第3話 お歳暮、これでもか作戦の巻

 お歳暮をもらって、だれしも悪い気はしない。それが気のきいた贈答品なら、余計にうれしい。豪華な品が届くと、やったねと思うのが、人間のホンネである。こんなさもしい気持ちは、信長にだってある。くらいの上下を問わず、およその人間こんなものなのだ。

 「信長様、こわーい。蘭丸殿、おとろしや。お歳暮でご機嫌をとって、とりまくるのじゃ。とりあえず合戦なんかどうでもいい」 

 ムラ社会で育った秀吉のチョー内向き発言により、家臣たちは必死にお歳暮にふさわしい物品をウロキョロさがしてまわった。これはと思う贈答品を見つけるたびに、秀吉に見せて、おうかがいを立てる。

「足の速い名馬、はっけ~ん。でも、尻尾が切れておりますわい」

「この際、多少のアラは構わぬ、かまわぬ」

「すんごい豪華な馬のくら、はっけ~ん。でも、漆がちょっとハゲちょる」

「わしのハゲ頭よりマシじゃ。墨でも塗って、ハゲを隠しておけ」

「お市様が泣いて喜びそうな小袖、はっけ~ん。でも、丈がツンツルテン」

「ええいっ、構わぬ。豪華な寝間着くらいには、なるじゃろう」

 というわけで、あちらこちらからき集めたお歳暮用品の数たるや、なんと五千点。秀吉としては、ホントは頑張ってキリのいい一万点ほど揃えたかったが、時間切れであった。その年、天正八年の暮れが迫っていたのである。

「ヒエーッ、なんとか年内に安土へお届けせぬはならぬ。間に合わぬと大変じゃ。わしも、ノロマ猿として、はやし殿や佐久間さくま殿と同じように折檻せっかんされよう」

 この年の夏、信長は林通勝みちかつと佐久間信盛のぶもりの二人を織田家から同時に追放していた。二人とも信長の父信秀のぶひでの代から織田家に仕えてきた宿老しゅくろうである。特に、林通勝は柴田勝家より上位の筆頭家老であったが、そのチンタラした働きが気に食わなかったのか、信長は「この役立たず!」と、冷たくお払い箱にしたのだ。その後、二人は家臣からも見離されて、あわれな末路をたどった。

 「わしも信長様に折檻せっかんされて、追放されたらどうすべえ。おまんまの食いあげじゃあ。ひもじいと悲しいぞー。夜も寝られんぞー。ねねにも逃げられる。わしは食うや食わずの百姓のせがれじゃから、ビンボーのつらさは、どえりゃー知っちょる。おまんまが食えなかった、あの頃の暮らしだけには戻りとうない」

 秀吉は目の前には、「信長様ご機嫌とりお歳暮大作戦」の品々が山と積まれている。その山積された贈答品を見て、秀吉はニンマリとした。これなら信長様もニッコニコであろうと思われた。

 だが、播州竜野ばんしゅうたつの産のがきが入った箱をチラリと見て、秀吉は絶叫した。

「干し柿はいかん、ゼッタイにいかーん!」

 半兵衛が怪訝けげんな声で問う。

「なにゆえに、いかん、いかーんと申されますか」

「干し柿は蘭丸殿が親のカタキのようにきろうておる。この気のきかぬアホ猿め、と蘭丸殿の怒りを買うのは必定ひつじょうよ」

「ほう、そこまで干し柿を嫌う理由を聞きたいものでござる」

「以前、チラッと聞いた話では、幼い頃、タマキンをハチに刺され、アソコが大きな干し柿のようにぷくりとれたとか。それを悪ガキに見つけられ、ヤーイ、干し柿タマキン、干し柿チンチンとわらわれて、イジメられたという。以来、蘭丸殿は干し柿と聞いただけでも荒れ狂う。干し柿はゼッタイ、ダメじゃ。ゼッテエ、ダメである」

