第3話 お歳暮、これでもか作戦の巻
お歳暮をもらって、だれしも悪い気はしない。それが気のきいた贈答品なら、余計にうれしい。豪華な品が届くと、やったねと思うのが、人間のホンネである。こんなさもしい気持ちは、信長にだってある。
「信長様、こわーい。蘭丸殿、おとろしや。お歳暮でご機嫌をとって、とりまくるのじゃ。とりあえず合戦なんかどうでもいい」
ムラ社会で育った秀吉のチョー内向き発言により、家臣たちは必死にお歳暮にふさわしい物品をウロキョロさがしてまわった。これはと思う贈答品を見つけるたびに、秀吉に見せて、おうかがいを立てる。
「足の速い名馬、はっけ~ん。でも、尻尾が切れておりますわい」
「この際、多少のアラは構わぬ、かまわぬ」
「すんごい豪華な馬の
「わしのハゲ頭よりマシじゃ。墨でも塗って、ハゲを隠しておけ」
「お市様が泣いて喜びそうな小袖、はっけ~ん。でも、丈がツンツルテン」
「ええいっ、構わぬ。豪華な寝間着くらいには、なるじゃろう」
というわけで、あちらこちらから
「ヒエーッ、なんとか年内に安土へお届けせぬはならぬ。間に合わぬと大変じゃ。わしも、ノロマ猿として、
この年の夏、信長は林
「わしも信長様に
秀吉は目の前には、「信長様ご機嫌とりお歳暮大作戦」の品々が山と積まれている。その山積された贈答品を見て、秀吉はニンマリとした。これなら信長様もニッコニコであろうと思われた。
だが、
「干し柿はいかん、ゼッタイにいかーん!」
半兵衛が
「なにゆえに、いかん、いかーんと申されますか」
「干し柿は蘭丸殿が親のカタキのように
「ほう、そこまで干し柿を嫌う理由を聞きたいものでござる」
「以前、チラッと聞いた話では、幼い頃、タマキンをハチに刺され、アソコが大きな干し柿のようにぷくりと
「なるほど、ではボツにしましょう」
そのとき、秀吉がハゲ頭を搔きむしり、またもやキンキン声で叫ぶ。
「なんでそうなるのー。なんで代わりのものをさがしましょう、と言うてくれんの? 蘭丸殿は甘いものが死ぬほど好きなんよー」
「ハア、左様で」
「ハアじゃないでしょ。ハアじゃ。そうだ、
半兵衛が
「もみじ饅頭は、この時代にございませぬ。ないものをどうやって贈答すると言われますか」
「ウッソー。この時代にまだないの? あんな
「ございませぬ」
「では、作ればいいじゃないの。ただちに蘭丸殿
いやはや、もうムチャクチャ。
ともあれ、てんやわんやの末、秀吉は
安土の城下には、信長からさずかった秀吉の
秀吉はこの邸に、おびただしいお歳暮用品を運び入れた。翌朝、
――城の大手道を進物の行列がいつ果てるともなくつづけば、信長様は必ずやニッコニコ、猿は猿でも、ヤアヤアそなたこそ日本一とお
秀吉はまんじりともせずに夜を明かした。東の空がうっすら
が、今日に限ってなかなか鳴らない。さても、
すると、なんたることであろう。下半身を丸出しにした二人の若者が、大手門の隅に隠れるようにして、イチャついているのだ。
彼らの姿に目をこらした秀吉は、びっくらこいた。
――ムムッ、あれなる美男子は蘭丸殿。もう一人は水もしたたるいい男と、家中のお女中に評判の高い門番ではないか。
驚きながらも、急に、秀吉は猿からスケベ心満載のデバ亀に変貌し、そろーり、そろりと抜き足差し足で二人に近づいた。
秀吉は男女の道には詳しいものの、単なる女好きでソッチ系の趣味はない。男同士、つまり
フリチン二人のニャンニャン乳繰り合う
「お蘭殿、どうじゃ。ほら、ホラ、気持ちいいであろう」
「アッアーン、チョー気持ちいい。このバッカーン」
「ここは、どうじゃ。エヘッ、ぺろぺろ、ムンゴッ、ムンゴ」
門番が蘭丸の白い
「ズドーン。
えっ、ラブってなに? と、
かくして、秀吉は二人の行為の一部始終をしかと目におさめたものの、これはヤバいことになったという思いが脳裏をかすめた。
言うまでもなく蘭丸は信長のいちばんのお気に入りである。毎晩、蘭丸は信長へのニャンニャン奉仕につとめ、「ういやつめ」と、かわいがられている。これを信長が知れば、蘭丸の首は即刻、一刀のもとに刎ねられるであろう。
しかし、蘭丸のいわば
――アーア、
後悔先に立たずである。
