三日目 星降る夜と金曜日(1)
目覚めると、スライムこと姉さんはいなかった。
昨夜、姉さんはまだ俺の部屋にいて、夜に家を出るものじゃないと注意された。ひさびさに姉さんから怒られた。そのあと俺はベッドに横になると姉さんも枕元に来た。横になる俺は、スライムと面と向かいこどもの頃の話をした。だらだら話していると俺の方が先に寝落ちした。
どこに消えたのだろうか。まさか消えたのだろうか。
布団の中から勢いよく立ち上がる。焦っている自分に気がついた。姉さんの捜索が打ち切られた日、ああもう会えないんだと突きつけられた、あの大きな虚無感が去来した。
廊下を走って姉さんを探すと、姉さんは居間にいた。スライム型の姉さんは畳の上で寝ている母親のおでこに、からだから伸ばした手を添えて、どこかやさしい表情をしていた。
「……なんだ」
『和也、おはよう』
「消えたかと思った」
姉さんは俺を一瞥すると、ふふと笑った。
『どこも行かないよ。見えなくなるだけ』
「どういう意味?」
訊くと、姉さんはあいまいに笑って答えてくれなかった。
『かあさんはいつもここで寝ているの?』
母親は、座布団を枕にして、タオルケットを羽織って寝ている。テレビはつけっぱなしで、朝のニュースが流れていた。
「姉さんの写真の前から離れたくないんだって」
『そっか』
そっかと口にしたあと、姉さんは『ごめんね』とつぶやいた。
そのごめんはだれに向けたごめんなのかよくわからなかった。
ただ、姉さんはその言葉を何度も口にした。
テレビに映るニュースは、朝からきのうの銃乱射事件でもちきりだった。銃はおろか、遺体や現場から銃弾すらみつからない事件に、コメンテーターたちが独自調査を披露していた。そのひとりが、「遺体の頭蓋骨を貫いたものは、銃弾ではなく、一センチ角ほどの消しゴムだったらしいんですよ」と発言し、なんらかの方法で超加速した消しゴムが凶器だと持論を展開して、会場のみなから失笑されていた。
俺は、笑えなかった。
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姉さんはついてくると言い、俺のあたまに乗っかった。
質量のない姉さんがあたまに乗っても重くない。ひんやりとしたスライムをあたまに乗っけると、天然のクーラーができあがる。まあだれにも見えていないならと、俺はあたまにスライムを乗っけて外に出た。もしあたまにスライムを乗っけているところをだれかに見られたら、一生の黒歴史になる、なんて思いながら。
きのう夢崎が青木をたしなめたこともあり、きょうはとても平穏な一日だった。残暑が厳しい中、クーラーのない田舎高校の教室で、姉さんがひんやりとあたまを冷やしてくれていた。とても快適だった。
放課後、夢崎から指定された集合場所に向かう。その集合場所は夢崎の家だった。
『和也の友達の家?』
あたまに乗る姉さんが訊いてくる。
「きょう一日、俺の高校生活を見て、俺に友達なんていると思う?」
『どんまい』
「どんまいって」
『まあ、みんな必死な感じしたけど、和也は孤高って感じで逆にかっこいいっていうか』
「もしかしてそれってフォローのつもり?」
『いいじゃない。人はひとりでも生きていけるものよ』
「そうだな。ひとりの方が気楽だ」
夢崎家の門の前で姉さんと話していると、夢崎が出てきた。
白みがかった強い日差しを受けて、ショートパンツから伸びた足が白く見える。夢崎の私服は、けっこうラフだった。ショートパンツにキャラもののTシャツ。そのキャラ物がまさかのスライムだった。夢崎は顔がいいからキャラ物だからってオシャレに見える。胸にスライムがいる夢崎と、あたまにスライムがいる俺。オシャレ度が雲泥の差だと思った。
玄関先に立つ俺たちを見て、夢崎は一瞬固まった。まさか姉さんが見えているのだろうか。
「どうした?」
「いや……さっきだれかと話していたような気がして」
ちらりと夢崎が俺のあたまを見た気がした。
「夢崎って、見えてる?」
「怖いこと言わないでよ。私、幽霊とか苦手なんだよ」
「幽霊じゃない。守護霊的な」
「中本くんってスタンド使えるの?」
「スタンド?」
「ジョジョ知らない? 中本くんはハーミットパープルって感じだね」
「ごめん、俺……漫画はほとんど」
姉さんが『面白い人だね』と囁く。
知らない漫画の話をされて、きょとんとしてしまった。
少しバツの悪い表情をした夢崎は、立ち話もなんだから、と自分の部屋に通してくれた。
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