第36話 一人映画、ではなかった

 夏休みまであと少し。


 そんな中、俺は好きなアニメの映画がやると聞いて、一人でその映画を見に行こうとしていた。

 本当は一人ではなく、誰かと見に行きたかったが、友達が誰もそのアニメを知らないということで、一人で映画に行くことになったのである。


 このアニメは世界中で有名な某恋愛アニメで、男主人公一人に対して女性キャラがたくさん出てくるという、いわゆるハーレム系の作品である。

 現在アニメでは第二期まで放送され、やっとの思いで劇場版が決定し、俺はチケットをいち早く購入したのだった。


「やばい……! 一人映画は初めてで緊張するけど、めっちゃ楽しみだ!」


 映画が始まるのは昼過ぎから。

 そろそろ行って、早めに待機しとくか。



 そう思い、一瞬で準備を済ませ、映画が始まる一時間前に映画館に着いた。

 そして少しアニメを見返して、ポップコーンとジュースを購入。


 チケットをいち早く購入したため、席は選び放題だったし、俺は迷わず一番左後ろの席を確保した。

 その席が誰にも囲まれずに一人で楽しめる、最高な席だと確信しているからである。



 と思ったのに、どうして…………!



「どうしてあなたがここにいるの!?」


 そう少女は驚きと怒りを兼ね備えた声で聞いてきた。


「それはこっちのセリフだ!!」


 感動的な終わり方で、見事に最高な終わりで上映が終了した。

 最高だったよ……本当に。

 でもどうして、咲華花恋さいかかれんが隣に座っているんだ!?



 この映画は有名だし、映画が始まる前からほぼ満席状態だった。


 そして、上映が始まる前に暗くなる時がある。

 その暗くなった時に誰かが隣に座ってきた。


 そいつが咲華さんなわけだが、俺は上映が始まっても隣に座ったやつが誰なのかを確認しなかった。

 どうせ知らない奴だし、見ても意味がないと思ったからだ。


 でもまさかそいつが咲華さんだったとは……


「ねぇ……あなたはこのアニメ、好きなの?」


「まぁ、うん」


「あっそ」


 自分から聞いてきて「あっそ」はないだろ!

 「あっそ」は!


「……咲華さんも好きなのか?」


「それはもちろん!」


 上映が終わって俺の顔を見た時はあんなに「うわ、最悪……」とか言いたげな顔でこっち見てたくせに、今はすごく楽しそうな顔をしている。

 いや、どんだけ俺のこと嫌いなんだよ!


「ちょっと話があるから、付いてきてくれる?」


「……嫌だ」


 咲華さんに呼び出しをされるのは、もう絶対に俺の友人であり、咲華さんの彼氏である吉田祐介よしだゆうすけのことを言われるに違いない。


「なんでよ! ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!」


 そう言って、俺の服を引っ張る咲華さん。

 しかし、引っ張る力が弱いせいか全く動いていない。


「嫌だね。どうせまた吉田のことなんだろう?」


「え、祐介くん……? 私はただ映画のことで語りたいなって思っただけなんだけど……」


「それなら是非!」


「切り替え早!?」



 そんなこんなで、俺と咲華さんは映画館を後にして、近くにあったファミレスにやって来た。


 友達と来なかったのか? と聞いてみたが、どうやら咲華さんも友達にアニメを見ている人がいなかったらしい。

 それでいつも語れる相手がいなくて、ずっと語れる相手を探していたらしい。


 それは俺が悩んでいたことと同じだ。

 俺にも周りにアニメを見ている人がいないから、ずっと語れる相手を探していた。

 その相手が咲華さんになるとは、予想だにしなかったが……


「ところで、九条晴也くじょうはるやは誰推しなの? ちなみに私はエリちゃん!」


「俺はメグちゃんだな。喋り方が可愛いし、何より顔が好みだし」


「メグちゃんもいいよね! エリちゃんほどではないけど」


 前に屋上での一件があったとは思えないほどに、積極的な咲華さん。

 別に嫌だというわけではないが、すごく複雑な気持ちだ。


 恐らくアニメを見ている同士が見つかって、本当に嬉しいのだろう。

 実際俺もそうだし、これから仲良くなりたいと思っている。


「なぁ……ずっと思ってたんだけど、すごく荷物多いよな? 服か何かか?」


「服……? そんなわけないでしょ!? 全部グッズに決まってるじゃない!」


 …………はい?

 この量全部がグッズ、だと……?


 咲華さんが持っているのは、小さな背には合わないであろう結構大きめなリュック。

 そのリュックは物を詰め込んでいるためか、パンパンになっている。


「まじかよ、すごいな……」


「でしょ!? えっへん!」


「全部で何円使ったんだよ、これ」


「うーん……ざっと五万円くらい?」


 …………五、万?

 そんなに買う物あったか?

 そして、どんだけグッズに金使ってんだよ!


「一式買ってもそんなにしないだろ? なんでそんなに金使ってるんだ?」


「え? だって私、見る用と保管用、予備用まで買ってるから」


「……半端ねぇ」


 こいつ、俺より重度のオタクだ。

 俺は原作の小説や漫画は買うが、グッズはあまり買ったことがない。

 欲しい、と思ったことはあるが、なんとか踏みとどまっている。

 グッズはどれも高いからな……


「それより、九条晴也はどんなアニメを見てる?」


「俺は結構色んなの見てるけど、基本的には恋愛かラブコメかな」


「ふーん……なるほどね」


 何か思いついたのか、咲華さんはスマホを取り出した。


「次は一緒にアニメの映画見に行かない? いつも一人で見に行ってたから寂しいし」


「いいのか? 吉田とかに見つかったら、絶対大変なことになるだろ」


「大丈夫。ちゃんと許可は取っておいたから」


 そう言って、吉田とのトーク画面を見せてくる咲華さん。

 吉田がいいって言うのなら、別にいいのだろう。


「わかった。俺も一人で行くのはもう嫌だし、一緒に行こう」


「おっけー。てことで……はい。連絡先交換しよ」


 映画館で咲華さんを目にした時、一時はどうなるかと思ったが、特に何か起きたわけでもないし、今後は一人で映画に行かなくて済みそうだ。

 それにオタク仲間が出来たというのは、すごく嬉しい。

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