第4話

 ミアとモリミヤは公爵家に宛がわれた部屋に向かう道中の間に、すっかりと打ち解け合い、まるで昔から知りあいだったかのように仲良くなった。


 ミアは自分の故郷の村は、ここよりも田舎なんだと言った後にモリミヤの故郷を問うた。するとモリミヤは少し躊躇いの表情を浮かべた後、隣国の王都の名を口にした。


「まぁ、ではモリミヤさんは隣国の王子様だったんですか!?」


 ミアは公爵から、今、王宮には隣国の王子が来ていると教えてもらっていたことを思い出し、そう口にした。ミアが驚きの声を上げると、モリミヤはミアの顔色を伺うように尋ねた。


「うん。……あのさ、ミアは、俺のことが怖いかい?」


「?いいえ、怖いとは思いません。どうしてモリミヤさんはそんな心配をするのですか?」


「だってさ……」


 モリミヤが、そう心配するのには理由があった。それはミアの自国とは違い、隣国は魔力を持つ人間が住む国だったからだ。


 人は自分にはない、未知の力を持つ者に対し、恐怖の感情を抱く生き物である。


 だから、この国と隣国も50年前位までは、お互い敵対関係であった。50年前に当時の王達が停戦を持ちかけ、それ以来、友好関係を保っているとは言え、モリミヤは、この国の人々が押し隠している負の感情を肌で感じていたので、とても居心地の悪い毎日を過ごしていたのだ。


「こちらの国の王子の誕生会に招待されたから、来たものの、皆、俺を怖がっているし、心から歓迎されていないのも、丸わかりなんだよなぁ……。俺の国の人間の魔力って言うのはさ、もうすぐ雨が降りそう……だとか、このアボカド、今日が食べ頃……だとか、人間の五感と言われる、味覚や嗅覚や聴覚や視覚や触覚が他の国の人よりも、少しだけ優れているだけなんだけどね……」


 モリミヤが、そう言うとミアは、まぁ、便利と小声で呟いてから言った。


「公爵家で聞いた話とは、全く内容が違いますね」


 ミアは公爵家で聞いた話をモリミヤに話した。


「公爵家で私は隣国の始祖王は昔、魔神と契約を交わして魔力を得たのだと教えられましたが、真実は違うのですね。ならば、あの話も本当の事ではないのでしょうね」


「公爵家で、そんな噂話を?おかしいな……。公爵家と言えば、一流の貴族だろう?国を思って、行動するのが彼等の務めで、自分の胸の内はともかく、国の繁栄のために両国の間に不信の芽が生まれないように、常に言葉や行動には気を付けそうなものなのに……。ああ、そうだ、ミア。あの話と言うのは、どんな話なんだい?」


「えっと、……特に王族の方の魔力は他に随を許さないほど強大で、怒らせると大地を裂いたり、川を氾濫させるから気をつけないといけないと言う話を、旦那様や若君がおっしゃっていましたが……モリミヤさんの今の顔を見たら、それは誤解なのだと、わかりましたわ」


 ミアは半眼になっているモリミヤの顔つきで、公爵親子の話が全て嘘だと言うことを知った。


「ハァ~、王宮に初めて来た者を独りにしておくことと言い、先ほどの無責任な話と言い、君の勤め先の公爵家の人間達は少々……、いや、随分と問題のある者達のようだね。確かにさ、俺の国の王族の魔力は、ちょっと特殊だけど、そんな自然破壊するような魔力ではないんだよ。……実はさ、王族だけに特殊な魔力があるのはね、国の始祖が、猫に化けて地上で昼寝していた女神の尻尾をたまたま踏んだことが、きっかけで恋に落ちて結ばれたからなんだ。魔神と契約を交わして、魔力を得たのではなくて、女神と結婚して生まれた子孫が、女神の血を受け継いだっていうのが真実なんだよ。それにさ、その特殊な魔力って言うのも、一生涯に一度しか発揮されない、神の祝福みたいなものなんだよ」


