第5話

「あっ!あれです!あれが私のルビーのネックレスです!やっぱり、ミアが盗んだんですわ!!」


 そう叫んだ娘は、ミアとモリミヤが向かう場所……公爵家に用意されていた部屋の前で、モリミヤの持っている宝玉がついたネックレスが、自分のものであると訴えた。


「お義父様!お義兄様!ほら、見て下さいな!私は、嘘をついておりませんでしたでしょう?」


「娘の言う通りですわ、旦那様!私の娘が嘘などつくはずがございません!嘘つきの泥棒は、これこの通り、この女ですわ!何も知らない清純そうな乙女の仮面を被った薄汚い泥棒猫こそが、この女の本性なのです」


 部屋の前には二人の守衛と公爵と公爵子息と、娘の母親である公爵夫人も揃って立っていた。公爵と公爵子息は戸惑いの表情を浮かべて、ミアを胡乱げに見て言った。


「確かに部屋のアクセサリーケースは空だったが……」


「まさか本当にミアが盗んだのか?」


「?何の事でしょうか、旦那様?私は道に迷い、ここにいるモリミヤさんの親切のおかげで、ようやく今、この部屋にたどり着いたのですが、一体何があったのでしょうか?」


 ミアが、そう言うと娘は噛みつくような勢いで言った。


「ハァ?何、とぼけているのよ、あんた!あんたが、私のルビーのネックレスを盗んだってことは、ここにいる皆が目撃者なんだから、今更シラを切るんじゃないわよ!」


 娘に続いて公爵夫人も、あれは自分が娘に与えたネックレスであると言葉を添えた。


「ええ、間違いありませんわ!あれは私が娘にあげたものですもの!見間違えるはずがありませんわ!」


「「そ……そうなのか?では、本当にミアが犯人?」」


 公爵も公爵子息も夫人と娘が、自分達の知らない所でアクセサリーを買い漁っていることを知っていたので、貴族ではないミアの言葉を直ぐ信じてはくれなかった。ミアは公爵達にルビーのネックスレスを盗んだ犯人だと思われていることを知り、強い動揺と底知れぬ失望感に襲われた。それでも自分は本当に盗んではいないのだからと折れそうになる心を奮い立たせて、必死になって弁明した。


「とぼけているなんて、とんでもございません!私は本当に今、ここにたどり着けた所ですし、盗みなどという、悪いことは一切していないと神に誓えます!」


 ミアの必死の弁明を娘は鼻で笑った。


「ふん、見たこともない神に誓ったところで、嘘なことに代わりはないわよ!さぁ、観念しなさい!守衛、さっさと、この女を牢獄に入れてくださいな!それと、そこの……」


 娘はミアの前に立って、ミアを守ろうと態度で示している見知らぬ男性からネックレスを取り戻してと言おうとして……、男性を改めて見て、息を飲んだ。


(何て、美しい男!それに……すっごく高そうな服!)


 ミアの隣にいる男性の顔は美しい黒曜石のような髪色といい、キリリとした燃えるようなオレンジ色の瞳といい、鼻筋が通っていて、引き締まった口元といい、娘がこれまでに見た中で一番美しい容姿をしていた。そして美しい顔もさることながら、その男性が背が高く、スラリと細身であることも、娘の好みど真ん中であった。


 しかも……服のあちこちに芝生の芝がついているものの、一目で上等な絹の仕立てで作られた隣国の王族が着る衣装を青年が纏っていることに、娘は何よりも強くときめいた。


(隣国の……確か第三王子のモリミヤ様だわ!!やったー!私、最高についているわ!)


