ドラコニクス国王に並々と酒を注がれていた。


「ほら、レオ殿もグイッといくのだ」


 促されるまま飲み干した酒は、やたら美味かった。




     ***




「ねえ、リオナ様に聞きたいことがあるの」


「何でしょう? わたくしで答えられることでしたらなんなりと」


 ふんわりと微笑むリオナ様は本当に可愛らしい。こんな女性にあんなに美味しい手料理を作ってもらって、レオはどんな様子だったのか気になっていた。

 醜い感情を制御できないのはわかっているけど、聞くなら今しかない。


「あの、前にレオからリオナ様に手料理をご馳走になっていたと聞いて……どんな様子だったのかお聞きしたいの。ダメかしら?」


「ふふ、そんなことでしたら、いくらでもお話しいたしますわ」


 よかったわ! 実はずっと気になっていたのよ。リオナ様とはこんな風にお話しする機会もなかなかないもの。


「そうですわね……何かお好みの料理をお召し上がりになると、数度無言で箸を運んでからため息と共に美味しいと誉めてくださいましたわ」


 ああ、わかるわ。レオの様子が目に浮かぶわね。それはきっと一口目で美味しさに驚いて、二口目で間違いないと確信して、三口目でやっぱち美味しいと感動しているのよ。


「他にはどんな様子だったの?」


「私、シェリル様が羨ましくて仕方ありませんでした。だっていつもレオ様はシェリル様のことしか考えていなかったのですもの」


「え、そうなの?」


「美味しいと思った料理を食べた後、シェリル様の好みの味だとか、これだと少し辛いとか、これは絶対好きだとか……必ずポツリと呟いてました」


 私は思い出した。

 前にレオとふたりで魔物の討伐に行った時にレオが話してくれた。


『今度はシェリルと一緒に食べたいと思うよ』


 そう言って微笑んでいた。レオはいつでも私のことを考えてくれていたのね。


「正直言うとレオ様に好意を持っていた時期もあったのです。でも何かあればシェリル様のお名前が出てきて……あまりにも付け入る隙がなくて早々に諦めたのですよ」


「そうだったの……」


「だからシェリル様が気に病むことなどひとつもないのです。あんなにも愛されているのですから」


 そうだ。いつもいつも、レオは私に抱えきれないほどの愛を与えてくれる。

 少しだけ勘違いしたりうっかりすることはあるけれど、いつもいつも私のために最善を尽くしてくれる。


 世界中の誰よりも深く一途に私に愛を向けてくれる愛しい人。追いかけるのは私ばかりだったから、少し自信がなかったけどもう大丈夫。


 ヤキモチを妬くことはあっても、それは完全に私の独占欲からだ。


「リオナ様、ありがとう。お陰で自信が持てました。私が力になれることがあったら何でもおっしゃってくださいね」


「それでは……ひとつお願いしてもよろしいでしょうか……?」


 頼まれたのは、なんとジオルド王国の魔法研究所の所長を紹介してほしいと言うことだった。そうだ、ハロルドだ。


「あの方がドストライクで好みなのですっ!! シェリル様、どうかお願いします!!」


 レオに久しぶりに会った時の態度などそよ風に感じるくらい、ハロルドに関しては激しい感情をあらわに詰め寄ってくる。竜人族は配偶者に強く執着する性質があると聞いたことがある。

 なるほどと思った。


「わかったわ。レオにも話していいかしら?」


「はい、ハロルド様を紹介していただけるなら是非に!」


 ハロルドの春は近いかもしれない。

 きっとこの嵐のような愛からは逃げられないだろう。




     ***




 翌朝、突き抜けようなる青空のもとドラコニクスを旅立った。


「シェリルは楽しめた?」


「ええ、もちろん楽しめたわ! それにレオの愛情もたくさん感じたわ」


「そうか、それならよかった」


 ここからは日常に戻ってエルフの国のために尽くす毎日だ。あと半年もすればシェリルは女王になる。


 それでも変わらずに愛を示そう。まあ、気持ちは勝手に溢れてくるから問題はない。シェリルが溺れてしまうほどの愛を注ごう。


 そしてその瞳を、その笑顔を、その愛情を俺だけに向けてほしい。

 俺が注ぐ愛情と同じだけとは言わないから、シェリルの全部を俺にください。


 そうしたら、俺は誰よりも何よりも強くなれる。

 そしてこの身のすべてでシェリルを愛してゆきます。






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これにて完結となります。

最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。


皆様のフォローや★の応援、また温かい言葉には何度も励まされました。また番外編を続けるにあたり嬉しいお言葉もたくさんいただきました。本当に本当にありがとうございます。


自分の力量不足を痛感しつつ、今後も皆様に楽しんでもらえる作品を執筆できればと思っております。

異世界恋愛も書いてるので、よかったら応援お願いいたします。


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それでは、あなた様にとって素敵な一年になりますようお祈り申し上げます☆

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【古代召喚魔法】しか使えない俺は、悪霊を呼び出したと追放されました。でもエルフの王女を助けたら溺愛されたので、俺も王女様だけ大事にします。あ、邪魔する奴らは排除一択でいいよね?〜 里海慧 @SatomiAkira38

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