第35話 衣替え

 今日から全男子高校生が歓喜に満ち溢れる、衣替えの時期となった。

 冬服から夏服への移行期間である。


 まぁ? 俺は別に嬉しいとか思ってないけど?

 クラスの男子たちが騒いでたから、俺も騒いでるだけで? 

 本当は微塵も楽しみだなんて思ってないからね?(そんなわけないだろ)


 まだクラスの大半の女子は冬服だが、最近どんどん暑くなってきている。

 そのため、夏服に変える女子はすぐにでも増えていくだろう。


 ……早く柊木ひいらぎさんの夏服の姿を見たい(こいつただの変態です)。


 一年生の時、俺が通っている学校において美少女として名高い、好きな人である柊木瑞希ひいらぎみずきと幼馴染である桃井美羽ももいみはねの夏服の姿を見た時の男子たちの反応はすごかった。

 鼻血を出している奴もいれば、ずっと目で追っている奴もいたし。


 断じて俺はそんなことはしていないが、それを見て引いている女子がたくさんいたのを覚えている。


 しかし、その二人よりも注目を集めていた人物が一人だけいた。

 その名前は、咲華花恋さいかかれん


 咲華さんは高校に入学してからしばらく経ったある日に、学校中の男子だけで密かに行われた投票で三番目に多く票を集めた人物だが、夏服になった瞬間に一気に注目を集めた。


 その理由は‴胸‴にある。


 咲華さんは背が小さいが、胸が大きい。

 恐らくこの学校の中で一番大きい。


 それは冬服での姿を見ても分かることだが、夏服だとより際立って胸が大きく見えるのだ。

 そんな巨乳な姿ゆえに、夏服になった瞬間に爆発的に注目を集めたのである。


 顔は可愛らしく、可憐な姿で人気なのもあるが、胸の大きさだけでここまで人気になるのか、ってほどだった。

 さぞかし彼氏である吉田祐介よしだゆうすけは、色々な意味でこらえるのに必死だっただろう。


 そんな色々なことが起こる夏が、またやって来た――



「お、琉那るなは今日から夏服か?」


 美羽と一緒に登校するために、朝早くから制服に着替えて朝飯を食べていると、義妹である九条琉那が夏服を着てリビングにやって来た。


「そうだよー。もう暑いから冬服だと死んじゃう」


「最近どんどん暑くなってきてるからな。俺も夏服着てるけど、暑くて死にそうだよ」


 そんな会話をしながら再びご飯を口の中に入れると、琉那はなぜか俺の横に仁王立ちした。


「……どう? 私の夏服姿は」


「すごく似合ってると思うぞ?」


「……それだけ?」


 俺たち二年生とは違って、一年生である琉那は青色のリボンをつけている。

 しかし夏服姿の感想を言えと言われても、似合っている以外に何を言えばいいのだろうか。


「う、うん?」


「はぁ……」


 そして琉那は深くため息をついた。

 俺には琉那が何を言って欲しかったのかは分からない。

 一体何を言うのが正解だったんだ……?


「言わなきゃ分からない? お義兄ちゃん」


「は、はい……すいません……」


「はぁ……」


 そして琉那は再び深くため息をついた。


「私、可愛い?」


「……え? そりゃあ、当たり前だろ? てか、俺言ったじゃないか。似合ってるって」


「似合ってるよりも、可愛いって言われた方が嬉しいの! そんなことも分からないの!?」


「すみません琉那様!!」


 義妹に頭が上がらない義兄。

 似合ってるで伝わると思ったが、どうやら伝わらなかったらしい(当たり前だ)。


「罰として今度どこか美味しいスイーツ屋さんにでも連れていくこと! 約束!」


「は、はい! 約束します!」


 それは俺にとって、果たして罰なのだろうか。

 むしろご褒美にしか聞こえないが、黙っておくとしよう。


 そして、今度またこのようなことを聞かれた時は、絶対に可愛いと答えよう。



 その後、学校に行くと、一年前と同じ状況になっていた。

 クラスでは柊木さんと美羽の夏服姿をじっと見つめる男子(変態)が何人もいて、既に鼻血を出している男子(変態)が何人もいる。


 柊木さんは黒タイツを履いてなるべく露出を避けているが、美羽はタイツを履いていない。

 そのため自然と視線は美羽に集まっている。


「夏最高」


「夏しか勝たん」


「もう死んでもいい……」


 こんな独り言がクラス中、そして廊下からも聞こえてくる。

 ダメだ、この学校には変態しかいねぇ! (もちろん俺もその中に入っています)


 そして、男子一同変態たちは同じことを考えているだろう。


 このまま夏が終わらなければいいのに、と。


「はぁー! やっぱり夏は最高だなっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る