第6話

「さぁ、皆に別れを告げて、俺の国に一緒に行こう、ミア」


「ええ。では皆様、お世話になりました。お元気で」


 上品な真白の絹の王族衣装に包まれたモリミヤは、同じ衣装に身を包んだミアを優しくエスコートし、馬車に乗せた。その後ろを顔色を青くした、この国の王と王子が慌てて駆け寄る。


「ま、待って下さい!先ほどのこと、もう一度再考して下さい!」


「そ、そうですよ!今、あなたの国との貿易を打ち切られたら……」


 鍵が掛けられた馬車の扉をドンドンと拳で叩く彼等に、モリミヤの国の馭者兼護衛官の男が冷ややかに言い放つ。


「申し訳ありませんが、あなた様の国の上層部の人間達の言動に我々は不信の念を持ってしまいました。我々の王を魔神の血を引く者などと愚弄するなどと……例え一人の女性の気を引くための冗談だったとしても、とても許せるものではありません」


「面目ありません!あの公爵親子には厳重注意をしますし、お望みならば彼等の公爵位を剥奪し、処罰もしますので、どうか、もう一度お考え直しを!」


 この発言を聞いた護衛官は、眉間に皺を寄せた。


「は?どんな罪で公爵位を剥奪するのですか?我々は、そういうことを言っているのではありません。いいですか?我々の国とあなたの国が和平協定を結んだのはホンの50年前です。上辺では仲良くあろうと言ったところで未だ不和の種は、そこいら中にあるのです。ですから両国の間に不信の芽が育たぬように国の中心となる者達が真っ先に間違った偏見や思い込みは訂正し、再び両国で血が流れる戦が起きないようにお互いが歩み寄り、常に言葉や行動には気を付けようと働きかけることが必要なのに、あなた達に、その気持ちが足りないことが問題なのです」


 査問委員会でのミアの供述により、公爵や公爵子息だけではなく宰相子息や騎士団長子息、そして王子までがミアを驚かせるために、隣国のあることないことを誇張して話していたことが判明し、モリミヤは王代理として今後の付き合いを見直すために一旦、全ての付き合いを取り止めることにしたのだ。


 王侯貴族達は、その話を聞いて皆が頭を抱え込み、王に至っては気が遠くなって立ちくらみまで起こしてしまったのだ。王は忌々しげに横にいる息子を睨み、王子は父の視線に身を小さく竦ませて目をそらせた。


