飛び立つ
市場動向
窓から夕焼けの秋空を眺めながら、最近は会社の歯車が上手くかみ合って動き始めたように感じていた。
穂高がやってきて、「この調子だと、今期の決算では売り上げ70億円で、2億円損の赤字計上で済みそうですよ」
「おー。それは良い。少しは良い方向に進んでいるな」
「これからは、もっと、付加価値を生み出し続けなきゃいけないでしょ」
「それには、市場の動きと将来のニーズを読み込んで。。。」
過去数ヶ月、各部署でキタハチのビジネスに関する市場情報をかき集めていた。
秋の深まった10月下旬。収集した情報の共通部分を見つけて分類・解析する作業をした。
「皆の協力で沢山の情報が集まったけど、どこから手を付けようか?」
「いろいろな種類の情報なので、今回は KJ 法でしましょうよ」
「KJ法って?」
「KJ法って言うのは、我々が共同作業で、収集したデータをカードに記述し、カードをグループ毎に纏める方法なんだ」
「聞いたことある。文化人類学者の Kawakita Jiroが考案したんでしょ」
「そう。そんなような名前の人。あー。だから KJ 法かぁー」
「グループ毎に纏めた情報を図解して新たな発想を生み出すのに役立ちそうだね」
「そうすると。現在のビジネス環境で、市場の動向と可能性のあるシナリオが見えてきますね」
市場動向と、その確立の有る仮定。。。
• 半導体メモリーの価格が2年後には現在の半値以下に下落する。
• 携帯端末に内臓される半導体部品の高度化、バッテリーの容量も倍になる。
• 半導体分野の電子装置すべてがクリーンルーム内で使われる。
• 通信分野が伸び、高周波電子部品の需要が伸び続ける。
• 通信分野の電子装置の需要が海外に移る。
• 高周波の波長が短くなり、低電力消費の短距離通信が増える。
「この仮定を基に、我々の付加価値を作って行こう」
「市場は常に変化が有るので、市場調査は一回限りで無く年間を通して行う事にするわ」
蓼科は市場調査の分野を幾つか決めて各分野をモニターする担当者を決めた。
その晩、クニオは筑波教授に電話を掛けた。最新の携帯端末のトレンドについて話を聞きたくて。
「良いとき電話をくれた。車椅子に座って退屈していたんだ」
「車椅子?」
「今までの義足が足に合わなくなってね、作り直してるんだ。その間、車椅子に頼って動きまわってる」
「直ぐ、何かお手伝いに行きます。車椅子を押してあげますよ」
「その為にわざわざ来ることないよ。これは電動で、指先一本で何処でも自由自在に動けるから。手伝いは無用」
「電動車椅子ねぇ?」
「問題はバッテリーなんだ。もっと長持ちする小型バッテリーが有ると、充電の面倒が減るんだが」
「教授の大学では新しいバッテリーの研究が進んでいる。。。とか、聞きましたが」
「ああ。だが実用品になるまでは未だ先の話だ」
「でも、見通しはついているんですね」
携帯端末の重さはバッテリーしだい。「待ち遠しいが、近いうちに来る」 と思った。
「そうそう。不自由している事が一つだけある」
「何ですか?」
「パン屋が、階段を上った坂の上にある」
「パンなら教授の家のすぐ傍にスーパーとコンビニがあるでしょう」
「スーパーにだって無いものがある。少ししか売れない物は置いてない。たとえ有っても、大きさが家庭用お得サイズ」
「だったら、コンビニは?」
「24時間営業で便利だが、焼きたてのパンとか、ケーキの種類もない」
「個人経営の商店が、近くにスーパーとかコンビニが出来たんで潰れた。。。と言う話を聞きますが。商売の経営は工夫しだいですね」
「そうなんだ。行きつけのパン屋は珍しいパンが出来ると声をかけてくれる。スーパーとかコンビニはしてくれない」
競合
「顧客を理解し、顧客の期待に添ったソリューションを提供する戦略は成功している」 と思っていた。
実際は、そうではなかった。
「ジャンダルムの在庫部品が、また最近増えてきましたね」 と妙高が穂高に指摘された。
「困ったよ。ジャンダルムの受注が落ちて、製造ラインの流れが、予定通りじゃないんだ。 セールスの担当に、しっかり受注して来るように言ってくれないか」
お昼過ぎ、外出から帰って来た丹波に、穂高が声を掛けた。
「ジャンダルムは利益率が良いんで、もっと売れれば財務的に助かるんですけど」
「そんな事は分かってるよ。強い競合がいて、受注に持ち込むのに苦労してるんだ!」
「競合に勝てる余地はないの?」
「ジャンダルムの顧客は Strategic 買いなので、競合の出方や顧客のビジネス状況を見ながら、いろいろ顧客のために成る事を提案をしているんだが。。。」
ビジネス環境に大きなインパクトを与える要因のひとつに競合の動きがある。
そこで、半導体分野での競合を調べていた。
競合の動きを意識した、セールス計画を立てる事を前提として、競合の特徴を把握する。
情報収集の際には、顧客の視点で、競合が何をどのように提供しているかをヒアリングした。
競合に関して分かった事は。。。
A社:マーケットシェア25%。 長期戦略として大手の顧客には、①戦略的な値引き、②使って貰って買って貰う、③修理代替品の提供、④試作品の貸し出し。 受注の為には不可能な事でも約束をする。その他の顧客には代理店を使用。保障期間以内でも故障の頻度が多すぎる。一般的にセールスツールが豊富。セールスマンのアプリケーション知識と製品知識が低く、校正サービスの質も低い。
B社:マーケットシェア15%。 価格が安い。短い納期。製品性能は並。汎用部品テストに適している。セールスマンは文系が多く技術に弱く、御用聞き程度。 主に代理店を使っている。