 隣国は、この国よりも3倍も領土が広く、国全体が裕福なことで有名な国だった。だから、この第三王子を射止めれば、この国の公爵子息や王子なんて、目じゃないほどの玉の輿が出来る!……と娘は鼻息荒くなる気持ちを押し隠して、妙なシナを作ってモリミヤに近寄っていった。


「あの~、それ、私のネックスレスです!そこの泥棒女が、私から盗んだんです!すみませんが、その嘘つき女をこっちに引き渡してもらえますか?それでもって、そのネックレスを私に返してもらえますか?ああっ、気に入ったのなら、うふふ、私ごともらってくれて全然構いませんよ!」


 モリミヤは露骨に顔を歪めて言った。


「ここにいるのは、ミア以外うつけ者ばかりなのか!これは俺の所有物で、お前のネックレスなどではない!守衛、直ちに、この者を捕縛しろ!容疑は私の国の国宝である、これを強奪しようとしたことと、虚言でミアを陥れようとしたことだ!」


「え?こ、国宝!?す、すみません、見間違いをして……!」


「まぁ、やだわ、この子ったら!お……おほほほ、私も見間違いをしてしまったようで!!」


 モリミヤの言葉に、娘と公爵夫人は真っ青になった。


「申し開きは、お前達の王の前でしろ!さ、守衛!」


 モリミヤの言葉に、二人の守衛は直ぐに行動に移した。


「「ははっ!おおせのままに!」」


「いや、何するのよ!離しなさい、私を誰だと思っているのよ!私は公爵夫人よ!止めてって言ってるでしょ!助けて、旦那様!」


「助けて!お義兄様!私は何も悪くない!」


 守衛に掴まれ、体を床に引きずり倒された公爵夫人と娘は、自分達は見間違えただけだと叫び、泣きわめいたが、それを聞き届けて彼女達に手を差し伸べる者は誰もいなかった。


 その後の公爵夫人と娘の供述によれば、彼女達は王子の誕生パーティー後に、公爵家を追い出されることが決まったことに動揺すると共に公爵に反感を抱いた。そしてミアさえ公爵家からいなくなれば、夫人の娘が公爵子息か王子と婚姻が出来るはずだと脈絡のない思考に囚われて、浅はかで短絡的な犯行に及んだとのことだった。


 公爵夫人と娘の計画は、こうだった。


 空のアクセサリーケースを用意し、部屋に置いておく。ミアに、そのケースを取りに行かせる。戻って来た娘からケースを受け取り、公爵家の者だけではなく、王や王子達のいる皆の前で、それを開け、ケースが空であることを見せて、ルビーのネックレスを盗んだ犯人に仕立て上げ、ミアを追い出すことが狙いだった。


 だがミアが王宮に来るのが初めての者だったため、その計画は上手くいかなかった。


 公爵夫人や娘はともかくとして、公爵や公爵子息が、どうして王宮初心者であるミアを一人っきりにしてしまったのかは不明であるが、ミアは王宮初心者であるのにも関わらず、一人っきりにされてしまったことで、公爵家に宛がわれた部屋に行くことが、当然……出来なかった。


 公爵家の者達は王や王子に挨拶後も、いつまでも戻ってこないミアを不思議に思い、部屋に戻ったところ、部屋を警護する守衛と話し、彼等にスペアの鍵で部屋を開けてもらい、空のアクセサリーケースを見つけ、騒然となった後に守衛から、誰も来ていないことを聞かされている途中でミアが隣国の王子に連れられて戻って来たのだ。


 娘と公爵夫人は、ミアが部屋に来ていないとわかった時点で、計画を中断していれば……実はうっかりして、ルビーのネックレスは自室に置いてきた……等と言って謝罪して、事を荒立てていなければ、公爵から、ある程度の……かなりの離縁支度金をもらい、屋敷を出ることが出来ていただろうに、ミアの隣にいた男性が身に付けていた豪奢なルビーのネックレスに欲を掻いたことが原因で身を滅ぼすこととなったのだった。


 公爵夫人は、この供述をした時点で公爵との離婚が確定し、詐欺と隣国の王族のネックレスの強奪未遂の罪で共犯の娘共々、騎士団に引き渡されることとなった。


 ~~~~~


 王子の誕生パーティーは公爵家の騒動が、あっという間に終息したのにも関わらず、その後に沸き起こった外交問題を解消するための査問委員会が開会することになってしまったので結局、中止となってしまった。


 事の起こりは公爵夫人と、その娘がミアに濡れ衣を着せ、公爵家を追い出そうと計画したことが発端だったが、査問委員会では公爵がミアに伝えた隣国に対する虚偽の証言についてが問題視された。


 何故ならば、そのミアは女神の血を引く隣国の第三王子の……三年前にヤモリに変身したモリミヤを踏んだ、運命の人だったからだ。

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