乱気流

大口顧客の倒産

マネージャ会議に一足送れて入って来た丹沢が慌てふためいて、「今、連絡が有り、日野電機が倒産しました。うちの営業が販売活動しながら、取引先の異常に気付けるよう心がけていたのですが、今回は突然なんだ」

「日野電機って、ジャンダルムを5台買ってくれた顧客でしょ?」

「はい、その他いろいろ製造現場で使っている計測器を何台も買ってくれた一番の大口顧客なんだ」

クニオは穂高に向かって、「売掛金のインパクトは?」

穂高は売掛帳を見ながら 「回収出来ないと7億円位の損出の可能性があります」

売掛帳(売掛管理システム)には物品納入と代金回収の記録が詳細に記述してある。数年前は売掛金の管理がいいかげんで、納入先に請求書が適切に届かなかったり、内容が間違っていた時期もあった。でも今は正確に管理されている。

「それって、与信の限度額をはるか超えてない?」

与信とは、信用を供与すること。 Transactional 買いは納品と同時に現金を受け取る現金取引のみで取引を行うので、 債権が焦げ付くことはない。ところが、ジャンダルムの様なStrategic 買いは顧客からの入金を前提に材料の仕入れや経費の支払いをし、納入している。

「日野電機の前期の決算書、それに長年の取引を基に与信限度額を5億円に決めてあったのですが、ジャンダルム2台の納入立ち上げに日数が掛かり未収金が7億円に膨らんでいます」

運転資金を確保するため、未回収分の資金を緊急に調達しなくてはならない。資金が調達できなければ最悪仕入れ先へ支払いができなくなり、連鎖倒産に陥る危険性がある。

ロバノミミの3億円の設備投資はなんとか機材をレンタルとリースで入手できたので大きな出費は回避したが、7億円の未回収は打撃だ。

妙高と丹沢は未払いの納品を回収する段取りを始めた。納品を回収しても入金にはならないが、デモ品として使える。

「概算では7億円の資金調達が出来ないと黒字経営になる前に行き詰ってしまうでしょう」 と穂高がつぶやいた。

「今度こそは銀行から借りるしかないか?」 融資の名目は運転資金で。

早速、穂高の経理部門では財務資料を基に銀行に融資申込書を作成する準備に入った。

銀行は融資申込書を基に、ありとあらゆる状況の検討を加え、融資の可否を見極め稟議書を作成してくれる事を願う。前回の借金が沢山残っているので融資見送りの可能性もある。


「見送りにされたらどうしよう」 クニオは農鳥に相談した。

取締役会の会長、農鳥、は弁護士で荻窪に事務所がある。

「7億円はでかいなあぁー」

「やはり銀行以外に打つ手は。。。」

「実は外資系がキタハチを買収したいと言う噂が有るんだ」

「それって、どういう事です?」 とクニオは驚いた。

「外資系の目的はキタハチの技術力を得ることだから、買収した後、技術部門だけ残してそれ以外の社員はお払い箱だ」

「そんな事されたら。。。」

「まずは主力取引銀行に頼んでみなさい。その結果しだいで相談しよう」


量子コンピューター

筑波が電話をしてきた。

「来週ハワイ大学で量子コンピューターの試作品の実装デモがあるんだが、行かないか?」

「来週かぁー。 行きたいけど、ビデオで見れないの?」

「実装デモの場所では試作品を開発した連中と話しが出来る。行く価値はあるぞ」

「ところで、教授は行くんですか?」

「勿論。大量の情報を瞬時に料理するにはもってこいのコンピューターだからな。今や、世界中の何千万人がツイッター、フェイスブック、それにインスタグラム等の SNSで一人ひとりが思っている事、考えている事を発信している。テキストに限らず、画像とか動画も発信している。それらの情報を瞬時に料理をして、明日は何が起こるか、来月のトレンドなどを察知する事が量子コンピューターで出来る」

SNS (social networking service) とは、スマホやパソコンを使ってオンライン上のコミュニティサービスの総称。

それって、一人ひとりが発信した情報を基に未来が見えたら、製品企画や投資計画に是非欲しい。。。とクニオは呟いた。 

「教授、興味は大いに有るけど、来週は無理だ!」 今はそれれど頃じゃないと断った。

「量子コンピューターの試作品かぁー。。。」 きっと日野電機の倒産もすべての SNS を基にした情報を常時料理していたら未然に分かっていただろう。 競合の動向、社会情勢の変化など、様々な環境の変化に常にある。そのような変化を予測できる時代はもう目の前だ。


融資

キタハチが主に取引する主力取引銀行は JR 駅前の高尾銀行八王子支店。

翌週、クニオと穂高が八王子支店に追加融資の依頼をしに訪問した。アポは事前にとっていた。

キタハチを営業担当している浅間と名乗る若い営業マンが二人を応接室で迎えた。

「これが融資申込書、損益計算書と予想資金繰り表です。ご覧下さい。それで融資額なんですが、できれば7億円お願いしたいのですが」 と穂高が持ってきた書類を渡した。

浅間が真っ先に目を通したのが、売り上げや経費、利益状況などが書かれている、損益計算書。5年前はかろうじて黒字だったが、それ以来、4年連続赤字。

浅間は融資申込書を見ながら、「与信判断に必要な直近の業績が分かる試算表を提出して下さい」 と事務的な対応だった。与信判断とは金を貸すかどうかを決めることである。こんな対応で融資見送りにされては困ると感じ、「是非、会社に来て現状を視察して下さい。計算書の数字に表す事の出来ない現状がお分かりに成ると思います」 とクニオは提案をした。

