第6話 本能寺、♡♡の炎萌え~の巻

 信長は安土城を出馬し、京都の本能寺へと入った。

「毛利攻めは、このバカ猿ではムリ、無理。上様直々に采配をふるってチョー」

 と、秀吉から泣きつかれたからである。

 翌日、近衛前久このえさきひさら公家や坊主四十名と茶会を開いた。自慢の茶器コレクションを見せびらかし、ホレ、どうだ、こうだ、すんばらしいであろう――このとき、信長の鼻はエベレストより高くなっていたであろう。

 信長は興奮さめやらぬまま寝間に入った。しかし、やはり眠れない。三日月の茶壷がどうだ、こうだ。つくも茄子の茶入れがああだ、こうだと、自慢タラタラに、つい熱が入りすぎたのだ。

 眠れぬ夜は♡♡に限る。

 信長はニャンニャン相手の森蘭丸を呼んだ。

「お蘭、お蘭ちゃ~ん。わしゃ、寝られんのよー。添い寝してえ~」

「は~い。蘭丸サンジョー、参上。すぐチューチュー、ベロベロいたしまするゥ~」

「ういやつ~」

 カンペキにバカップルであるが、本人たちは♡萌えなのだから仕方がない。蘭丸はあんなところ、こんなところをベロベロ、ナメナメし、ご奉仕にあいつとめた。

 信長の大砲が天井に向かってそそり立つ。

「ご立派ぁ~」

 蘭丸が信長の目の前にき出しのお尻をフリフリし、迎え入れる態勢万全となった。信長が蘭丸のケツをなめる。

「イヤーン、はやくゥ~」

 そのときであった。

 信長の妻である濃姫のうひめこと帰蝶きちょうの声が、ふすま越しに聞こえた。

「殿、もうおやすみでございましょうか」

「ウッ、ウム」

 蘭丸があわてて小袖をまとい、容儀ようぎを正す。

 帰蝶も心得たもので、襖を無遠慮に開けたりしない。

 再び襖越しに声をかけた。

「忍びの者によれば、一万余の軍勢が老ノ坂おいのさかを越えて、こちらに向かっておるとか」

「フム、おそらく明智光秀の軍であろう」

「と、申されますと?」

「あのバカ猿、もといっ筑前の毛利攻めを手伝えと光秀に命じておる。おそらくその軍勢じゃ。」

「なれど、中国方面へ向かうのなら、老ノ坂を越えて西へ向かうはず。なにゆえ、方角違いのこちらへ?」

「くどいッ!」 

 信長はイラついて、襖をガラリと開けた。すると、すでに帰蝶は、頭に白鉢巻しろはちまき、着物にたすき掛けという戦闘モード姿であった。小脇に長刀なぎなたを抱えている。

 帰蝶は信長と目を合わせて不敵にほほ笑み、言い放った。

「これでも美濃のマムシの娘。万一のことあらば、ブザマな死にざまだけは、天下にさらしたくありませぬ」

 帰蝶は美濃のマムシと称された稀代きだい梟雄きょうゆう、斎藤道三の娘である。それだけに気性は激しく、気に入らぬことがあれば、すぐ癇癪ヒステリーを起こして、長刀をふりまわす。信長ですら、幾度も斬り殺されかけたことがあるのだ。以来、信長は女嫌いとなり、蘭丸とのニャンニャン♡萌えに走っていた。

 信長の横で蘭丸が不安そうな声を出した。

「とりあえず数名の物見ものみを走らせてみまする」

「ウムッ」

 それから一刻後――。

 物見が本能寺に馳せ帰り、息せき切って告げた。

「軍勢の旗印は桔梗紋ききょうもん。すでに桂川かつらがわを越え、鉄砲の火縄がくすぶらせておりまする。いつでも、ぶっ放す感じ~」

 もはや光秀の謀叛は明らかであった。

 帰蝶が下女どもに低い声で命じた。

「寺からすぐ立ち退くのじゃ」

 下女がたずねる。

「帰蝶様はお逃げなさらぬのですか?」

「バカを申せ。マムシの娘が、畳の上で死ねようか。わが長刀の腕をようやくふるえるときが来たのじゃ。刃にたっぷり血を吸わせて、戦うときがついに来たのじゃ。この日を待っておったのじゃ。わらわは、うれしいー!」