「そうだ! なにも見なかったことにして、ここからコッソリ立ちのけばよい。すべてヒミツ、秘密のアッコちゃん……」
と、秀吉は心の中でぶつくさつぶやきながら、再び抜き足差し足でニャンニャン現場から立ち去ろうとした。デバ亀退散の巻であるが、その途端、秀吉は石ころにけつまずき、ドスンと尻もちをついたのである。
その瞬間、蘭丸と門番の二人が、ギョギョッと驚きの目を走らせ、秀吉とバッチリ目が合った。かくなれば、もはや仕方がない。秀吉は完全に開き直った。小心者が度胸を決めれば、「矢でも鉄砲でももってこい」になる。
秀吉はすまし顔で立ちあがり、
「フフンッだ。見い~ちゃった。オラ、見い~ちゃった。信長様に言ってやろ」
完全にやけのやんぱち、どうにでもなれの心境で、あとさきを考えているわけではない。
「この猿めっ、素っ首、刎ねてやる」
下半身丸出しのまま、蘭丸が脇差をギラリと光らせた。
秀吉の目におびえの色が
と、そのときであった。
二の丸のほうから、信長の
「お蘭、お蘭はどこじゃ。おめざのチューもなく、どこへ行ったのじゃ」
――ゲッ、これはマズい。クソ猿を成敗するどころではない。
蘭丸はあわてて
袴の帯をしめながら、蘭丸が冷ややかな視線でほざく。
「猿、このニャンニャンの件、
さすが蘭丸、お互いの立場をよくわかっている。秀吉は蘭丸の前に這いつくばり、泣くような声で申し立てた。
「ヘヘエッー。なーんも言いませぬ。口に固く、固くチャックでございまするゥ~。ご安心めされ」
それを聞くや否や、蘭丸は踵を返し、甘い声で呼ばわった。
「信長様ァ~。お蘭はここでござまする。いますぐ
門番の若者もあわてて袴をはき、一番太鼓をやけくそぎみに乱打した。ギギィーと音をきしませての開門である。
秀吉はその場にへたりこんだ。緊張から解き放たれてボーゼン
すると、大手道の石段の下のほうから、女のオロオロ声がした。
「オミャー様、どこにおられますか。一番太鼓が鳴りましたよー。お歳暮大作戦、決行の時刻。オミャー様、オミャーさまァ~!」
ねねの声である。秀吉はハタとわれに返った。そうだ、こうはしておられぬ。
秀吉はすぐさま起ちあがり、ねねに大声を返した。
「桃太郎の衣装や、猿の着ぐるみも用意できたかあー!」
「バッチリ、なーんもかもバッチリ。信長様のご機嫌とり大作戦、どえりゃーバッチリでございますゥ~」
半刻後、秀吉の進物の行列は、完全に大手道を埋めつくした。なにしろ、量がハンパではない。秋に
これを天守閣から眺めた信長は、ギョエーッと絶叫した。進物のあまりの多さに、びっくらこいたのであった。
その隣で蘭丸が驚いた声を出す。
「信長様、先頭の
次の瞬間、信長が笑いこけながら言う。
「猿じゃ、筑前じゃ。桃太郎に扮して、猿、イヌ、キジを従えておる。しかも、のぼり旗には、これから毛利を鬼退治と大書きしておる。ユカイ、愉快である。キャッハッハハ」
進物の行列は、着ぐるみ軍団であった。猿とイヌとキジの着ぐるみ軍団が、大量の進物を城内に運びこんでいるのだ。まさに
ニッコニコの信長は、桃太郎の秀吉を金ピカ安土城の天守に招き入れた。天守は
上段の間から、信長が珍しく上機嫌の声を出す。
「猿、褒めて取らす。オミャーほど気前のいい家臣はおらぬ。
これを聞いて秀吉は「よかったあ!」と絶叫し、
むせび泣きながら、秀吉は背後の小六を指差して言った。小六はイヌに扮している。
「この小六と申す下品なイヌが、播磨で絶世の美女を捕え申した。見とうございまするか」
「ウム、見てもよい」
秀吉が小六に目くばせした。
すると、縄で
しかし、恥ずかしげにうつむいているので、よく顔が見えない。肌がスケスケの薄物をまとっている。ちょっとポッチャリぎみの肢体が、なにやらなまめかしくもある。
女は大炊助に「座れ」と命じられ、秀吉や小六のそばに膝を落とした。
信長はポッチャリぎみの女にはあまり興味がない。どちらかという少年のようにスラリとした体型の女を好む。
それでも、猿がせっかく連れてきたのだ。仕方なく信長は女に声をかけた。
「女、どうでもいいが、チョックラ
女が顔をあげた。信長がゲッという表情を浮かべた。その女は、秀吉のカカア、ねねであった。
ねねが腰をくねらせて、ありったけの色っぽい声を出す。
