上昇中

業績改善

今日は、朝から風が強いが、晴れた良い天気。

クニオと穂高がペーパーコップのコーヒーを飲みながら出来上がったばかりの試算表を読んでいる。

過去数ヶ月、少しずつだが、業績が改善の兆しが見始めた。

「この調子で行くと、今期の決算表では赤字が消えそうですよ」

「そう成ってくれると良いんだがなぁー」 アンデス山脈を思いながら返事をした。

「社員から見ても信憑性のあるビジネス計画が各現場で履行され、実り始めてきたからですよ」

「どのくらい運営効率を良くしたら余裕で黒字を望める?」

未来3ケ月の予測を基に最終利益や税金を見積もった、「予想試算表を作ってみますよ」


見積もり要請

武蔵境工業から、ジャンダルムを3台、追加購入の見積もり要請が舞い込んだ。セールスが顧客の状況をヒアリングすると、購買課長は納期が購入を左右すると言っている。

「見積もり要請の件で、お客さんにせがまれているのですが、何時納入出来るか教えて下さい」

「追加購入なら去年納入した装置と同じオプション構成だな。ちょっと調べるから、明日まで待ってくれ」

「何故今すぐ分からないんですか?」 とセールスは今日中に見積書を提出したい気持ちでいっぱい。

あくる日。

「ジャンダルム3台の在庫部品をチェックしたが、電源系統の部品が足りないんだ。早速仕入先に発注するが、この仕入先にとって、我が社は優先順位が低い。以前支払いが遅れた事があって。ところで、武蔵境工業の納入住所は何処?去年と同じ?運搬の日数を考慮しなくちゃ」

「この3台は東北の仙台工場です。住所はメールで送りますから」

「顧客のデータ、在庫のデータ、仕入先のデータ、設備使用のデータなどが縦割りでなくて一つに統合されていると納期が直ぐに分かるだがねえー」

そんなやりとりを聞いたクニオは、SWOT 分析を思い出し、情報を共有する仕組みを早急に作る決心をした。

それは、会社全体が正確なデータを基に素早い意思決定と顧客対応をする必然性を物語っている。

現在は各部署あるいは各個人のデータベースに委ねてある。必要なのは、それらを纏めて会社全体が共有するデータベースだ。

「一つのデータベースを共有できれば、例えば顧客の情報が製造部で即座に活用出来るでしょ」

「そうそう。 その結果、顧客にはオーダーした仕様どうりの製品を納品日に合わせて製造する事が出来る」

「部署毎にある縦割りのデータを統合して共有するのはお金の問題?」

「各部署の意識の問題です。どの部署も他部署にデータを見られたくないから」

「どうしたら意識が変わるだろう?」

「自分の部署のデータを他部署と共有しないとビジネスチャンスを失うという危機感」

「そうよ。ビジネスチャンスを失うという危機感だと思うわ」

「それにメリットは、我々の弱みである、顧客への対応が遅い状態も、解決できる」


製品開発  

経営戦略の一つ、高周波技術を活かした装置を開発するプロジェクトが動き始めている。

通信分野のマーケットをターゲットした新製品ロバノミミ。 成功要因は適切な付加価値と短期の開発スケジュール。

「付加価値と言葉で言うのは容易だが、どんな機能を作りこめば顧客が付加価値と認めるんだい?」

「ターゲット顧客の小金井電子は通信機器部品メーカー。彼らは海底通信ケーブルを作っている中野システムに納品している。だから、中野システムに何が重要かヒアリングしてみましょうよ」

苗場と蓼科は、小金井電子の了解を得て、中野システムを訪問し、海底ケーブルの通信モジュールについてヒアリングをした。

「驚いたなぁ。通信モジュールは一度海底に設置したら修理が出来ないから、部品選定はコストでなく耐久性とブレない精度なんだ。我々の付加価値は、小金井電子がそういう部品を作れる機能を持たせる事だね」

