水平飛行

運営プロセス

経営戦略の一つ、サイクルタイムを縮小して効率を高める活動は、製造部門でも始まっている。

サイクルタイムとはプロセスの入力から出力まで掛かる時間を指した。

「最近、製造現場でプロセスと言う言葉を使っているけど、何ですか?」

「製造工程を指していてね。ある工程の初めから終わりまでをプロセスと呼ぶんだよ」

「だから、ある工程の初めから終わりまで掛かる時間がサイクルタイムなんですね」

「そう、プロセスの各ステップに掛かる時間を測りモニターする事で一番効率が悪く改善すべき箇所、いわゆるボトルネック、を探して改善活動をしているんだ」

よって製造プロセスのサイクルタイムが常に短縮されていた。

しかしキタハチ全体には “プロセス” 言う概念が未だ浸透していなかった。

キタハチでのプロセスとは何か目的のあることを行なう際の工程と定義した。工程のサイクルタイムを改善する事で目的達成の効率を上げる事が出来た。

プロセスの性質は以下の様なもので。。。

• 何回も繰り返される…その工程を使うことが何回もある。

• 測れる…工程にかかる時間、或いは効果が測定できる。

• 自動化出来る…入力と出力、中間の各ステップが明確である。


キタハチには目的を達成するための様々なプロセスが存在していた。

この数多くのプロセスの中から、その組織の存在価値の有無を決める鍵となる重要なプロセス(キープロセス、key process)がある。 その組織やプロジェクトの目標達成に大きなインパクトを与えるプロセス。

「キープロセスを把握し常に改善活動することが肝心だな」

「そうしてサイクルタイムが短縮され、効率が上がったんだね」

「でも、キープロセスは、必ずしも一つとは限らないでしょう」

「そう。顧客対応プロセスもその一つだった」

このプロセスの場合、入力は「お客様からのコンタクト」、出力は「お客様への回答」であった。今では、会社全体の共有データベースも、キープロセスで使うツールとして貢献している。


ブレイクスルー

「数年前のジャンダルム製品開発には手こずった。あの苦い経験、未だに忘れないよ」

「そうだね。今回は、いろいろ工夫して製品開発しているから。例えば、同時開発を」

「同時開発って?」

「エンジニア達の提案でね。ハードウェア開発、ソフトウェア開発、さらに外装デザインも同時にスタート」

「それは。新しい趣向だから、リスクが大きいだろうが」

キタハチにとっては画期的な新しい独創。

「確かに、リスクはあった。だが、結果的にはリスクをとって良かった。提案したエンジニア達に感謝してるよ」

ロバノミミは順調に開発が進み、数ヵ月後には試作機が初めて製造部によって作られた。

「製造部で試作機を作るのは製造ラインの人の発想だったね」

「以前は、ハードウェア開発グループが試作機を作り、性能を確かめた。その後に製造部に技術移管する工程だったので時間が随分掛かったから」


ロバノミミ製品開発で他にもブレイクスルーがあった。

「顧客のオペレータが使い易いように、データを読み取りのモーターの回転スピードを自由自在に変られる仕組みを試みました」

「これは難しい。モーターの回転にムラがあると、間違ったデータが読めてしまうでしょ」

「それで、仕入先に、回転精度を改善する様に依頼してみたんだ」

ところがどの仕入先も、モーターの再設計に最低数ヶ月、しかも価格が高くなると言われた。

するとソフトウェア担当者が、「モーターの回転ムラをメカニカル的に改善するのではなくソフトウェアでデータの補正しましょうか」 と提案し、試みた。 この発想もキタハチにとっては画期的なブレイクスルーだった。

それゆえ、現行のモーターをそのまま使用して、使いやすい電子装置が期限以内に開発された。

昨年まで、ビジネス計画などがなかった頃は、従来の開発プロセスを変えようと言う発想は生まれなかった。


西側の道路沿いに植わっている桜並木が、今年も綺麗に咲いた。

春を感じる月曜日、ロバノミミ、一号機が出荷された。

順調な滑り出しで、当初に企画されたスケジュールどおり。

通信分野での応用に役立つセールス方法、アプリケーションの知識、サポート体制などをマーケティング部門が中心にトレーニングを行った。 蓼科が各メディアにロバノミミを紹介するプレスリリースを行った事も手伝って業界では知名度も上がって来た。

「ロバノミミ。市場からは期待以上の良い反応です」

「きっと、ターゲット市場を通信分野に絞ったソリュウションにしたからね」

製造部門も仕入先と更に密接な関係を築き良いスタートを切った。

ロバノミミプロジェクトではプロジェクトマネージャを公募で選んだ発想もキタハチにとっては画期的なブレイクスルー。

「やはり、新規開発には、製品に情熱を持ったプロジェクトマネージャのリーダーシップだよ」

「目的に必要な要素を持っている人を、応募者の中から一番適切な人を選別したのが良かったね」

企画どおりの結果だったので公募で候補者を決めた事は正解だった。

「経営理念の思いは、エンジニアのレベルまで浸透したなぁ」 と感じ、クニオは一人で納得していた。


理想の人材

丹波が予定受注表を見ながら微笑んで、「今抱えている案件が殆ど受注につながれば今期は100億円近くに成るかも知れない。殆どが受注につながればの話だけどね」 と言った。