「なるほど、ではボツにしましょう」

 そのとき、秀吉がハゲ頭を搔きむしり、またもやキンキン声で叫ぶ。

「なんでそうなるのー。なんで代わりのものをさがしましょう、と言うてくれんの?    蘭丸殿は甘いものが死ぬほど好きなんよー」

「ハア、左様で」

「ハアじゃないでしょ。ハアじゃ。そうだ、安芸あき広島名物、もみじ饅頭まんじゅうはどうじゃろか」

 半兵衛があきれ声を出した。

「もみじ饅頭は、この時代にございませぬ。ないものをどうやって贈答すると言われますか」

「ウッソー。この時代にまだないの? あんなうまいモンがまだないの」

「ございませぬ」

「では、作ればいいじゃないの。ただちに蘭丸殿御用達ごようたしもみじ饅頭を菓子職人に作らせるべし」

 いやはや、もうムチャクチャ。

 ともあれ、てんやわんやの末、秀吉は進物しんもつ荷駄にだをひきいて、安土へと向かった。街道をゆく荷駄の列は、牛のヨダレのように長々とつづいて、沿道の者はポカンと口を開けて、「あれはなんじゃろ」とつぶやいた。

 安土の城下には、信長からさずかった秀吉のやしきがある。天守へとつづく長い石段、つまり大手道の途中にあるのだが、これがかなり広い。なんと一千五百坪もあるのだ。五十坪や百坪のそこらの庶民的な家ではないぞ。完全な大名屋敷である。

 秀吉はこの邸に、おびただしいお歳暮用品を運び入れた。翌朝、一番鶏いちばんどりがコケコッコーと鳴けば、城の門番がねぼけまなこをこすって、一番太鼓を叩き、城門を開ける。それと同時に、家臣総出そうでで進物を城に運びこむ手はずとなっている。準備は万端、仕上げをごろーじろである。

 ――城の大手道を進物の行列がいつ果てるともなくつづけば、信長様は必ずやニッコニコ、猿は猿でも、ヤアヤアそなたこそ日本一とおめいただくであろう、テヘッ」

 秀吉はまんじりともせずに夜を明かした。東の空がうっすら朱鷺色ときいろにかがやいてきた。もうすぐ朝が来るのだ。一番太鼓の音を待って、秀吉の胸はいまか、いまかと高鳴った。ドッキン、ドキンものである。

 が、今日に限ってなかなか鳴らない。さても、面妖めんような……どうしたわけであろう。ジリジリと焦る思いをつのらせた秀吉は、その理由わけをさぐるべく、長い石段をゼエゼエとのどを鳴らしながら駆けのぼり、大手門へとたどりついた。

 すると、なんたることであろう。下半身を丸出しにした二人の若者が、大手門の隅に隠れるようにして、イチャついているのだ。払暁ふつぎょうの薄暗がりとはいえ、なんともはや大胆なことである。

 彼らの姿に目をこらした秀吉は、びっくらこいた。

 ――ムムッ、あれなる美男子は蘭丸殿。もう一人は水もしたたるいい男と、家中のお女中に評判の高い門番ではないか。 

 驚きながらも、急に、秀吉は猿からスケベ心満載のデバ亀に変貌し、そろーり、そろりと抜き足差し足で二人に近づいた。

 秀吉は男女の道には詳しいものの、単なる女好きでソッチ系の趣味はない。男同士、つまり衆道しゅうどう手練手管てれんてくだとはいかなるものなのか、ふとデバ亀したくなったのだ。

 フリチン二人のニャンニャン乳繰り合う睦言むつごとが聞こえてくる。

「お蘭殿、どうじゃ。ほら、ホラ、気持ちいいであろう」

「アッアーン、チョー気持ちいい。このバッカーン」

「ここは、どうじゃ。エヘッ、ぺろぺろ、ムンゴッ、ムンゴ」

 門番が蘭丸の白い臀部でんぶ、すなわちケツをなめ、次に意外と大きい魔羅まらをすっぽり口にくわえた。そして、門番の若者は、蘭丸のよがり顔を目におさめたあと、頃はよしとばかりに、おのれの一物を相手の菊の御紋にそそくさとあてがった。それは天にそそり立った雄々しい大砲であった。

「ズドーン。ラブ、注入~!」

 えっ、ラブってなに? と、がくのない秀吉が思った瞬間、二人は恍惚こうこつの表情を浮かべ、「イク~、イク、イクッ」と異口同音に歓喜の声をあげ、同時に身をふるわせて果てた。

 かくして、秀吉は二人の行為の一部始終をしかと目におさめたものの、これはヤバいことになったという思いが脳裏をかすめた。

 言うまでもなく蘭丸は信長のいちばんのお気に入りである。毎晩、蘭丸は信長へのニャンニャン奉仕につとめ、「ういやつめ」と、かわいがられている。これを信長が知れば、蘭丸の首は即刻、一刀のもとに刎ねられるであろう。

