1話 ハンス・ヴァイオレット

法歴5072年。魔法を持つ者と持たざる者との間で勃発した開闢戦争から数年後。開戦地であったフェリタス帝国は、フェリタス魔法帝国と名を変え、世界で唯一魔法を合法化した国家体制を敷いている。


 浮遊魔法を駆使した交通機関、鉱物生成魔法や、魔力操作による第二次産業の発達と言った具合に、庶民の暮らしの至る箇所に魔法が携わり、根底から生活を支えている。


 魔法により生活の質、負担が大幅に向上したこの国は、「幸福の象徴」として多くの国家から注目を浴びている。


「…あの、一つ尋ねたいことがあるのだけど。」


「あぁ、いいですと…も…!?」


 魔法と活気溢れる繁華街の中心に、一瞬の静寂が訪れる。白を基調とした布地にサファイアブルーのポイントが施されたローブを纏った青年が、立派な髭を生やした老人に問いかける。


「この街にいる超越者と謁見したいのだけど、魔法局はどこにあるか知っているかな」


「……こ、ここの大通りの突き当たりを左折!あとは道なりに直進を!」


 逃げるように去る老人を横目に、青年はため息をつく。


「…その道はさっき通ったよ。やっぱりこの格好、怖いよなぁ。」


 とぼとぼと覇気なく歩く青年に、前方の商人が声をかける。


「そこの白いお兄さん、魔法局に行きたいのか?銀貨1枚でどうだ?」


「…商売上手なことで。そしたらそこのリンゴを1つ。」


「いい目をしてるな、いいリンゴだぜ、これは。」


 他愛もない会話を弾ませ、青年は苦笑を混じえて銀貨2枚を手渡した。旅人が商売人と友好な関係を築くには、ご厚意に甘えるという意味で、求められた銀貨より多く手渡す文化が定着している。開闢戦争以前からの常識であった。


「この大通りを右折すると大きな魔法柱が見えるはずだ。その突き当たりをさらに右へ。あとは道なりだ。」


「ご丁寧にどうも。チップは大切に使うこと。それと……」


 青年は声色を落として深々と被ったフードを外してみせる。


「……!!?」


 刹那、商人は悪い夢でもみたかのように顔を青ざめる。


「僕の目は、いいものじゃないよ。」


そう言い残し、青年は商人の元を立ち去った。



商人の情報を頼りに大通りを右折すると、目の前に青白く発行する巨大な魔法柱がそびえ立っていた。魔法柱とは、魔法国家におけるライフラインであり、街の至る所に設置されている。


街の中心に置かれる主柱と、周囲を囲むいくつもの柱によって、魔力を街全体に行き渡らせ、生活に反映させている。魔法は言わば、古の世界で言うところの電力の役割を果たしているのだ。


「…めてっ、やめてよぉ!」


柱の付近で、少女が泣いて許しを乞う。


「うるせぇな!魔法適性のないお前がさぁ!俺様に逆らってんじゃねぇよ!」


男が凄まじい剣幕で少女を罵る。魔法を持つ者が持たざる者を侮辱する。青年は傍で起きているいざこざを横目に魔法局を目指そうとした。どこにでもある事だと言い聞かせながら。


「あ…あるば…アルバート様がいてくだされば…あなた達なんて…!」


その言葉に、青年は立ち止まる。開闢戦争において魔法を持たざる者に与した超越者であり、ことフェリタス魔法帝国では悪夢の象徴とされている男だ。


「なんだお前!外の人間か!?この国でそいつの名を呼ぶなんざ自殺行為だぜ!?」


男は少女に手をかざして魔力を放出した。避けられない。当たれば少女は無事では済まない。そう考えるより先に、青年の身体は動き出していた。


「見るに堪えないな。力で分からそうとするのは弱い人のすることだ。」


青年は身を呈して少女を庇い、振り返らずにその場から離れるように指示をする。青年にはかすり傷さえついていなかった。


「…さて。」


青年はゆっくりと立ち上がり、男の前に歩み寄る。男は産まれたての子鹿のように足を震わせ立ち尽くす。


「少し話をしようか。もしも君の魔法があの子に当たっていたとしたらどうなっていたか。」


「…う、う、うううるせぇな!あいつがわりぃんだろ!魔法も使えねぇ能無しのくせに突っかかってきやがってよぉ!」


青年は呆れたように溜息をつき、さらに続ける。


「君に言葉での理解を求めたのが間違いだったかな…。手荒になるけど仕方ないか。」


刹那、空気が振動を始め、魔法柱が輝きを増し、魔力は青年に収束する。


「な、なななんだよこれ!これが魔法かよぉ!?」


解放バースト


青年の呼び掛けに反応し、収束した魔力が眩まばゆい光となって一直線に男の元へ放たれる。光は男の身体にぶつかる直前に爆散し、男の視界を奪い去る。


「あ…が…」


「暫くはここから動けないよ。君は生き方を考え直した方がいい。あ、それからもう1つ」


青年はローブに付着した汚れを手で払い落とし、男に背を向けて忠告する。


「アルバートの事を侮辱する者は誰であろうと許しはしない。僕はハンス・ヴァイオレット。彼の意志を継ぐ者だ。」


青年、ハンスは周りのざわめきに目もくれることなく、再び目的地へと歩き出した。


全ては師であるアルバートの教えのために。

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ハンス・ヴァイオレットの本懐 椿 みかげ @TsubakiMikage

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