第2話 最恐

 桐山は渋谷に訪れていた。

 日本ボクシング会最強チャンプ、その連勝の理由の一つには、ファッショナブルが挙げられる。

 多種多様な服を自由自在に着こなす。

 その応用力こそ、試合での変幻自在な無敵のボクシングを生み出すのだ。


「これ、一着ください」


 桐山は髑髏の刺繍が施された服を一着、手に取った。

 しかし、店員の表情は冴えない。


 ーーまさか。


 桐山は戦慄する。

 彼は五十戦無敗のチャンプ。危険なことには鼻が効くのだ。


「申し訳ありません、お客様。その服、Sサイズしか無いんです……」


 桐山の表情に、一筋の絶望が差し込む。

 彼が探している服はLサイズであった。




 @@@@@@@@@@



「ようこそMr.桐山。会えて嬉しいよ」


 東京都新宿区歌舞伎町。

 欲望と活気と廃退がすれ違うように行き来するこの街の中心に、場違いなマリア像を置いているアメリカボクシング協会がある。


 そこに単身、乗り込んだ男がいた。

 最早言うまでもないだろう。桐山である。


「まさか警備の者を800人殴り倒して侵入してくるとは恐れ入ったよ。今日はなんの用だい?」


 アメリカボクシング協会トップ、ジョン=スミスが笑いながらデスクに腰掛ける。


「俺の命を狙っているらしいな」


 言葉遊びに用はない。

 チャンプはいきなり、本題へ入る。


「はは、流石は日本チャンプ。試合も会話も右ストレートって訳だ。まさかベッドの上でもそうなのかい?」


 笑うジョン=スミス。

 その様子はとても、追い詰められた袋のネズミとは言い難い。


「僕らが欲しいのは君の神の拳だけさ。君が黙ってその拳を差し出すなら、命までは取らないんだけどね?」


「無論、おノーセンキューりだ」


 桐山は構えをとった。

 50戦無敗の王者の構えだ。


「やれやれ、交渉決裂か。では仕方ない」


 桐山の構えを見ても、ジョン=スミスは怯まない。

 彼は笑いながら、デスクの上のリモコンを手に取る。


「友人が遊びに来たのに、ピザもパーティも無しで帰すなんてアメリカ人失格だろう?」


 ジョンがボタンを押すと、協会の出入り口にシャッターが下ろされる。

 ここは最早、密閉空間ファイトフィールド


「さあ、試合を始めようチャンプ。ジャパンで言うところの、死合をね」


 彼はダイヤモンド製のグローブを手に填める。

 その輝きたるやアメリカンドリーム。


「僕も元はアメリカチャンプでね。君ほどじゃあないが、腕には少し自信があるんだ」


 言って、ジョンは桐山に飛び掛かった。

 ダイヤという超重量級グローブを付けていながら超高速の目にも止まらぬジャブを打つ姿は、彼の言葉が真実であることを雄弁に示す。


「く……ッ!」


 怒涛の攻撃の僅かな隙を突き、桐山がフックを放つ。

 しかしその攻撃は空を切り、刹那、ジョン=スミスのアッパーが桐島の顎を砕く。


「ヒット&ウェイ、ボクシングの基本だろ?」


 崩れ落ちる桐山。

 ジョン=スミスは勝利を確信していた。







 ーーその声が聞こえてくるまでは。



「誰と戦っているんだい、Mr.ジョン」


 背後からしたその声は、今しがた崩れ落ちた筈の桐山の声。

 ジョン=スミスは血相を変え振り返る。


「ば、馬鹿なッ!?」


 そこにいたのは、無傷で仁王立ちする桐山だった。


 ーーあり得ない!


 ジョン=スミスは先程顎を撃ち抜いた筈の桐山の方を見る。


「い、いない、だと……ッ!?」


 攻撃を見切られ、渾身のフックを外し、無様に顎をかち割られた筈の桐山が。

 確かにその場に崩れ落ちた筈の桐山が。

 そこにはもう、いなかった。


「お前が戦っていたのは幻覚だよ、ジョン=スミス」


 桐山の奥義の一つ、王者乃風格キングオーラ

 桐山の構えを見てしまった者は最後、そのあまりの圧に桐山の幻覚を見てしまうのだ。


「あ、有り得ない!!」


 ジョン=スミスは半狂乱に右ストレートを放つ。

 桐山はそれを、右ストレートで迎え撃った。


「有り得ないのが、ボクシングだろ」


 桐山の拳が、ダイヤモンドのグローブを粉砕した。



「ぐはッ!!」


 桐山の一撃を受け、ジョンが崩れ落ちる。

 しかしその表情にはまだ、余裕が残る。


「く、くく、流石はチャンプ、僕じゃあ敵わない。けど、ならどうだろう?」


 ジョンが指を鳴らす。

 すると鋼鉄のシャッターを蹴破り、4人の屈強な男達が中へ入ってきた。


「紹介しよう。彼らは各国から君を殺すべく集まってもらった無敵のボクサー集団、拳聖四天王だ」


「拳聖四天王だと……?」


「そうだ。タイ最強のムエタイボクサー、中国から来た太極拳ボクサー、日本ボクシング会より存在を葬り去られた殺人ボクサー……そして我が国最強の世界チャンプボクサーの4人さ」


 よろめきながら、ジョンは立ち上がった。

 両手を広げ、彼は声高に宣言する。


「明日。我々は無差別級のボクシング大会を開催する。君が見事この4人を打ち破り、優勝するようなことがあれば我々も君の拳を諦めようじゃないか」


 どうすると言わんばかりに、ジョンは挑発的な笑みを浮かべる。

 明らかな罠。桐山は、薄く笑う。


「俺が参加しない、と言ったらどうする?」


「その時は君を臆病者と罵ってやろう……それも、観客の前でな」


「なるほど……八方塞がりってわけか」


 桐山はジョンと四天王に背を向け、歩き出した。


「上等だ、やってやるぜ」


 立ち去る彼の背中に、ジョン=スミスは惜しみない拍手を送った。

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渾身の右ストレート メロンちゃん。 @oidonyade

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