 しかし、蘭丸のいわば不貞行為ふていこういを告げ口した秀吉とて、無事にすむわけがない。信長が蘭丸を斬り殺した憤怒ふんぬの刀を、秀吉に向けてくるのは火を見るより明らかであった。

 ――アーア、らぬものを見てしまったわい。どうしたら、よかんべえ。

 後悔先に立たずである。

「そうだ! なにも見なかったことにして、ここからコッソリ立ちのけばよい。すべてヒミツ、秘密のアッコちゃん……」

 と、秀吉は心の中でぶつくさつぶやきながら、再び抜き足差し足でニャンニャン現場から立ち去ろうとした。デバ亀退散の巻であるが、その途端、秀吉は石ころにけつまずき、ドスンと尻もちをついたのである。

 その瞬間、蘭丸と門番の二人が、ギョギョッと驚きの目を走らせ、秀吉とバッチリ目が合った。かくなれば、もはや仕方がない。秀吉は完全に開き直った。小心者が度胸を決めれば、「矢でも鉄砲でももってこい」になる。

 秀吉はすまし顔で立ちあがり、ちゅうに視線を泳がせながら口笛をふいた。直後、自分自身、思いも寄らぬことを口にしていた。

「フフンッだ。見い~ちゃった。オラ、見い~ちゃった。信長様に言ってやろ」

 完全にやけのやんぱち、どうにでもなれの心境で、あとさきを考えているわけではない。

「この猿めっ、素っ首、刎ねてやる」

 下半身丸出しのまま、蘭丸が脇差をギラリと光らせた。

 秀吉の目におびえの色が5Gファイブ・ジーより速く走った(なんのコッチャ)。

 と、そのときであった。

 二の丸のほうから、信長の甲高かんだかい声が響いたのである。

「お蘭、お蘭はどこじゃ。おめざのチューもなく、どこへ行ったのじゃ」

 ――ゲッ、これはマズい。クソ猿を成敗するどころではない。

 蘭丸はあわててはかまを身につけた。フリチンのままで信長と顔を合わせられるわけがないではないか。

 袴の帯をしめながら、蘭丸が冷ややかな視線でほざく。

「猿、このニャンニャンの件、口外無用こうがいむよう。ベラベラしゃべると、それがし蘭丸は無論のこと、オミャーもどえりゃーことになる。見ざる、言わざる、聞かざるの三猿ですますのじゃ。黙っておれば、それがしとて悪うはせぬ。よいなっ!」

 さすが蘭丸、お互いの立場をよくわかっている。秀吉は蘭丸の前に這いつくばり、泣くような声で申し立てた。

「ヘヘエッー。なーんも言いませぬ。口に固く、固くチャックでございまするゥ~。ご安心めされ」

 それを聞くや否や、蘭丸は踵を返し、甘い声で呼ばわった。

「信長様ァ~。お蘭はここでござまする。いますぐ御前おんまえに参上つかまつり、おめざのチューをご奉仕、ご奉仕」

 門番の若者もあわてて袴をはき、一番太鼓をやけくそぎみに乱打した。ギギィーと音をきしませての開門である。

 秀吉はその場にへたりこんだ。緊張から解き放たれてボーゼン自失じしつ、アホ猿の表情を浮かべて、視線をボンヤリ宙にさまよわせた。

 すると、大手道の石段の下のほうから、女のオロオロ声がした。

「オミャー様、どこにおられますか。一番太鼓が鳴りましたよー。お歳暮大作戦、決行の時刻。オミャー様、オミャーさまァ~!」

 ねねの声である。秀吉はハタとわれに返った。そうだ、こうはしておられぬ。

 秀吉はすぐさま起ちあがり、ねねに大声を返した。

「桃太郎の衣装や、猿の着ぐるみも用意できたかあー!」

「バッチリ、なーんもかもバッチリ。信長様のご機嫌とり大作戦、どえりゃーバッチリでございますゥ~」


 半刻後、秀吉の進物の行列は、完全に大手道を埋めつくした。なにしろ、量がハンパではない。秋にれた播磨や因幡などの新米だけでも、なんと千俵せんびょうを数えた。さらに蘭丸やお市などへの美しい小袖が二百点。明石のたいが二千匹。さらに備前長船びぜんおさふねの名刀はもちろん、蘭丸御用達のもみじ饅頭も忘れちゃいけない。とにかくアホみたいに、いっぱい、いっぱいなのである。