C社: マーケットシェア10%。 Strategic ビジネスをする専門部門がいるし、セールスマンは技術的に強い。 セールスツールは競合を意識した作り。彼等の弱みは、個人セールスに頼り、営業範囲が限られている。
差別化
「半導体分野では競合3社で50%のマーケットシェアを持ってるね」
「そうだよ。競合と同じ土俵で戦うと価格競争になり、たとえジャンダルムでも利益確保が難しいんだ」
「じゃあ、競合の弱みを突いた、我々に有利な付加価値の提案を積極的に」
キタハチは半導体分野の競合との差別化戦略とした事は。。。
• ホール・プロダクトの提供。
• 製品の完成度、性能、品質を前面に出す。
• 顧客毎の応用セミナーで、顧客の効率向上に貢献する。
• 何一つ心配や不安が無く満足出来る商品だと強調する。
• 代理店の役目は潜在顧客探し。潜在顧客に丹波のチームが直接セールスをする。
「差別化要因として ホールプロダクト (whole product) と言うコンセプトを起用しよう」
「ホールプロダクトって、イメージが良く掴めないんだが」
「つまり、補助製品や補完サービスなど、ジャンダルムを購入した目的を満たすことができる全ての製品やサービス」
「だったら、幾つかの協力会社とパートナー契約を結んび補助製品のラインアップを揃えなくちゃ」
「ジャンダルムの効率を最大限にする、使い方のトレーニングも含めてね」
「それだけ? 競合も真似しそう」
「それだけではない。顧客にはいろいろな立場の人々がいる。 装置を毎日使うオペレータ、購入手続きをする購買、サポート契約を承諾する課長、他の装置の互換性を重視する部長など違う立場の人達などに貢献する」
「それぞれに、適切な付加価値を届けるんだね」
「そう。 オペレータには使いやすい製品、分かりやすいマニュアル、使い方のトレーニングの提供。 購買には正確で分かりやすい見積もりを直ぐに提供。 課長さんには彼らの遣り方に合ったサポート契約内容の提供。 部長さんには装置の互換性を保った情報の提供」
「さらに、顧客の生産性向上の為にアプリケーションのサポートをも提供するんでしょ」
「そう。 ホールプロダクトの目的は彼ら全員からキタハチとビジネスを望む様にする為なんだ」
アプリケーション知識は往々にして製品使用現場で得ている。
現場で得た知識と情報を、製品に反映しやすいように、マーケティング部から技術部にアプリケーションのチームを移した。これが、使いやすい製品作りに直ぐ反映する事に貢献した。
SWOT 分析
「うちの会社、特にこれって言うブランドのイメージ無いよねぇー」
「今まで商品の種類が豊富で、何でも売れるところに売ってきたからな」
「でも、これからは半導体分野と通信分野に高性能の製品とソリュウションを提供するんでしょ」
「顧客がそう捉えてくれれば良いし、これからの投資に自信も持ちたいよね」
「だったら、今まで得た情報を基にSWOT 分析してみない?」
「SWOT分析って?」
「顧客から見たキタハチの強み・弱み。キタハチにとって、目標達成に影響を与えるのビジネス機会・脅威。それらの情報を整理する事」
「すなわち、戦略策定や経営資源の最適化などをおこなうためのフレームワークだね」
顧客の声、市場動向の情報を基に SWOT をした。
Strength(強み):顧客の視点で競合より勝る要因
Weakness(弱み):顧客の視点で競合より劣る要因
Opportunity(機会):目標達成に大きく貢献しうる外部環境
Threat(脅威):目標達成に妨げとなりうる外部環境
顧客から見たキタハチの強み(Strength)
• 製品性能が良い
• アプリケーション知識が高い
顧客から見たキタハチの弱み(Weakness)
• 対応が遅い
• 担当者に連絡がとれない
• 大型装置の納期が長い
ビジネス環境での機会(Opportunities)
• 通信分野が伸びる傾向
• 性能重視の顧客が増える傾向
ビジネス環境での脅威(Threads)
• 海外の競合が続々参入
• 業界の規格基準が変わる
SWOT 分析で分かったことは、製品の性能とかアプリケーション知識は顧客から高く評価されされている。
通信分野のマーケットが伸びる事も、先に KJ 方で分析した蓼科の予想通りだった。
「今後も、我々の強みを活かし、誇りを持った技術と品質を武器にマーケティングとセールスに励もうね」
[お客さんが我々の製品性能をアプリケーション知識の高さを認めているんだから、宣伝広告で前面に出そうよ]
「その反面、競合が、我々の弱みをお客さんに言って、購入決断を迷わせそうだね」
「そう。だから、弱みを、業界レベル目指して改善しよう」
「機会としては、今迄通りに自信を持って、通信分野向けに性能重視のソリューションを提供する事に変わりはないね」
「そうね。それに、目標を達成する脅威として、海外からの競合との差別化を、今から用意しておきましょう」
SWOT 分析で得た情報を活かして、次は何をすれば良いかのアクションプランが出来上がった。
キタハチの部署が強いところを更に強くして競合との差別化を図ること、弱いところを改善して顧客のニーズに合わせることにも有効だった。
「ところで、顧客の視点で、対応が遅い、担当者に連絡がとれないってどういうこと?」
「うちのセールスは顧客訪問で外出中だし、訪問中は携帯を切っているから。。。」 と丹波が弁解した。
「だったら。社内にいるアシスタントが応答したら」
「でもアシスタントは何でも全部の情報を持っているわけではないし」
「だったら、情報を共有仕組みが必要だなぁー」 と思い、構想を練り始めた。
>>>次のエピソードに続く
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