第40話 好きな人と夏祭り ①

 今日、家から少し離れたある神社で行われる夏祭りに行くことになった。


 一体誰と一緒に行くのか、って?

 実は勇気を振り絞って誘ってしまったんですよ。

 俺の好きな人である柊木瑞希ひいらぎみずきを。


 いやー、本当にあの時は緊張したな。


 夏休みだから会うことはできないし、すぐに返事が欲しかったから電話で誘った。

 今まで電話なんてしたことがなくてずっとメールでやり取りしてたんだけど、好きな人との初電話以上に緊張するものはないと思う。


 電話が繋がってからすぐは緊張しすぎて言葉が出てこなかったし、すごく 恥ずかしかった。


 実は俺が柊木さんを誘った後に、幼馴染である桃井美羽ももいみはねや義妹である九条琉那くじょうるなに夏祭りに一緒に行こうと誘われた。

 柊木さんと一緒に行くなんて言ったら何をされるか分からないし、適当な理由を使って断ったが、最後の最後で当然のようにその嘘はバレた。


 どうして嘘をついていると分かったのか聞いたのだが……


『女の勘ってやつだよ。はる(お義兄ちゃん)のバカ!』


 ということらしい。

 なぜか理由の後に悪口を言われるし、女の勘で嘘がバレるなんて怖すぎるにも程がある。


 それでも柊木さんと夏祭りに行くのは変わらないが、何か仕掛けてきそうで不安だ。

 一緒に行くとは言ってこなかった。

 前まであんなに邪魔をする気満々だった美羽たちが、何もしてこないわけがない。


 ……不安でしかない。



「お、お待たせ……待った?」


「いや、今来たところだよ」


「そう……ならよかったわ」


 不安を抱えながら、集合場所で待っていると、浴衣を着た柊木さんがやって来た。

 そんな柊木さんは、いつもとは雰囲気が違った。


「その髪飾り……」


 耳の辺りに付いている水色の髪飾り。

 それが見事に着ていた浴衣に合っていて、いつも以上の可愛さを放っていた。


「あ……うん。これはね、私のお気に入りなの」


 そう言って柊木さんは、水色の髪飾りを触って目を瞑った。


「……小さい頃に、‴大切な人‴から貰ったの」


 なるほど。‴大切な人‴のことを考えているのか。

 ‴大切な人‴というのは一体誰なのか分からない。

 それでもきっと、彼女にとってすごく大切な存在なのは分かった。


「そうなんだ。すごく似合ってるよ」


「そう……? ありがとう……」


 こんなにも可愛い柊木さんに対して俺はというと、頑張ってお洒落してみたが浴衣は着ていない。

 実のところは、浴衣を着ようかすごく迷った。

 迷いに迷った末、浴衣は自分には似合わないと思い、私服を着て来たのである。



 そして人の流れに沿って、二人で並んで歩き出した。

 浴衣を着ていて歩きづらいであろう柊木さんと歩調を合わせ、屋台が奥まで並んでいる神社に入っていく。


 やはり中には多くの人がいて、祭りの時によく聞く曲が流れていて、すごく賑わっていた。

 無邪気にはしゃいでいる小学生や、カップルと思われる男女など、様々な人がいる。


 そして俺たちはしばらく、屋台でりんご飴やら焼きそばを買ったり、金魚すくいや射的をして楽しんだ。

 屋台の前で並んでいる時にする会話もすごく楽しかったし、何よりも好きな人と二人で夏祭りに来れているという事実がすごく嬉しかった。



 それなのに…………



「ごめん、ちょっとトイレ行きたいんだけど、いいかな?」


「ええ、じゃあ私はここで待ってるわね」


 俺は少し、ほんの少しの間だけトイレに行った。

 恐らく時間で言えば、三分もかかっていない。

 本当に極わずかの間だ。


 そんな短時間で、柊木さんが待っていると言っていた場所に戻ったのだが、その場所には誰もいなかった。

 もしかしたら、柊木さんもトイレに行きたくなったのかもしれない。

 そう思い、五分、十分と待っていたが、一向に戻ってくる気配はない。


 心配になって電話をしてみたが、電話にも出なかった。


 柊木さんは、学校内で誰もが認める絶世の美少女だ。

 でも、変な男にナンパされて付いて行くような人ではない。


 だって彼女は、最近はあまりその姿を見ないが、周りの人たちから‴冷酷姫‴と呼ばれている。

 男子から告白をされれば冷酷な言葉を浴びせる彼女が、ナンパしてきた男に付いて行くわけがない。


 まさか……俺との夏祭りがそこまで楽しくなくて、嫌気が差して帰ってしまったのだろうか。

 俺だけが楽しんでいただけで、柊木さんは全く楽しめていなかったのだろうか。


「はぁ……」


 思わずため息をついてしまった。

 まさかの冷酷姫と呼ばれる彼女が、冷酷な言葉を浴びせることすらせずに帰ってしまったのだから…………ん?


「あれって……」


 ため息をついて下を向いたままだったお陰か、夜にも関わらず綺麗に光り輝く物が地面に落ちていることに気づいた。

 誰かの落し物だろうか、と思って拾ったが、ある事に気づいてしまう。


「これって……」


 落ちていたのは、‴水色の髪飾り‴。

 しかもその髪飾りには見覚えがある。

 これは……


「柊木さんの……!」


 この髪飾りを拾ったのと同時に悟った。


 彼女はナンパされた男に付いて行ったのではなく、俺との夏祭りが楽しくなかったのでもない。




 ‴誰かに強引に連れて行かれた‴のだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る