第6話 ジャックとジルの話 2

 使用人室のモフェアリーにジョーンが加わってしばらくした頃のこと。


 そのとき、使用人室で飼育しているモフェアリーたちの様子を見ていたのは、若いトカゲ召使い一人だった。

 ジャックは朝から脱走してしまい、ベテラン召使いが探しているところだった。

 残る二匹、ジルとジョーンは愛らしく仲良く過ごしていた。

 三匹とも、しっぽが美しい成熟期を迎えていた。


 ふいに、

「ぴぃ……」

とジルが甘えた声で、クリーム色の頭部をジョーンにすり寄せた。ジョーンは鼻をちょんとくっつけてジルに応えた。

 引っ込み思案だったジルが積極的に仲間に近づいた。ジョーンは先住ペットに受け入れられている。

 微笑ましく眺めていた。


 2匹はお互いに匂いを嗅ぎあったり舐めあったりし始めた。

 綿菓子にラメをまぶしたような、ふっくらと大きく柔らかなしっぽで互いの身体を愛撫しているようにも見えた。

「……ぴ♡」

 しなやかな2匹の体が絡み合い、甘い声がもれ聞こえた。スミレ色のジョーンの頭部とクリーム色のジルの頭部をべつにすると、白いかたまりのどの部分がどちらの身体なのか分からないような有様だった。

「ぴぃ♡」

 見てはいけないものを見ている気分になる。しかし目を離せない。


 やがて二匹は背中合わせになり、互いのしっぽをくっつけ合っていた。

「ジルとジョーンのしっぽの境目がどこだか分からないな」

 と思っていたら、驚くことが起こった。

 二匹は背中合わせのまま小刻みに全身を震わせ始めた。二匹のしっぽはくっついたまま、いっそうきらめきを増して少しずつ収縮してゆく。

「「ぴぃ〜〜〜ぃ♡♡」」

 ついにしっぽは一つのキラキラのハート形になった。神秘的なまでにまばゆい。これがモフェアリーの卵なのか!!


 それは二匹が脱力すると、きらめきを失った。そして二匹の背中の間からポロリところげ落ち、クッションのようにかるく弾んで止まった。二つのしっぽだったものは完全に一体化していた。

 柔らかな白い被毛に覆われたこの質感は確かに、あのとき残骸を見つけた物体のもとの形にちがいない。若い召使いはそれを拾って魔術師に届けることにした。

 ジルとジョーンはくっついておねむになった。お尻には新しいしっぽの微かな萌芽がみられる。

 その日の夕方に帰ってきたジャックもどこかにしっぽを卵として置いてきたようだ。


 トカゲ召使いたちがのちに「しっぽ合わせ」と呼ぶモフェアリーの繁殖行動を目にした機会は、ほかにもあった。

 大掃除で窓や扉を開け放すため、モフェアリーたちをケージにいれたときだ。

 二つのケージに2匹と1匹に分けようとして、ベテラン召使いはジャックとジョーンを同じケージにした。するとジャックはジョーンにのしかかってしまった。

 咎めてももう遅い。しっぽの一体化が始まっている。

 若い召使いは「しっぽ合わせ」のことをいままで先輩に言いそびれていたことを後悔した。ベテラン召使いはそれを初めて目にして驚いている。

 ジョーンは満更でもなさそうだった。事が済むと白いクッション状のものを尻目に、ジャックと互いに毛づくろいをしあっていた。


 成熟期の美しいしっぽをそのまま保つには他のモフェアリーと一緒に居させてはならない、とはこのころに得られた教訓だ。


 もっと後にジョーンが別の部屋で数を数える訓練をしていたときも、ジャックとジルは再び同じ組み合わせで「しっぽ合わせ」をして卵を残した。

 モフェアリーは雌雄同体かつ他の個体との交配によって子孫を残すと考えられる。


  *  *  *


 二匹の仲間の支えもあって、ジョーンは失明してもなお愛らしくお行儀のよいモフェアリーであり続けた。

 そのジョーンが引き取られた後も、以前より穏やかになったジャックと少し活発になったジルは仲睦まじく暮らしていた。

 鷲の旦那様はジョーンの一件を反省しているが、自分のような者がペットを飼うべきではないと考えるようになり、モフェアリーの様子を見に来なくなってしまった。


 そんなある日、トカゲ魔術師はトカゲ召使いたちにこんな話を切り出した。

「鷲の旦那様が屋敷でモフェアリーを飼育することを辞めようとなさっているのは貴方がたも知っているね。

 旦那様はいまのところ私たちに、使用人室で飼うなとまで仰らない。だが私は、モフェアリーの研究を続けるためには、この屋敷を出て自由になるほうが良いと考えている。

 貴方がたも一緒に来てくれると有難い。

 また、勝手な願いと思われるだろうが……ジャックとジルの少なくとも片方……いや、出来ることなら二匹とも、私がペットとして連れて行きたい。

 だがお前たちもあの可愛い連中と離れがたいだろう……。許してくれるだろうか?」


 ベテラン召使いの心は決まっていた。鷲の夫婦は身分を超えた幼馴染でもある。屋敷に残り、生涯をともにする覚悟は揺るがない。

 ただ、自分にいちばん懐いていた、はちみつ色のジャックのことは……その妹分のジルともども、虹の橋を渡るときまで世話するものと思っていただけに、迷いは尽きなかった。


 若い召使いからは、こう打ち明けられた。

「私は屋敷を出ます。魔術師の先生の助手として働きたい。モフェアリーの研究に関わりたいのです。ジルは私が一生面倒を見ます」

 名前を呼ばれたと思ったのか、ちょうどその足元にジルが寄ってきたので若い召使いはなめらかな手で撫でてやった。しばらくするとジルはジャックのほうへ駆けてゆき、一緒に遊び始めた。

 若い召使いは、先輩がジャックを引き取りたいという願いを貫くべきかどうか、迷っていることも理解していた。


 その願いに今は誰も明確に反対しない。しかしこの先、ジャックと飼い主に対して屋敷の人々の風当たりが強くならないとも限らない。

 何より、それではジルとジャックは一緒に暮らせない……。

 トカゲ魔術師と若い召使いとジルが屋敷を発つ日が迫ってくる。


 屋敷に、ベテラン召使い宛に手紙が届いた。使用人室で手紙を読み終え、深呼吸すると、膝の上のジャックに話しかけた。

「もうすぐお前は新しいお家へ行くんだよ。ジルと仲良くね」

「ぴい……」

「魔術師の先生と助手さんの言うことを聞いて良い子にするんだよ。けど、なんと言ってもお前には、ジルがいちばん大事だよ」

 ジャックは触覚の先端のつぶらな両目で、じっと見つめて聞いている。

「私のことは心配いらないよ。忘れたっていいさ。お前が元気でいてくれるならね。

 もう少しだけ、こうしていておくれ……」

 ジャックの毛皮にしずくがおちた。


 

 トカゲ魔術師と若い召使いはジャックとジルを連れて引越していった。

 ベテラン召使いに後悔はない。 

 遠方で暮らす息子から久々に届いた手紙を読んだとき、ジャックには仲間と生活するのが最良だろうと決心がついたのだ。 

 けれど、仕事に疲れたときなどは白い被毛につぶらな瞳が……頭の上の本物も、鼻の両脇の偽物も……たまらなく懐かしくなるのだった。

 



(第6話 ジャックとジルの話 おしまい)

(第7話 最終回へ続く)

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