 これを天守閣から眺めた信長は、ギョエーッと絶叫した。進物のあまりの多さに、びっくらこいたのであった。

 その隣で蘭丸が驚いた声を出す。

「信長様、先頭の千成瓢箪せんなりびょうたんを担いだ小男をご覧なされ。あの桃太郎にふんした小男は、もしや猿めではありませぬか」

 次の瞬間、信長が笑いこけながら言う。

「猿じゃ、筑前じゃ。桃太郎に扮して、猿、イヌ、キジを従えておる。しかも、のぼり旗には、これから毛利を鬼退治と大書きしておる。ユカイ、愉快である。キャッハッハハ」

 進物の行列は、着ぐるみ軍団であった。猿とイヌとキジの着ぐるみ軍団が、大量の進物を城内に運びこんでいるのだ。まさに前代未聞ぜんだいみもん、これほどの革新的の技を繰り出せるのは、秀吉以外にない。

 ニッコニコの信長は、桃太郎の秀吉を金ピカ安土城の天守に招き入れた。天守は極楽ごくらくのように絢爛けんらんゴーカで、床には赤漆あかうるしが塗られてピカピカにかがやき、ゴミひとつ落ちていない。

 上段の間から、信長が珍しく上機嫌の声を出す。

「猿、褒めて取らす。オミャーほど気前のいい家臣はおらぬ。明智光秀あけちみつひでは、あいも変わらずケチケチのドケチだし、北陸におる柴田勝家からはふんどしひとつの贈答もない。しかるに、オミャーはエライ、偉い。リッパなること日本一、わしはこんなお歳暮がほしかったのよー」 

 これを聞いて秀吉は「よかったあ!」と絶叫し、刹那せつな、ウェーンと大きな泣き声を立ててむせび泣いた。はじめて、こわーい主君信長に褒められたのだ。ご機嫌とり大作戦、大成功であった。

 むせび泣きながら、秀吉は背後の小六を指差して言った。小六はイヌに扮している。

「この小六と申す下品なイヌが、播磨で絶世の美女を捕え申した。見とうございまするか」

「ウム、見てもよい」

 秀吉が小六に目くばせした。

 すると、縄でうししばられた女が、「イヤーン」とわめきながら、キジに扮した大炊助に引き立てられてきた。

 しかし、恥ずかしげにうつむいているので、よく顔が見えない。肌がスケスケの薄物をまとっている。ちょっとポッチャリぎみの肢体が、なにやらなまめかしくもある。

 女は大炊助に「座れ」と命じられ、秀吉や小六のそばに膝を落とした。

 信長はポッチャリぎみの女にはあまり興味がない。どちらかという少年のようにスラリとした体型の女を好む。

 それでも、猿がせっかく連れてきたのだ。仕方なく信長は女に声をかけた。

「女、どうでもいいが、チョックラおもてをあげてみよ」

 女が顔をあげた。信長がゲッという表情を浮かべた。その女は、秀吉のカカア、ねねであった。

 ねねが腰をくねらせて、ありったけの色っぽい声を出す。

「戦利品となったア・タ・シ。今夜、好きにしていいわよーん」

 たちまち信長がかみなりを落とした。

「ええいっ、下げよ。下げるがよい。この戦利品は要らぬ。猿、オミャーは余計な悪ふざけを仕出かしおって!」

「ヒイーッ、お許しを。悪気あってのことではございませぬ。これも余興のひとつ。笑っていただけるかと思い、ついつい……なれど悪ノリでございましたか」

 信長が「フン」と鼻を鳴らした。

 すかさず蘭丸が信長におうかがいを立てる。

「猿に蹴りを入れましょうか」

 その声にイマイチ元気がない。しかも、いつもなら、信長がフンとでも言おうものなら、反射的に「このクソ猿、ゲス猿」とばかりに、右足で猛烈な蹴りをいれるパターンなのであるが、なぜか、その右足が微動だにしない。

 信長はいぶかしそうに片眉を持ちあげて言った。

「よいわ。今日ばかりは許す」

「あ、あっ、ありがとうございまする」

 して礼を言う秀吉に、信長が気味きみの悪いほどやさしげな声をかけた。

「それより、なにか褒美でもつかわす。オミャー、なにかほしいものはないか。遠慮なく言うてみよ」

「ハハアッ、この猿めは、上様より備中びっちゅう高松城攻めを命じられてございます。まっことありがたいことなれど、あの城はぐるり沼に囲まれ難攻不落。それがしのごとき、グズのノロマ猿では、落とすのに何年かかるか、わかりませぬ」