「戦利品となったア・タ・シ。今夜、好きにしていいわよーん」
たちまち信長が
「ええいっ、下げよ。下げるがよい。この戦利品は要らぬ。猿、オミャーは余計な悪ふざけを仕出かしおって!」
「ヒイーッ、お許しを。悪気あってのことではございませぬ。これも余興のひとつ。笑っていただけるかと思い、ついつい……なれど悪ノリでございましたか」
信長が「フン」と鼻を鳴らした。
すかさず蘭丸が信長におうかがいを立てる。
「猿に蹴りを入れましょうか」
その声にイマイチ元気がない。しかも、いつもなら、信長がフンとでも言おうものなら、反射的に「このクソ猿、ゲス猿」とばかりに、右足で猛烈な蹴りをいれるパターンなのであるが、なぜか、その右足が微動だにしない。
信長はいぶかしそうに片眉を持ちあげて言った。
「よいわ。今日ばかりは許す」
「あ、あっ、ありがとうございまする」
「それより、なにか褒美でもつかわす。オミャー、なにかほしいものはないか。遠慮なく言うてみよ」
「ハハアッ、この猿めは、上様より
「フンッ、泣き言を申すか。そんなことより、オミャーはどんな褒美を
「こっ、このグズ猿に、兵を与えてくだされ」
「援軍をと申すか」
「ギョ、御意」
「して、兵数は?」
「おそれながら、四万ほどの兵をあずからせていただければ、と考えておりまするゥ~」
つと信長が森蘭丸に声をかけた。
「お蘭、オミャーはどう思う。この猿に四万もの大軍をあずけられようか」
「ハッ」
「ハッではない。ハッでは。お蘭にしては、
「とっ、とんでもございませぬ」
「なんか様子が変じゃ。気分がすぐれぬのか。それなら帰って休め。それとも、わしと布団へ入ってニャンニャンするか。えっ、どうじゃ。ヘヘッ」
「いえいえ、お気づかいなく。体調は大丈夫にござりまする。つらつら考えまするに、備中高松城なる城は、毛利本拠地たる安芸の玄関口。この城さえ落とせば、毛利はヒビッて、降伏いたしましょう。四万、五万の援軍、よろしいかと存じまする」
「ほんじゃ、そうする。猿、いやさ筑前!」
「ハハアッ」
「とりあえず四万の軍をつけてやる。その代わり、速攻で落とすのじゃ。わしを怒らすでないっ。わかったか」
「ヘヘヘヘヘヘエーーーーッ」
と、まぁ、こんなふうに秀吉の「信長様ご機嫌とりお歳暮大作戦」は、大成功をおさめた。しかしながら、高松城は大軍で攻めても、信長が言うように速攻では落とせないし、秀吉には落とす自信もない。さて、どうするか。
備中は安芸に近いだけに、三木城と違って、毛利は本気で挑んでくるであろう。相手が全力でかかってくれば、総軍六万だけに
となると、オネエ系の半兵衛やゴーヨク官兵衛では、二人しても太刀打ちできぬやもしれぬ。ヤバい、マズい。どうすべえ。
急に弱気になった秀吉は、備中出陣をひかえた
「あのー、明日からはまた毛利遠征じゃ。当面、備中高松城攻めにかかりきりになるが、わしゃ自信ないのよ。まったくないのよ。しくじれば、
「フーン、それは大変ねえ。でも、知らないっ」
ねねは、秀吉に向かってアカンベーをした。安土城で信長に
アタシはこんなにポッチャリ・フェロモンむんむんだのに、あの衆道ボケの信長は、なんたることか。アタシの魅力にてんで気づかない。「なんでやねん」と、大阪弁でツッコミを入れる程度では済まない。気分ムカムカ、おかんむりなのであった。
それでも、秀吉はねねの機嫌をとりながら、泣きつくように食いさがった。
「そんなこと言わんといてくれいっ。わしゃ途方に暮れておる。ホント、沼にはまって、どうにも身動きできぬ思いをしておるんよー。トホホ」
「フフンだ。いい気味。お池にはまって、さあ、大変」
ここで、秀吉のハゲ頭になにかがひらめいたらしく、どんぐりのように双眼をみひらいた。
秀吉が鼻歌をひとくさり。
「どんぐりころころ、どんぶりこ。お池にはまって、さあ、大変~♪」
ねねが「バッカじゃないの」と呆れ顔を見せた。と同時に、そろそろ猿亭主から、もっとイケてる男に乗り換えるとき?なんて気がするのであった。
いましもハナタレとしたとき、
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