「ロバノミミは、中野システムの事も考慮した付加価値で、今までの汚名を挽回して、期限目標までに終わらすぞ」

従来のキタハチは、始めたプロジェクトがなかなか終わらない悪い風土を持っていた。 指揮するプロジェクトマネージャは年功序列で経験豊富なエンジニアを任命するのが伝統だった。しかも、プロジェクトの達成目標も明確でなかった。達成期間もあいまいな根拠で決めていた。大きなプロジェクトほど悪い風土は鮮明に現れた。

「今回は守れますかぁー?」

「今回は、担当者の責任範囲を明確にする」

「ジャンダルムの時は、苦い経験をしたからなぁ」

「プロジェクトを指揮するプロジェクトマネージャは経験豊富なエンジニアだったんだがね」

「目標を達成するには、製品とターゲットマーケットに情熱を持った人にプロジェクトを任せないと」

「プロジェクトに情熱を持った人なら、どうしたら達成出来るかという意思が強いだろ。期限を守るには大変な努力だからね」

「だったら、今回は社内公募でプロジェクトマネージャを決めましょうよ」 

「それは良い提案だ」 と苗場は賛成した。

ロバノミミは付加価値を盛り込んだ使いやすい装置をスケジュールどおりに完成させる事が重大だった。

ロバノミミプロジェクトマネージャ役に必要な要素

• 通信分野のアプリケーションに詳しい

• 製品の貢献度を信じ、プロジェクトへの情熱

• 製品開発工程に詳しく、素早い判断力

• エンジニアとのコミュニケーションが良い


短い開発期間、性能は上位で、製品の使い易さを優先した目標を掲げた。

公募で手を上げた数人の応募者を苗場、妙高、蓼科の3人がインタヴュー。

結果は、ロバノミミのプロジェクトマネージャ役に常念エンジニアを任命した。 そして、常念のプロジェクトは、スケジュールを意識しながらスムーズに動き出した。

常念は開発に関係する情報をきめ細かくノートブックに書き、整理した情報を基に細かい工程を表で示した。大きなタスクを時間刻みの小さなタスクに掘り下げていき、毎朝各タスクの進捗度を細かい工程表を基にチェックした。その場で対処出来ない大きな問題は苗場が適切な人材を巻き込んで対応した。


マネージャ会議で、穂高が、「このプロジェクトに新たな設備投資が3億円必要と言うのが課題ですね」 と言った。

「もし銀行から3億円の融資を受け、5年の分割返済でやりくりできそう?」

「売り上げしだいですが、見込みはどのくらいになります?」

よほど受注が堅調に積みあがらないと、キタハチの財務状況が悪化するから。設備投資の資金調達、つまり銀行に借金のお願い、を懸念している。

「ところで、これを買わないと仕事を出来ないの?」

「プロジェクトが終わった時点で余剰投資に成りかねない?」

マーケティングの蓼科が、「最近はお客様から、機器のレンタルとかリースの問い合わせが多いの。もしかしたら、この設備をレンタル或いはリースで借りる事が出来ないかしら」

「借りる方向で話を進めてくれたら、資金繰りはなんとかなりそう?」

「その仮定で財務の計算してみます」


なぜなぜ分析

朝から小雨模様の午後、「スキューバダイビングに行かない? 4人のグループで」 と電話があった。

「行く。それは絶対に行く。ところで日程は?」 好奇心が旺盛なクニオは、もう行く気に成って返事をした。

「再来週の金曜日に出発だけど。。。ライセンス持っている?」

「ライセンスって?。 ダイビングにライセンスなんか要るの?」

行動が速いクニオは、その晩からダイブショップに通い詰めてライセンスをなんとか間に合って取得。

暖かい海を目指して、目的地はパラオ。成田空港からグアムを経由してパラオまで飛んだ。

パラオの海は水温が暖かくウェットスーツ無しで、タンクとカメラだけ持って潜れた。どのダイビングスポットも色鮮やかな沢山の魚。ラッキーな事にハンマーヘッド鮫を目撃し、 別のダイビングスポットでは頭上の遥か上を泳いでいくマンタの群れを眺めた。