「もし100億円の受注が有ったら、納期に間に合う製造のリソースは有るの?」

受注は少しずつ増えてきたが、設備投資やら業務改善で効率が上がったので、今までは何とか間に合った。 

だが、リソースとして人材不足も各部署で課題になり始めた。

穂高が、「ここで社員を増やしたら、経営目標の純利益5%以上は無理ですよ」

「人材の効率も上げる事出来ないかなぁー?」

「社員全員が理想の人材だったら問題ないんだが。理想からかけ離れている人も沢山いるし」

今では、理想とする人材像・スキルは、職務記述書に表され、全社に公開されていた。

ロバノミミの公募にも活用されたように、職務に合ったスキルだけでなく、何を期待しているかをきちんと表されている。 定期的な評価面接で仕事結果と理想像とのギャップを話し合い、ギャップを埋める為の職務に適した知識やスキルを教える仕組みも動き始めた。

雲取が、「長期の教育プランとして、例えば、傾聴のトレーニングも検討しています」

「傾聴って?」

「相手の話を、相手の立場に立って、相手の気持ちに共感しながら理解しようとする行動。勿論、特効薬ではないので、直ぐには効果が現れませんが」

「教育プランは良いが、今すぐ効率向上に貢献する方法は無いの?」 

「権限委譲を積極的にする方法が有りますけど」 と雲取が応えた。

「権限委譲?」

「世間で言う、エンパワーメントです。一人ひとりが、自分がどうしたら次の工程の人が成功するかを考えて行動する権限を与える事です。すなわちロボット人間を失くす事です」 


リーダーシップ

「社員の意識を変えるのは容易でないね」

「誰もが、今までの仕事のやり方を続けたいと思ってますから」

「たとえ、周りの変化に気づいても、そのうちに変えれば良いと思っている。それが問題なんだよ」

「でも、最近、キタハチの企業文化も少しずつ変わってきたと思う。いわゆる、風土と言うか、社員が普段当たり前と思って行動する様子が以前と違うよ。少しは良くなってきた」

「確かに。少しは良くはなってきたが、本当に人材と呼べる人はなかなかいない」

「キタハチが必要とするのは、率先して新しい事にチャレンジし、周りの人達を励ましながら達成しようと努力する人なんだよね」

「最近,それが出来る人が数人育ったけど、もっとほしいですね」


「ところで、どんな理由で、キタハチに転職してきたの?」 と蓼科に向いて聞いた。

「前の会社は大きくて安定した経営ですが、派閥があって、何事にも保守的。男社会の年功序列で、経験の浅い女性の提案なぞ聞き入れようとしない社風でしたから」

「そうだったのかぁ」

「社風しだいで、人材を逃がしたり、良い人材を得たりするんですね]

「これからも、“理想とする人物はこんな人材です。そのために、このような行動を取った人を評価します” と言ったメッセージを出していきましょうよ」

「そうだよね。期待と評価基準を明確にして人材と呼べる人達に育てよう」


会食

日中は暖かい陽気だったが、先ほどから雨が降っている。

取締役会の会長、農鳥、に誘われた荻窪の料理屋に一足先に着いた。

「おまたせ」 と言いながら、少し太り気味の農鳥がクニオに手を振りやって来た。

農鳥とは電話で話す機会が何度も有ったが、会うのは久しぶり。

クニオはビール、農鳥は日本酒をオーダーしてからゴルフの話題を持ち出した。

農鳥の本業は弁護士だが趣味のゴルフのも力を入れている。

事前に料理のセットを予約していたらしく、次々と食べ物が運ばれてきた。

「ゴルフは面白い。ゴルファーの悪い癖は直おすのに時間が掛かるが、コース上の問題点は、次のショットで挽回できる」

「会社運営も同じですよ。予期しなかった事態が起こった時は、解決策を必死で探せた。問題は、ビジネス環境が変わったのに、以前からの体制から脱皮できず、新しい環境で考えようとしなかった」

「そうだな、ゴルフも、会社運営も。悪い癖を直すのに苦労するな」

そろそろ満腹に成りかけた時、農鳥が真剣な顔つきになって、話始めた。

「今夜は、礼を言いたくてね。黒字経営を起動に乗せ、今後も黒字を維持できる体制を作って頂き有難く思っている」

お酒を片手に、少し考えながら、農鳥が続けた。

「ところで、このままキタハチに残らないか?」

「お約束通りの任務は達したので。。。」

「金か?」

「いえ、細々暮らす性分なので、お金は欲しくありません」

「じゃあ、権力か?」

「人は皆、それぞれが重要だと感じる方向に進んで行きますから、何が何故重要かを気付かせば良いだけです。だから、権力も魅力ありません」

「じゃあ、何だ?」

「ただ。。。ただ、コンドルを探しにアンデスに行きたいだけです」

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キタハチの危機 @hanapuke1

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