「わかりました!この馬鹿息子を含め、もう一度再教育を徹底しますので、どうか貿易の打ち切りだけでも、お考え直しを!」


 なおもしつこく言い寄る王に、護衛官はボソッと呟いた。


「……あんまりにもしつこいと我々の王が怒って、この国の大地を裂いたり川を氾濫させますよ?」


 この言葉を聞いた王も王子達も瞬時にスザザザザッと慌てて後ずさりし、恐怖の表情を浮かべたので、護衛官は彼等の怯える様子を見て、嘲笑の表情を浮かべて言った。


「まだ、このような噂を信じておられるのですね。ホントに馬鹿馬鹿しい!再教育とやらは王ご自身が最初に受けるべきでは?では、失礼させていただきます」


 護衛官は、そう言って一礼し、馬車を動かし去って行った。


 ~~~~~


 馬車の窓から入る風に気持ちよさそうに目を細めるミアに、モリミヤは少々申し訳なさそうに、こう言った。


「さっきはドタバタしていたし、君にちゃんと気持ちを確認しないまま、勢いで君を馬車に乗せてしまって、ごめんね」


 ルビーのネックレスの盗難騒動の後、モリミヤは自分が身に付けている宝玉は、女神が我が子が突然狸に変化し、姿を消したと思ったら、その三時間後にお尻に女性の足跡をつけて帰ってきたことで、後々の子孫達の運命の因果を悟り、子孫達が困らないようにと神の国で作られた魔法具でモリミヤの国の王家に伝わる宝玉だと打ち明けた。


 この宝玉には、これを身に付けた王族の運命の相手を見つける力が備わっていて、その相手が目の前に現れると赤く光るが、実際は青いサファイヤのネックレスなのだと言ったことで、公爵夫人と、その娘の嘘が証明され、ミアは晴れて無罪の身となった。


 公爵と公爵子息はミアの無罪が判明したときにミアに謝罪を述べてくれたが、ミアは先ほどの二人の態度にすっかり失意してしまったために、今後も公爵家で仕えることが出来ないと思い、その場で退職を請い、それならば我が国に来ないかと誘うモリミヤに頷き……気がつけば、お姫様のような服に身を包んで、馬車に乗ってしまっていたのだ。


「君が三年前に俺を踏んだ女性だったなんて信じられない!俺はなんて幸せ者なんだろうか!実はね、さっきまで俺は自分の運命を呪っていたんだよ。ミアという素敵な女性と出会って、心惹かれているのに、どこの誰か分からない他の人と結婚するのは嫌だと思っていたんだ。でも俺の運命の人は君だった!俺、ミアが運命の人だと分かる前に、もう君のことを大好きになっていました!君と一緒にいたいと思っていました!どうか俺と結婚して下さい!俺と一緒に幸せに生きていってくれませんか?」


 モリミヤの率直な告白に、ミアは顔を真っ赤にさせた。


「私も三年前に踏んだ触手……ヤモリが、あなただったなんて信じられないわ!あの時は、ごめんなさいね。わざとではなかったけれど、小さなあなたを踏んでしまったから、後で家中探したのにいなくて、家のどこかで干からびていないかと心配していたの。それとね……私もね。さっき会ったばかりだけど、あなたが好きになってしまったの。あなたの優しいところとか、働き者の手をしているところとか、土のね……土とか草とか、お日様の匂いがするところがすごく好きです。あなたに結婚を申し込まれて、すごく嬉しいわ。でも私、貴族ではないし、王子のお嫁さんなんて、出来るとは思えないの……」


 ミアは涙を浮かべて、不安な気持ちを打ち明けた。するとモリミヤは心配しなくても大丈夫だと胸を叩いた。


「あのさ、俺は第三王子だし、年の離れた一番上の兄はさ、もう王位を継いで子どもも7人いるんだよ。だからさ、俺と二番目の兄は、俺が運命の人を見つけて帰国したときに揃って、臣籍に降下することが決まっているんだ。二番目の兄は公爵位、俺は辺境伯ってね。国に戻ったら、辺境の地の開拓をするのが俺の仕事となるんだ。ねぇ、ミア。苦労させることになるけど、俺と民達と一緒に大地を耕し、自然と共に生きてくれないか?」


 モリミヤは自信なさげな表情で、そう言った。王子妃と辺境伯夫人は同じ貴族でも、その中身は大きく違う。王子妃は王族として豪奢な生活を送り、貴族達の頂点として社交の華と呼ばれるような人物にならなければならない。でもモリミヤの望む辺境伯夫人は辺境の地でモリミヤと共に生き、民達と共に力を合わせて、辺境の地を皆で開拓していく生活力のある人物にならなければならなかった。


(贅沢が出来る、お姫様のような生活が送りたいと言われたら、どうしよう……)


 ……と心配するモリミヤは、それが杞憂だったことを知る。モリミヤの言葉を聞いて、ミアは太陽みたいな晴れやかな笑顔を見せたからだ。


「それなら喜んで!私、都会は、もうこりごりなの!ずっと一緒にお日様や土の匂いのする自然がいっぱいのところで、幸せに生きていきましょうね!」


 ミアの言葉にモリミヤは観劇し、ミアをしっかりと抱きしめた。


「ミア!何て嬉しいことを!まさしく君は俺の理想の運命の人だよ!」


「あなたこそ、私の理想の運命の触手よ!」


 ミアは三年前の出来事で、最初に触手を踏んだかもしれないと思った気持ちが強すぎたので思わず、そう言ってしまった。モリミヤはクスッと笑って言った。


「いや俺、あの時、ヤモリだったし」


 ミアは言い間違いを訂正して、もう一度言い直した。


「あなたこそ、私の理想の運命のヤモリよ!」


 モリミヤはミアの頬に手を添えて、自分の顔が見えるようにミアの傍に顔を寄せた。


「いや俺、ちゃんと人間だし!」


「そうね、あなたは私の運命の人間の王子様だったわ!」


「いや俺、国に戻ったら、辺境伯だけどね」


 ミアとモリミヤは、お互い顔を見合わせて、クスクスッと笑いあい、そっとキスを交わした。




 〈完〉

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運命の人を踏んだ娘の話 三角ケイ @sannkakukei

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