第34話 近づかないで

咲華さいか花恋かれん……」


 俺は今日の朝、ラブレターらしき文面の手紙を受け取り、放課後になって指定の屋上までやって来たのだが、全くの見当違いだった。


 咲華さんは俺の友人である吉田祐介よしだゆうすけの彼女だ。

 そんな彼女が、俺にラブレターなんて物を渡すわけがない。


 くそう! 折角人生初のラブレターだと思ったのに!


 まぁ、色々と思うことはあるが、どうして咲華が俺を呼び出したのかは謎のままだ。

 そもそも今まで一度も話したこともなければ、初対面であり、お互い顔と名前だけ知っている状態だろう。


「まず最初に質問があるんだけど、いいか?」


「うん、いいよ」


「どうして俺を呼び出したりしたんだ?」


「手紙に書いておいたじゃない。話したいことがあるって」


 本当に話したいことがあるから呼び出したのだろうか。

 話したいことがあるなら、わざわざ放課後に屋上まで呼び出さなくてもよかったはずだ。

 全然意図が読めない……


 そんな俺の考えが咲華さんにバレているのか、咲華さんは急にクスクスと笑い始めた。


「腑に落ちないって顔してるね。でも本当だから。ただ話したかっただけ」


「でもそれなら、わざわざ放課後に屋上まで呼び出さなくてもよかったはずだ」


「そうかもね。でも、そうしなきゃダメだったの。祐介くんにはバレたくなかったから」


 祐介くん、と聞いて一瞬誰かと思ったが、そういえば吉田の名前が祐介だったことを思い出した。

 でも、咲華さんの彼氏である吉田にどうしてバレたくないのだろうか。


「あー……すまん。お前がくれた手紙、吉田に見せたぞ」


 差し出し人として咲華さんの名前は幸運なことに書かれてなかったが、バレることは大いに有り得る。


「どどどどどどうして見せたの!?」


 小さい背格好にしては、わかりやすく大きい身振りで驚く咲華さん。

 それは、誰もが「そんなに!?」と思うくらいの驚きだった。

 見ていてちょっと面白いと思ったのは、絶対に言わないでおこう。


「どうしてと聞かれても、あれは不可抗力だ」


「不可抗力でも見せちゃダメ!」


「えぇ……」


 咲華さんは急に近づいてきて、俺の体をペシペシと弱い力で叩き始めた。

 確かにこいつは背が小さくて非力だからか、守ってあげたくなるような子だな……


「……って! 今日はこんなことをするために呼んだんじゃない!」


 そう叫んで、咲華さんは俺から身を離した。

 そしてなぜか対抗心丸出しで、怒りをあらわにしている。


 俺、何か気に触ることしました……?


「いい!? !!」


「…………はい?」


 もう祐介くんには近づかないで、って……なんで!?

 折角仲良くなったのに、もう話すなってことか?


 咲華さんには悪いが、そんなのは真っ平御免だ。


九条晴也くじょうはるや……あなたの噂はよく耳にする。あなたが一緒にいると、祐介くんの評価まで下がるの」


 噂と言ったらあれか?

 俺が女子の弱みを握って、あんな事やこんな事をさせているのではないか、という噂。


 好きな人である柊木瑞希ひいらぎみずきのお陰で、最近はあまり耳にしなかった。

 まだそんな噂を本当だと思っている奴がいたとは思わなかったな。


「あれはただの噂だ! 事実では――」


 ……ガタンッ!


 事実ではないと言いかけた瞬間、急に後ろの扉が閉まる音がした。

 そして、その音とともに一番驚きを見せたのは咲華だった。


「祐介、くん……?」


 屋上にやって来た人物、それは俺の友人兼咲華さんの彼氏である吉田祐介だ。


「本当は隠れてずっと聞いてたんだけど、どういうつもりだい? 花恋」


「私は九条晴也のせいで、祐介くんが変な噂をされているのを聞いて、それで……!」


 吉田ははぁ……と深くため息をついた。

 そして咲華さんに視線を向けていた吉田は、俺に視線を向けた。


「ごめんね、九条くん。花恋のせいで嫌な思いをさせちゃって」


「俺は大丈夫だけど……」


「ありがとう。花恋、九条くんに謝って」


 吉田は「ほら」と言って、催促するが、咲華さんは不服そうに口をとがらせた。

 さらに「早く」と催促され、咲華さんは渋々俺に頭を下げた。


「ごめんなさい……」


「お、おう」


 先程の威勢はどこに行ったのか、申し訳なさそうに謝ってくる。

 吉田(彼氏)の力、半端ないな……


「今度お詫びに何か奢るから、またね九条くん」


「わ、わかった。じゃあな」


 そして吉田は、咲華さんを連れて屋上を後にした。


 彼女か……羨ましいな。

 俺も柊木さんと付き合えたらどれだけいいか……



「でも、どうして九条晴也を呼び出しのが私だって分かったの?」


「花恋は独特な可愛らしい字をしているからね。何度も目にしているし、簡単に見分けられるよ」


「そ、そっか……」


 そんなこんなで、祐介と花恋、そして晴也は学校を後にするのだった。

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