第7話 義妹と過ごす一日

 先日、義妹である九条琉那くじょうるなと、幼馴染である桃井美羽ももいみはねによる、料理対決が行われた。


 結果は美羽の勝利で終わったが、その後、琉那にとっては神の救いと言っても過言ではない出来事が起きた。

 料理対決が終わって片付けをしていると、俺のスマホから急に着信音が鳴り、日曜日に遊ぶ約束をしていた相手の名前が画面に表示された。


『ごめんなさい。急用が入っちゃって、遊べなくなっちゃったの。来週でもいいかしら?』


「そうなんだ。じゃあ、来週な」


『本当にごめんなさい。そ、その……おやすみなさい』


「そこまで気にしなくていいよ。おやすみ」


 こんな感じで、元々あった予定はなくなり、昨日行われた料理対決は、無意味に俺が得しただけで終わったのだ。



「お義兄ちゃん! 早く準備して! 時間なくなっちゃうでしょ!」


 現在時刻、午前六時半。


 いつもよりテンションが高い琉那に叩き起された(もう少し寝かせてくれ。あと五分でいいから)。

 今日は琉那と過ごす一日なので、テンションが高くなるのも無理もない。


 まだ寝ていたいと心の中で思いつつも体を起こすと、少し怒った様子の琉那が立っていた。


「……俺、お前に何か怒らせることしたか?」


「別にしてないけど?」


「でも怒ってるじゃないか」


「はぁ……怒ってないってば」


 絶対に怒ってる。この子、絶対怒ってる。


 あ……もしかして、怒っているのではなくて、昨日美羽に自分から挑んだ勝負で負けたことを引きずっているのだろうか。

 真意は本人に聞いてみなければ分からないが、後者の方が確率が高そうだ。


 でもそれを言えば、間違いなく今日一日、いや、一週間くらいは口を利いてくれないかもしれない。

 この事は絶対に口が滑っても、言わないようにしよう。



※※※



「おい……やっぱり来るの早すぎたんじゃないか?」


「いいの! 一番に入って誰よりも楽しみたいの!」


 現在時刻、午前八時。

 俺と琉那は目的地である水族館に来ていた。

 しかし、まだ開園二時間前である。


「でも、まだ開園まで時間あるし、どこかで時間潰さないか?」


「わかった……じゃあ、ここ行きたい!」


 そう言って、琉那がスマホの画面を見せてきた。

 その画面には、お店の名前と場所、メニューがたくさん書かれている。

 琉那はどうやら、カフェに行きたいらしい。


「よし、いい感じに時間潰せそうだし、ここに行くか」


「うん!」


 水族館から徒歩一分もかからずに目的地に着くらしいため、時間を潰すにはうってつけな場所だと言えるだろう。


 目的地であるカフェに着き、俺と琉那は抹茶ラテを二つ購入して、向かい合って座った。


「実は俺、ここ来るの初めてなんだよな」


「嘘でしょ!?!?」


 俺の思わぬ一言に目を見開く琉那。


 そんなに驚くことだろうか。

 カフェに男だけで入るのは気が引けるし、そもそも中には女子ばっかりいて、男子禁制という雰囲気を醸し出している。

 その中に男だけで入るなど、自殺行為に等しい。


「いや、本当なんだけど。こんなカフェに入ったことなんて、美羽と何度かだけだよ」


「お義兄ちゃん……人生損してるよ」


「そこまで言います!?」


 でも俺だって、スイーツに関しては誰にも負けないくらい好きな自信がある。

 だからって、男だけでカフェに入るのは、少し気が引けるのだ。

 そのため、スイーツはいつも親に買ってきてもらって、家で食べている。


「確かに、人生損してるとは思うけどさ……」


「お義兄ちゃんスイーツとか大好きだもね……あ」


 いい事考えた、と言わんばかりに、顔をニヤつかせる琉那。

 正直に言うと、嫌な予感しかしない。

 しかし、その嫌な予感は見事に外れた。


「じゃあさ! スイーツ食べたくなったら、私に言って。どんな用事があっても付いて行ってあげる」


 琉那の提案は、俺にとってはすごくいい提案にしか聞こえなかった。

 スイーツ好きなことは美羽には隠しているため、知っているのは琉那と両親くらいしかいない。

 本当は琉那にも隠しておくつもりだったが、父親によって暴露されてしまったのだ。


「本当にいいのか?」


「当たり前じゃん。私もスイーツ大好きだし」


「ありがとう。助かるよ」


 その後も、琉那とスイーツのことについて語っていると、いつの間にか水族館の開園時間は過ぎていた。


 俺たちは急いで水族館に向かい、楽しむこと二時間半。

 琉那が突然「違うところに行かない?」と言い出して、結局水族館に来る前にいたカフェに戻ってきたのだった。


「やっぱり今日はここで一日過ごしたいかも」


「俺は別に構わないけど、本当にそれでいいのか?」


 出掛ける前はずっと水族館など色々な場所に行きたいと言っていた琉那だが、どうやら気が変わったようだ。


「うん。ここでお義兄ちゃんと二人きりで話すのもありかな、って思って」


 それなら家でもいいのではないかと思う。

 わざわざ外出しなくても、昼間は両親共に仕事なため、ほとんどの時間が二人きりだ。


 なせ琉那は外出してまで、二人きりで話したいと思ったのだろうか。

 そんな俺の心を読んだかのように、琉那は喋り続けた。


「だって、家にいると突然美羽さんが来たりするでしょ? 外だとばったり会わない限り邪魔されないし」


「ああ……確かにそうだな」


「まあ、そんなことは置いといて、スイーツのことについて語り尽くそ!」


 それから、俺たちはスイーツのことだけで約五時間も語り続け、気がつけば外は真っ暗になっていた。

 スイーツのことになると、我を忘れそうになるんだよな。自制した方がいいかもしれない。


「いやー、今日は楽しかったなー!」


 合計何時間居たかもわからないカフェから出て、琉那は両手を上げながら背伸びをした。


「俺も本当に楽しかったよ。ありがとうな」


「うん!」


 俺に楽しかったと言われて嬉しかったのか、琉那は今日一番の笑顔を見せてくる。

 その笑顔を見て、不覚にもドキドキしてしまった。

 俺には心に決めた好きな人がいるというのに。


「…………そろそろ帰るか」


「うん」


 明日は美羽と一日過ごす予定だ。

 どう過ごすかはまだ分からないが、今までの経験上、色々な場所に連れ回されるに違いない。

 だから今日は、琉那と一日ゆっくりできて、本当によかったと心の底から思った。

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