「まぁ、神の祝福だなんて、何だか素敵ですね!それって、どんな祝福なんですか?」


 瞳をキラキラさせて尋ねるミアに、モリミヤは苦笑げに言った。


「……それがさ、始祖が女神と恋に落ちたきっかけが、猫に化けた女神を踏んでしまったことだっただろう?だからさ、代々の王族には、それぞれ一人だけ、運命の人……運命の番とも呼ぶべき、唯一の人がいるんだけどね。その人が成人するとき……17歳になったときにね、突然、その王族は、獣の姿に変化して、その人のいるところに魔力で転移してしまうんだよ。元の姿や場所に戻るためには、その相手に……踏んでもらわないとならないんだ」


 ミアはモリミヤの話を聞き、先ほどのことを思い出し、赤面しながら尋ねた。


「踏んで?……あ、あの私、さっき、あなたを……」


 モリミヤはミアの懸念していることがわかり、それに釣られるように赤面したが、切なげに首を横に振った。


「すごく残念だけど、君は俺の運命の人じゃないよ。だって俺は人の姿だろう?それにさ、俺はもう、三年前に運命の人に……踏まれてしまっているからね」


「そ!そうですよね!私ったら、変な勘違いをしてしまいましたね!ごめんなさい、モリミヤさん!」


「ううん、こちらこそ、何か、ごめんね」


 長い廊下を歩く二人に気まずい間が生まれたのでミアは、それを打破しようと、モリミヤに運命の人と、その後はどうなったのかと尋ねた。


「ああ、それがさ、踏まれて直ぐに、自分の国に戻ってしまったから、相手の名前も住んでいるところもわからずじまいでさ。この国の人間だって言うことは、彼女の話す言語でわかっているんだけどね……。王子の誕生祝いが終わったら、探そうって決めていたんだけど……」


 モリミヤは、その後の言葉は口から出さずにいた。


(俺……決めていたのに、ミアにすごく惹かれてしまっている。こんなのダメだ。こんな風に運命の人ではない女性を想うのは……ダメなことだ。こんなのは運命の人にもミアにも、すごく失礼だ!俺は一体どうしてしまったんだろう?こんな風に胸がドキドキして、苦しくなるのなんて、27年間生きていて初めてだ……。どうして俺には、運命の人がいるんだろう?ちゃんと出会って会話して、相手を好きになるのが、自然な、人間の恋じゃないのか?どうして王族だけが運命の人なんていうものがいる?どうして王族は、自分の意志で運命の人を決められないんだろう?)


 何しろ、あまりにも短い逢瀬だったし、自分は小さな生き物になっていたから、実際の相手の顔も姿も、あまり覚えていないモリミヤは、ミアに対する初めての感情に戸惑い、生まれて初めて自分の運命を呪った。


 ミアもまた、初めての想いに心が切なく揺らめいていたが、相手には既に運命の人がいるとわかっているので、その気持ちを封印することにして、モリミヤの幸福について考え、こう言った。


「そんな……。相手の名前も姿もわからないなんて、モリミヤさんが、お気の毒です。何とか早くに見つかる方法があるといいのですが……」


 ミアの言葉を聞き、モリミヤは曖昧に微笑みを浮かべて言った。


「ああ、それは大丈夫。王家には代々受け継がれる宝玉があってね。これを身に付けて、相手に会うと宝玉が……」


 そう言って、モリミヤは服に隠れて見えなかった、ネックレスを引っ張り出して、ミアに見せようとして……目を見開いて驚いた。


「?あれ?赤く光ってる?え?ええっ!?もしかして、ミア、君は昔、ヤ「あっ!あれです!あれが私のルビーのネックレスです!やっぱり、ミアが盗んだんですわ!!」」


 モリミヤの言葉は、廊下の先にいた娘の大声に遮られた。

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