 帰蝶のうしろで声がした。

「キチョウサマ、ソレガシモ、タタカイマスル」

 背後を振り向くと、牛のように大きな黒い影が目に入った。信長が宣教師からもらい受けた十人力の黒人坊主、ヤスケである。

「ソレガシ、キチョウサマ、マモル」

 帰蝶がヤスケにニッコリほほ笑んだとき、次の間から敦盛あつもりうたいが聞こえた。十八番おはこ幸若舞こうわかまいである。

人間じんかん、五十年、下天げてんのうちをくらぶれば……」

 それを聞き、帰蝶は「バッカじゃね~。カッコつけちゃって。余裕、かましすぎ~」とつぶやいた。

 外からよろい草摺くさずりの音が聞こえてきた。兵の喊声かんせいが響く。光秀ひきいる大軍が本能寺を取り囲んだのだ。もはやあり一匹、い出るすきまもない。

 鉄砲の一斉射撃の音が朝靄あさもやをついてとどろいた。敵が寺の境内けいだいに、刃をひらめかせてなだれこんだ。

 そのとき、帰蝶は「キャッホー!」と叫んで、群がる敵中に躍りこんだ。その腕には、父の道三から譲りうけた業物わざものの長刀。帰蝶の刃がきらめくたびに、敵の首が飛んだ。腕が飛んだ。血煙ちけむりがあがった。美しい顔に血しぶき降りそそいだ。

 その横で帰蝶を守るように、ヤスケの槍が獅子奮迅ししふんじんの動きを見せる。敵を突く、叩く、ぐ。まさに阿修羅アシュラのごとき戦いぶりであった。

 帰蝶は絶叫した。

「わらわは、信長の妻。道三の娘。われこそはと思わば、かかってくるがよい。容赦はせぬ」

 その顔は自分の生まれながらの闘争本能を解放した喜びに満ちていた。

 信長は――といえば、その頃、ようやく敦盛を舞い終わり、蘭丸をひしと抱きしめていた。

 最期のときを迎え、二人は名残なごり惜しそうに睦言むつごとをニャンニャン交わした。

「お蘭ちゃん、もうこれでおわかれね。今日こそシムー」

「信長様と一緒に死ねるなんてステキー。二人の♡は、フォーエバー!」

 信長が脇差を手にとり、さやを払った。蘭丸も信長から拝領した短刀キラリ~。見つめ合う二人、ニャンニャン。

 信長が蘭丸にささやく。

「愛の刃、受けとめてね~」

「アーイ、お蘭も愛の刃チクリ~」

 その瞬間、二人はブスリと刺し違え、♡♡萌え~の絶命を遂げた。

 一方、境内ではまだ帰蝶とヤスケの二人が、敵の只中ただなか奮戦ふんせんし、死体の山を築いていた。強い、あまりにも強い。地獄の羅刹らせつ顔負けの最強コンビであった。

 すでに二人の着物は、敵の返り血で真紅に染まっている。帰蝶は歓喜の表情で刃をふるいつづけた。ヤスケは黒人というよりも、全身血に染まって、まさに赤鬼となっていた。

 そこへ、一人の甲冑かっちゅう武者が現れた。帰蝶はハッとして、長刀をふるう手を止めた。

 武者がニッコリ笑って、帰蝶に頭を下げる。

「帰蝶様、お久しぶりでござる」

 それは帰蝶より一歳年上の従兄弟いとこ、明智光秀であった。幼い頃、光秀は道三の居城である稲葉山いなばやま城にしょっちゅう遊びにきていた。いつしか二人の幼な心には、心ときめく感情が芽生えていた。帰蝶にとっても、光秀にとっても、初恋というべき初々しい感情であった。

 光秀が血ぬれた長刀を見て、言った。

「あいかわらずお勇ましい。しかしながら、もはや勝敗は決まり申した。命をむだにせず、落ちのびてくだされ」

「イヤじゃ。戦って死ぬことこそ、わらわの本望ほんもうとするところ。光秀殿、刀を抜きなされ。いざ、尋常じんじょうに勝負!」

「帰蝶様をあやめるわけにはいきませぬ。逃げてくだされ、お頼み申す」

 次の瞬間、帰蝶の長刀が刃風じんぷうをうならせた。きらめく刃が、光秀のキンカ頭の上に迫った。反射的に、光秀は腰の太刀を鞘走さやばしらせた。

 帰蝶の整った唇から「ウッ」という短いうめきが漏れ出た。光秀の刃が帰蝶の胸を深々と刺し貫いていたのである。

 光秀は自分のしたことに驚き、胸から血が噴き出す帰蝶を抱きしめた。

「申し訳ございませぬ。帰蝶様」

 帰蝶がとぎれとぎれの声を出す。

「いいのです。これでいいのです」

 光秀の目から涙があふれ出た。

「みどもは、足利義昭公の命により、信長様を襲い申した。足利幕府再興こそ、この光秀の宿年の悲願。それが、このようなことになるとは……」

「本当にいいのです。ほら、青空がきれい。幼い頃、二人して稲葉山城から眺めた景色がまぶたに浮かびます。帰蝶は幸せ者にございまする。光秀殿に抱かれて死ねる。もう思い残すことはありませぬ」

 光秀が号泣ごうきゅうした。

 槍を放り出したヤスケが、地を叩いて慟哭どうこくした。ヤスケも気性の激しい帰蝶のことを姉のように慕っていたのである。

 頭上には、梅雨の季節とは思えぬほど美しい蒼穹あおぞらがひろがっていた。


 

 

 


 


 

 

 




 

 





 

 

 

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