第7話 それから

 月日は流れ、モフェアリーのしっぽの刈り取りやペット化にまつわるビジネスは、ブームが過ぎたあとも定着したようだ。

 コロピィたちがしばらく暮らした鷲の旦那様の生家には、モフェアリー飼育の先駆けとしての功績を称える銅像が庭に立てられた。


 ジョーンは飼い主の鳶くんの背中に掴まって空の散歩をするのが好きだ。

 景色を見ることが出来なくとも、心地良い風を感じる。飼い主は飛びながら、そこから見えるものの話をする。その声を聞くのもジョーンの楽しみだ。

「あれ、鷲くん家の召使いだったトカゲさんだ。ジョーン、懐かしいかい?」

 ジョーンは背中の羽毛を二度引っ張った。地上に降りてほしい時の合図だ。


 そこはトカゲ魔術師の工房。助手トカゲが市場で果物とキノコを買って帰ってきたところだ。

「お久しぶりですね。鳶さん、ジョーン。お元気そうで何よりです」

 案の定、ジャックとジルもいる。ジョーンと嬉しそうに匂いを嗅ぎあった。

 助手トカゲは思いがけない朗報をもたらした。

「私も少し魔法を使えるようになりました。先生と力を合わせれば、ジョーンの目を治せます」

「……ぴい……!」

 

 鳶くんは改めてお礼をすることを約束した。ジョーンのために魔法を使ってもらうことになった。

 トカゲ魔法の師匠と弟子が二匹がかりで、陣を描いてジョーンを寝かせ、長い呪文を唱えると、ジョーンは光につつまれた。

 鳶くんは希望と不安をこめて見守っている。

 やがて光が収まった。

 ジョーンは、元通りの長さになった触覚の先端にある宝石のような両目をパッチリ覚ますと、真っ先に鳶くんに駆け寄ってきた。青く澄んだ水分排出器官から嬉し涙をポロポロあふれさせながら。

「ぴ〜い!」

 鳶くんはジョーンを優しく包み込んだ。

 ジャックとジルも祝うように周りを跳ね回る。


 魔法道具を片付けると、おやつの時間。

 鳶くんとジョーンもお供する。

 たくさんの果物のタルトと、小さく刻んだキノコのパイ。 

 そこにちょうど、鷲の老夫婦がコロピーニを連れてきた。キノコをつい食べ過ぎてしまうペットのために、肥満を防ぐ薬を買いに来たのだ。助手はキノコのパイを戸棚からもう一つ取り出した。賑やかなお茶会となった。

 

 コロピーニはもちろん、このごろはジャックとジルも少しキノコを食べるようになった。鎮痛キノコではなく普通のおいしいキノコだ。

 ジョーンは仲間たちを不思議そうにじっと見ている。

「たまにはキノコも食べてみる?」

 鳶くんは自分のキノコのパイを小さく切って差し出す。

 トカゲたちは、屋敷での辛い出来事を思い出さなければいいがと案じたが、ジョーンは喜んでどんどん食べる。

 飼い主たちは世間話に花を咲かせた。鷲の老夫婦は、コロピィの今の飼い主と知り合いだった。

 その話によると、コロピィはトイレ食事ブラッシング以外は寝てばかりだとか。しっぽビジネスの端緒となったモフェアリーで、お年を召したのだから仕方ない。


 やがてお茶会がお開きになると、この家の住民をべつとして、モフェアリーの飼い主たちはそれぞれペットを背中や籠に乗せて飛び立った。

 鳶くんはジョーンを乗せて、鷲くんの生まれた屋敷の上空にやってきた。思い出ある庭の景色に誘われたのだ。鷲くんはとうに巣立ち、その両親もビジネスがより大規模になると都会へ引っ越した。

 ジョーンはこのあたりを飛ぶのを怖がらず、また鳶くんの羽毛を二度引っ張った。

 地上に降りると元気に庭の奥へ駆けてゆく。鳶くんは目を細めて眺めている。

「考えてみれば、この子は庭をじっくり探検する機会がなかったんだろうな……」


 ジョーンはなかなか戻ってこない。迷ったのか? 危険なところに入り込んでしまったのか? まさか鷲の旦那さんの銅像のほうには行かないだろうし……。

「ジョーン、どこ? 返事をしておくれ」

 そう言ってから、まさか鴉や猛獣に狙われて隠れているのではと余計不安になったが、

「ぴい!」

可愛い子は楽しそうに駆けてきた。

「お帰り。ホッとしたよ」


 実を言うとジョーンは、慣れないキノコを食べてお腹が緩くなっていた。

 久々に視力を取り戻したところに素敵な景色に夢中になり、その事を自分でもすっかり忘れていた。

 そして偶然にも鷲の旦那様の銅像に登って遊んだ。頂上にたどり着くころとうとうお腹が窮状に陥った。

 しかし運のついていることに、ちょうどよく銅像の首筋あたりにまたがって、スッキリとピンチを脱したのだった。

 賢いジョーンが粗相をしたのは、長い生涯でこの時が二度目にして最後である。


 よく晴れて風もない穏やかな日だった。

「いい季節になったなぁ。こんな天気がもうしばらく続くんだよ」

 鳶くんはかわいい相棒を背に、悠々と旅を続ける。


  *  *  *


 森の奥、泥にまみれた綿のかたまりようなものが転がっている。もはや形も分からないが、かつては純白だった。内部のものを雨風や天敵から守るうちに泥にまみれてしまったらしい。

 それは内から裂けはじめた。

 裂け目から数匹の小さい生き物が這い出てくる。三匹、四匹……いや五匹か。

 

 哺乳類の仔を思わせるいたいけな姿。

 まっしろなしっぽは、まあるく絞り出したホイップクリームのかたまりのよう。

 頭にはウサギ類の耳のような形の触覚と、その先端にあるつぶらな目。みずみずしい水分排出器官とかわいらしい鼻と口が、いま初めて外気にふれた。

 ぷにぷにとやわらかい体で動くにつれて、白くてまるいしっぽはぽよぽよゆれる。

 

 モフェアリーの卵から出てきた幼生である。

 幼生たちが出てくるまでに必要な栄養素は、すべて卵の中にある……いや、それは正確ではない。

 卵の中にあるもの全てを自らの栄養物として充分に摂取した、ごく一部の個体だけが生きて出てくることができるのだ。

 幼生たちは、世界という巨大な脅威の前に、ついさっきまで競争していたことも忘れて寄り添った。

 風にのって、鳥や獣たちの鳴き声、羽音、果物やキノコの匂いも漂ってくる。それは仲間のぬくもりにまさるとも劣らないほど魅力的に感じられた。


 誘われるまま幼生たちはトコトコ歩き出した。

 ふわふわ、トコトコ、ぽよぽよと。

 モフェアリーは今日もゆく。





 (おしまい)

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ふわモフしっぽの妖精コロピィ! 蘭野 裕 @yuu_caprice

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