夜更けの郵便屋さん

鈴ノ木 鈴ノ子

よふけのゆうびんやさん

「おや、こんばんは。こんな夜更けに何をしてるんです?」


公園のベンチに座ってスマホを見ていた私は顔を上げた。


「ああ、顔がお赤い、お酒に酔われているのですね。酔い覚ましですか?」


先ほどまで行きつけの居酒屋で、同僚達と久しぶりの酒盛りを楽しんでいたところであった私は、頷きながら彼を見た。

郵便帽子にいつものネクタイとシャツにスラックス、どこにでもいる郵便屋さんが、こんな夜更けだというのに、柔かな笑みを浮かべている。


「ああ、私ですか、深夜の回収ですよ。ほら、この通り」


彼は跨ったままの自転車の前かごを指さした。黒い鞄にはたくさん葉書が入っており、荷台のカゴにもネットをかけられて山盛りとなった葉書が詰め込まれていた。


「すごいでしょう、今日1日、この地区だけでこんなにですよ」


ある程度の都市ではあるが、閑静な住宅街のこの地区だけでこんなにも郵便物があるのだろうか、と不思議に思うほどの量だった。


「いやぁ、みなさん真面目だから、たくさん、たくさん、お書きになりますねぇ」


そう言って彼は私のスマホをじっと見た。


「どうです?書いてます?」


書いているとはどう言うことかと郵便屋さんに尋ねてみる。


「ああ、これは失礼、気にしないで結構ですよ。夜風に当たるのも良いですが、お早めに帰りなさい。風邪をひいてもつまらないですからね」


そう言って、郵便屋さんは軽く会釈すると、昔ながらの自転車ライトを回す音を立てながら、私の場を離れてゆく。

不思議な郵便屋だなぁと思いながら、同僚から送られてきたメッセンジャーアプリの内容に同じような返事を返した。


「あれあれ、一枚増えましたね」


郵便屋さんが大声でそう言うと、自転車を止めた彼が、片手に一枚の葉書を持っていた。


「これも届けておきますね」


まるで私が出したかのように会釈をするので、大声で出してないと怒鳴った。


「いやいや、怒鳴るのは良くない。いま、貴方が出したんじゃありませんか」


出したと言われて思わずスマホを見る。メッセンジャーアプリが表示されているだけだった。何を言ってると私はさらに怒鳴ると、郵便屋さんは帽子をまぶかにかぶってニヤリと笑った。


「怒鳴らない、怒鳴らない、今送ったじゃないですか」


そう言って郵便屋さんは葉書を後ろかごへと入れ込むと、その笑いのままでこう言った。


「昔は黒い葉書ってのが流行りましてね。そん時は数も少なくて、私も配達は楽をさせてもらってたんですよ。差出人もわからない葉書だから 意思不明 で返ってきたもんです。でも、今は便利ですねぇ、その手紙、差出人がわかるんですよ。だから、しっかりと思いを届けることができるんです」


何を言っているだ、もしかして頭のおかしいやつに出会ってしまったのだろうか。


「思いがある葉書を配達できるのは冥利につきますよ。相手先のポストがね、葉書の重さに耐えきれなくなったり、入りきらなくなる頃に、この葉書のようなことが起こるんでさ」


そう言った彼は、再び自転車を漕ぎ始めてその場を去っていった。







翌日、上司は冷たくなっていたそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜更けの郵便屋さん 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