二日後に、浅間は融資課の宮城と一緒にキタハチを訪問した。

浅間と宮城にキタハチの有望性を印象つける目的で、蓼科がマーケティング観点で視察のガイドを務めた。今期実行始めた、的を絞ったマーケットの選択と集中、顧客のタイプに合わせたセールス方法など。社員が活発になった事などを説明した。

その後何日も、高尾銀行八王子支店から音沙汰無かったので、クニオはイラつき始め、穂高に様子を伺った。

銀行に電話を掛け終えた穂高が 「なんか融資課でもめているそうですよ。 もう担保は無いし、自己資本比率は低いし、借り過ぎの領域に入りますからね」 

担保というのは、要するに借金のカタだ。返済できなくなったとき、売って返済するキタハチの建物は2年前の借金に担保としてすでに使われている。会社が倒産したら、銀行は担保を処分して貸し金はとっとと回収する。

売上げ70億円程度の会社で、過去4年赤字、それに対して、借金は現状でも20億円ほど残っているので、これに7億円の新規融資を行うと、借金は全部で27億円になる。キタハチの財務体力を考えると、借り過ぎの領域と見られる。

「製造業の自己資本比率の理想値は30% として、その半分もないでしょ。 これでは財務の安全性に乏しいと思われて居るでしょう。 融資をされなかったら、資金繰りは確実に行き詰まります」 と穂高がつぶやいた。

「資金繰りは待ったなしだからな」


管理項目

週末、まだ雪を被っている八ヶ岳に登った。 特急あずさを小淵沢で降りると、友人の磐梯が四輪駆動の愛車で待っていた。そして、登山口近くまで磐梯が運転する車で泥道を奥まで進んだ。 天気予報では今週末は良い天気が持つはず。 登り始めてからの3時間位、午前中は予報どおり青空に恵まれ登山は順調。

ところが、山の頂上に近い尾根で休憩し終わった頃、空模様が急激に変化した。 空一面鉛色の雲に覆われ、時々小雪を交えた突風が吹き、気温もどんどん下がり始めた。 二人は予定を急きょ変更して下山の準備。 下山途中に近くの沢で雪崩が起き、ドーンと言う大きな音と共に雪煙を目撃。 前にも見た現象だったが付近の地形が急激に変ったように思えた。 車まで戻って来た頃には空模様が幾分回復したが、下山に思ったより時間が掛かった。

帰り道、運転をしている磐梯が、雪崩の事を思い出し、「ビジネス環境は、現在の延長線上に有る動向や需要予報どおりに行くとは限らないね」 と言った。日野電機の倒産も、キタハチにとっては “不連続なビジネスの波” だよなとクニオは思った。

あくる日、四半期毎に業績のレヴューをする会議があった。

穂高が、前もって配ってあったパワーポイントの表を指して、「売り上げが伸びてる割には経費が抑えられているので、会社全体の効率が良くなりました。 日野電機が突然倒産するまでは」 と説明した。

だが、マネージャ全員がレヴューの項目よりも融資申込みの話題で気が散っていた。

真っ先に、妙高が、「銀行なんか当てにせずに、どこかの証券会社と組んで社債を発行出来ないか!」 と切り出した。債券発行は要するに借金。それには時間も掛かるし、証券会社と取引もない。

議論の結果 「やはり、高尾銀行に融資してもらうのが一番安くて確実なのではないか」 と言う穂高の意見で収まった。

借金の話題が収まった頃を見計らって、「キタハチ全体の健康状態もレヴューする目的で、社員の満足度資料を持ってきましたが。。。次回にしましょうか」 と雲取が賛否を問った。


融資稟議書

朝一番に、宮城から 「稟議書作成のための直近の業績が分かる試算表、予想試算表、向こう3年の事業計画、現在開発中の新製品の完成時期と予想される売上高もほしいのでが」 と連絡してきた。

良い知らせだ。稟議書の内容次第で融資してもらえる可能性が十分ある。

手分けで予想試算表は穂高が、ビジネス計画はクニオが、ロバノミミの完成時期と予想される売上高は苗場と蓼科が、それぞれ直ぐ作りに掛かった。ビジネス計画には、マネージャ会議で決めた経営理念、ビジョン、方針、目標、と戦略。それに付け加え、向こう3年の事業計画、顧客の声を受け入れるプロセス、競合の分析、各種の運営プロセスを詳しく書いて提出した。予想試算表の信憑性と新製品の貢献度を示す為だ。

宮城は試算表を読みながら、その数字の向こう側にあるものと見た。資金がどう調達され、どう流れて行ったのか、そして、その理由は。ビジネス計画を履行する可能性は。

数日後、宮城が稟議書に追加融資の理由付けを詳しく書き、高尾銀行八王子支店内部で審査された。

そして稟議書を読んだ融資課長と支店長が追加融資を承認した。

この一報を聞いたクニオはほっとし、農鳥に報告の電話を入れた。

そんな時、宮城から電話があった。 「是非、御社のビジョンを実現に近づけて下さい」



>>>次のエピソードに続く

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