「フンッ、泣き言を申すか。そんなことより、オミャーはどんな褒美を所望しょもうじゃ。サッサと申せ。わしは忙しい」

「こっ、このグズ猿に、兵を与えてくだされ」

「援軍をと申すか」

「ギョ、御意」

「して、兵数は?」

「おそれながら、四万ほどの兵をあずからせていただければ、と考えておりまするゥ~」

 つと信長が森蘭丸に声をかけた。

「お蘭、オミャーはどう思う。この猿に四万もの大軍をあずけられようか」

「ハッ」

「ハッではない。ハッでは。お蘭にしては、曖昧あいまいな言いよう。さては、もみじ饅頭の鼻薬はなぐすりが少なからずいてるものと見える」

「とっ、とんでもございませぬ」

「なんか様子が変じゃ。気分がすぐれぬのか。それなら帰って休め。それとも、わしと布団へ入ってニャンニャンするか。えっ、どうじゃ。ヘヘッ」

「いえいえ、お気づかいなく。体調は大丈夫にござりまする。つらつら考えまするに、備中高松城なる城は、毛利本拠地たる安芸の玄関口。この城さえ落とせば、毛利はヒビッて、降伏いたしましょう。四万、五万の援軍、よろしいかと存じまする」

「ほんじゃ、そうする。猿、いやさ筑前!」

「ハハアッ」

「とりあえず四万の軍をつけてやる。その代わり、速攻で落とすのじゃ。わしを怒らすでないっ。わかったか」

「ヘヘヘヘヘヘエーーーーッ」

 と、まぁ、こんなふうに秀吉の「信長様ご機嫌とりお歳暮大作戦」は、大成功をおさめた。しかしながら、高松城は大軍で攻めても、信長が言うように速攻では落とせないし、秀吉には落とす自信もない。さて、どうするか。

 備中は安芸に近いだけに、三木城と違って、毛利は本気で挑んでくるであろう。相手が全力でかかってくれば、総軍六万だけに手強てごわいどころか、大敗をきっする場合だってありうる。しかも、相手には安国寺恵瓊あんこくじえけいなる鬼軍師がいると聞く。この恵瓊はツルツル坊主でありながら、経文きょうもんはツルツル・スラスラむし、軍略もキレッキレとか。

 となると、オネエ系の半兵衛やゴーヨク官兵衛では、二人しても太刀打ちできぬやもしれぬ。ヤバい、マズい。どうすべえ。

 急に弱気になった秀吉は、備中出陣をひかえた某夜ぼうや、ねねにひそひそと相談を持ちかけた。

「あのー、明日からはまた毛利遠征じゃ。当面、備中高松城攻めにかかりきりになるが、わしゃ自信ないのよ。まったくないのよ。しくじれば、譜代ふだい家老の林殿、佐久間殿と同様に、無能猿として織田家からほうりだされるであろう」

「フーン、それは大変ねえ。でも、知らないっ」

 ねねは、秀吉に向かってアカンベーをした。安土城で信長に邪慳じゃけんにされて以来、ご機嫌ナナメである。せめて、一夜なりとも信長様に抱かれたいという野望と性欲を秘めていたのに、である。

 アタシはこんなにポッチャリ・フェロモンむんむんだのに、あの衆道ボケの信長は、なんたることか。アタシの魅力に気づかない。「なんでやねん」と、大阪弁でツッコミを入れる程度では済まない。気分ムカムカ、おかんむりなのであった。

 それでも、秀吉はねねの機嫌をとりながら、泣きつくように食いさがった。

「そんなこと言わんといてくれいっ。わしゃ途方に暮れておる。ホント、沼にはまって、どうにも身動きできぬ思いをしておるんよー。トホホ」

「フフンだ。いい気味。お池にはまって、さあ、大変」

 ここで、秀吉のハゲ頭になにかがひらめいたらしく、どんぐりのように双眼をみひらいた。

 秀吉が鼻歌をひとくさり。

「どんぐりころころ、どんぶりこ。お池にはまって、さあ、大変~♪」

 ねねが「バッカじゃないの」と呆れ顔を見せた。と同時に、そろそろ猿亭主から、もっとイケてる男に乗り換えるとき?なんて気がするのであった。


 







 


 

 




 



 


 




 


 

 

 


 




 




いましもハナタレとしたとき、

 



 

 

 

 


 




 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る