楽しかったパラオから帰って来た翌日、妙高が、「参ったなぁ。出荷予定が狂いそうだ」 と言いながらやって来た。

「予期しなかった事が起こったょ。 ジャンダルムの主要部品であるコイルを供給していた仕入先が、昨夜に火事があって。工場が焼け、今は復興の目処が立たず、供給出来ないと連絡があった」

「他社から購入出来ないの?」

「今、同等のコイル部品を供給出来る新たな仕入先を探している最中だが。あれは特注品だからね。技術部にも頼んで違うコイル部品を応用した設計変更の検討を始めてもらった」

この事態は、数社が供給できるコイル部品を使えるように設計変更する事で危うく収まった。

再発防止の為に根本的原因を突き止める事に成り苗場と妙高がタスクフォースを組み、何故こういう事態に成ったか問うことにした。

何故1:コイル部品の供給が何故止まったか?

理由1:仕入先が一社だった。

何故2:仕入先は何故一社だけだったのか?

理由2:コイル部品に特別のコーティングが必要だった。

何故3:特別のコーティングが何故必要だったか?

理由3:コイル部品が高熱に耐えられるためだった。

何故4:高熱に何故耐える必要があったか?

理由4:発熱をする高圧電源の脇に位置しているためだった。

何故5:高圧電源の脇に何故位置していたか?

理由5:以前廃止した製品と同じシャーシを起用していたから。

何故?を五回繰り返していると根本的原因が分かった。なぜなぜ分析である。

「シャーシの形を少し変更する事でコイル部品に特別なコーティングの必要な無くなり、数社から同性能のコイル部品を供給出来る様に成りました。おかげで、出荷は予定通りできそうです」

「それは良かった。再発防止対策には何故?を繰り返し根本的原因を突き止める習慣になれば良いね」

今回の出来事で教訓として今後すべての主要部品は複数の仕入先ーから購入出来る様の製品設計すると決め徹底した。


なぜなぜ分析は、顧客満足度調査の時にも活用できた。

「今回行った顧客満足度調査でも満足度が横ばいでちっとも上がってないね」

「いったい何が不満で、その大きな原因なんなんだ」

今回の満足度調査で得た生データの内、不満足だった件数は45件あった。 さらに、不満足だった生データを KJ 法で分類した。 分類された生データを不満足だった項目毎に並べた。すると、パレートの法則 (80%:20%) 如き、分布が集中している。

「やはり、電話の応答に対するの苦情が前回と同じように一番多いですね」

顧客から電話で問い合わせられた用件がその場で解決出来ず、掛けなおす事が多かった。

何故1:電話の応答が何故悪いのか?

理由1:顧客からのメッセージを機械的に受け取るだけ。

何故2:メッセージを何故機会的に受け取るだけなのか?

理由2:顧客が言っている内容が理解できない。

何故3:話の内容を何故理解出来ないのか?

理由3:話しの背景が分からない。

何故4:背景の情報が何故無いのか?

理由4:初めて話す顧客だから過去のやりとりを知らない。

何故5:過去のやりとりを何故知らないのか?

理由5:過去の履歴は営業しか持っていない。

何故?を繰り返していると根本的原因が分かった。

原因は電話を受けた時に、応えられる必要な情報が無い為に不満が起こった。

キタハチは情報を共有仕組みを作り始めたばかりなので、満足度調査の時点では未だ無かった。

「顧客データが一目で検索出来るデータベースを導入したばかりです。きっと次回の調査では反映されますよ」

再発防止対策には何故?を繰り返し根本的原因を突き止める習慣の文化をキタハチ全体にも広めた。



>>>次のエピソードに続く

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