二日目 潮の香りと木曜日(5)

 母親の声がした居間へ走って向かうと、母親がテレビの映像に乱心していた。


 姉さんが死んでから、たまにある。


 ひどいときは包丁を振り回すから、きょうは落ちついた方だ。


「かあさん! どうしたの、かあさん!」

「一夏が帰ってこないんだよぉ……」


 母親はテーブルに突っ伏して泣いている。


 俺は母親の背中をさすりながら、テレビを消そうとリモコンを手にした。


 テレビにはある高校の映像が流れていた。


 アナウンサーが鼻息を荒くして早口でまくし立てる。




 ――緊急速報です。


 ――夕方、都内の高校で銃の乱射事件が起こりました。


 ――犯人は同じ高校の学生で、クラスメイトを次々に射殺したのち、自ら命を絶ちました。


 ――凶器は発見されていません。




 凶器はなんだったのか、早めに見つかるといいですね。


 乱射って……なぜ学生が銃なんて所持していたんでしょうね。


 コメンテーターが犯人の精神分析をしている。


 そこで直感として思うことがあった。


 〝能力〟の仕業じゃないかと。


 もし、犯人が銃代わりになる〝能力〟を使えたら?


 物を加速する〝能力〟とか、そういう類いの〝能力〟が使えたら?


 なぜか、自分の将来と重なった。


 テレビを消して、母親をなだめる。おとなしくなった母親の背中をさすっていると、うしろから姉さんの声が聞こえた。


『〝能力〟を与えられた人間は七日後に死ぬの。〝能力〟で死という未来を回避できる、でも、そうはならない。たいていは死んじゃうの』

「ねえ」


 かあさんに聞こえないように声を殺して姉さんに問う。


「姉さんは、俺を止めにきたの?」


 感情の籠もらないスライム顔して姉さんは答えた。とても冷たい声だった。


『私は、見届けるだけなんだよ』




  ✄




 一瞬、未来が見えた。


 俺がキレて、青木やクラスメイトを切り刻んで、自分の首を撥ねて死ぬ未来。


 スプラッタに興味はないから人を切りつけたいとは思ったことはない。ただ、こんな人知を超える〝能力〟を手にして、俺は大丈夫なんだろうか。


 急に、自分の手にした力が怖くなる。


 急に、自分の手に余る力を得たんじゃないかって不安に駆られた。


 今朝のこと。


 青木を、クラスメイトを、自然と、殺そうって、そんなことを考えた。


 死ね、と、殺す。


 そのふたつの感情には明確な差がある。踏み出してはいけない一歩を踏み出すような、そんな冷静な激情というべき明確な殺人衝動。


 力を手にした途端に人は変わる。俺も例外ではない。つまりはそういうことだ。


 いつか一歩を踏み出してしまう。


 そんな気がした。


 どうしたらいい? このまま家にひきこもるか? いや。日中に母親とふたりでいると、それこそ気が狂いそうになる。行く当てがない。


 しんどい。


 超しんどい。


 考えれば考えるほど、行き詰まって、打開策を見いだせない。


 今、死ぬか?


 それもいいかもしれない。


 と思ったが狂乱する母親の姿が脳裏によぎった。


 俺が死んだらヤバいだろうか。きっとヤバい。なにをするかわからない。最悪、だれか殺す。


 えぐい。


 そんなことを考えていると、えずいた。胃散がせり上がる。ぐっと飲み込んだ。


 島外れの公園のベンチ。俺はそこでひとりだった。


 敵とも味方とも判別つかない姉さんと、いったん離れて考えたくて、家を出たのだ。


 水でも買おうとして、財布を家に忘れたことに気がついた。


 なにもかも嫌になって、空を仰ぐ。夜の虫が鳴いていた。頭上には満天の星が瞬いている。


 どうしよう、どうしよう、どうすればいい。


 万策尽きてうな垂れると、どこからか波の音がした。ふっと波の音につられて、波に乗る夢崎を思い出した。モノクロームの海の上を、飛沫の中をきらきらと笑って波に乗る夢崎を。


 気がつくとスマホを操作していた。藁にもすがる思いだった。LINEを探す。もう未読は千を超えていた。ひさしぶりに開くとスポスポと会話がリアルタイムに続いているようだった。学校がない間もつながりを切らないように必死。必死すぎて引く。グループLINEからアカウントを探し、そしてアカウント【ゆりか】をみつけて、夢崎にメッセージを送った。




 かずや【相談したいことがある】




 三秒もしないうちにアプリ内着信があった。




「どうした?」

『どうしたって、中本くんから連絡してくれたんでしょ? どうしたの?』

「教えてほしい」

『ん?』

「教えてほしいんだ」


 俺は観念して、夢崎に洗いざらい話すことにした。


「〝能力〟に目覚めて、きょうが二日目。あと五日の命の俺が、死ななくてすむ方法を教えてほしい」


 いいよ、と夢崎は答えた。スマホの向こうで笑っている気がした。


 切迫している俺とは対照的に、夢崎の声は弾んでいた。夢崎の弾んだ声にイラッとした。俺の機嫌なんてつゆ知らず、夢崎は翌日の集合場所を一方的に伝えてきた。 

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