第7話 光秀、大いにパニクるの巻
本能寺は天を
その男は、明智光秀であった。
光秀は時折、神経質そうな声で部下に命じた。
「信長様の
光秀は絶対君主の信長の前に這いつくばり、ときには遠まわしすぎるオベッカまで言って、破格の出世を遂げてきた。
信長や蘭丸に幾度も殴られ、蹴られ、死ぬ思いをしてきた。その信長を裏切り、ついに殺害したはずなのだが、チョイ自信がない。信長の遺骸を見ぬことには、心配でたまらないのだ。
――もしや、討ち漏らしていたら……。
――もしや、上様が生きていたら……。
光秀は頭の皮をはがれ、信長のガイコツ・コレクションに加わることになるのだ。無論、妻や子おろか、一族郎党皆殺し~になるのは必至であった。
光秀にとっては、信長は悪魔以上の存在であった。秀吉以上にひどい目にあわされていたのだから、光秀の恐怖はハンパではない。毎日、毎日、ビクビクおびえながら信長に仕えていたというのが本当のところであった。
たとえば、である。
その瞬間、信長は頭のテッペンから
「カイとはなんじゃ、甲斐とは。ダジャレか。第一、お前ごときがなにをしたというのか。言うてみよ」
信長の目が血走っている。カンペキ人殺しの目である。
――こっ、殺される。
光秀の顔におびえの色が走った途端、信長が
信長の足が光秀の頭を蹴った。その席に居並ぶ武将のだれもが、強烈キック的中~と思った次の瞬間、信長の足はなぜか宙を走りすべり、その五体はスッテンコロリン、畳の上に仰向けにころがっていたのである。
だれもが光秀の頭を見つめた。毛がない。ケガない。つまり、ツンツルテンにハゲた、キンカ頭であった。キンカとはミカン科の
信長は蘭丸にわめくように命じた。
「くやしいっ~。お蘭、あやつを蹴ってチョー!」
「ハ~イ、お蘭、蹴りまするゥ~」
さすが、蹴りの美学をきわめた蘭丸である。その足は、カメレオンの舌のごとくスルスルッと伸び、光秀の頭ではなく、アゴを蹴りあげていた。しかも、宙に舞いあがった光秀の
直後、光秀のタマキンはみるみる
この光秀タマキン事件があったのが、今年の天正十年三月。つまり、本能寺の変の三カ月前のことであった。
光秀の受難は、これにとどまらない。それから二カ月後の五月半ば、信長は武田攻めでガンバって手柄をたてた
信長は怒った。家康も怒った。食い物のウラミはおとろしい。
「あんな、でらウミャー、味噌おでんをなんで出さんのー。どえりゃー
光秀は信長と家康の二人から、蹴る、殴る、つねられるのゴーモンを受け、ほぼ気絶状態で畳の上に倒れた。
すると、信長は息もたえだえの光秀を蹴りながら命じた。
「オミャーの顔なんか、見るのもイヤじゃ。中国へ出陣せよ。猿と一緒に毛利を攻めよ。アッチへ行ったら、バカ猿の下で働くのじゃ。バカ猿の命令は、わしの命令と心得よ」
仕方なく、光秀は丹波
オバケのような
「愚僧は毛利家の軍師、
義昭公の密書と聞いて、光秀はすぐさま恵瓊に会った。なにしろ、光秀のもともとの主君の使いなのである。いきおい言葉使いも
「恵瓊殿、遠路ご足労、まことに
恵瓊は
「こっ、これは!」
「左様、信長成敗の
「しっ、しかし、安土城をわが手勢一万で攻めても落ちませぬ」
「ご
「とっ、ということは羽柴殿もこの幕府再興計画に一枚、かんでおられる……そういうことでござるか?」
「すべては、この恵瓊の仕組んだこと。わたし、失敗はしないので。ウォッホッホ」
ここまで聞いて、先の先を読む光秀のキンカ頭は、完全にパニくりはじめた。
「チョ、チョ、チョイ待ち。もし、それがしが信長様に
「グフフッ、愚かなことを」
「ハァ……?」
「四万余の軍をひきいた羽柴殿が、中国に布陣中ではござらぬか。これに光秀殿の軍を合わせれば、はて、その兵数はいくらになりますかのう」
「ゴマン、ごまん、五万じゃあ!」
「しかも、そのゴマンの兵に、毛利六万の軍が加われば、鬼に
たしかに、信長嫌いの武将はいっぱいいる。信長さえ討てば、反織田勢力はわれもわれもと光秀の軍に加わり、バカ猿の軍などアテにせずとも、織田軍を
かくして、光秀は本能寺で信長を討った。タマキン事件から三カ月後、味噌おでん事件から、わずか半月後のことである。
――しかし、わしは、あの信長を本当に討ちとったのであろうか。
それが、最大の不安であった。なにしろ信長の遺骸を見ていないのだ。
――まあよい。さしもの信長も、地獄の
恵瓊の
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