三日目 星降る夜と金曜日(2)

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 夢崎の部屋はシンプルだった。


 机に本棚、ベッドにテーブルと家具はあまり多くない。色味はわからないけれど、薄い色味ということはわかった。かわいげがない部屋だけど、いい匂いはした。俺の部屋には漂わない惑わされそうな甘い匂いだ。


 その甘い匂いに惑わされないように部屋を見渡してなにか話題を作った。


「けっこう漫画読むんだな」


 本棚は漫画だらけだった。タイトルだけではわからないけど、少年漫画から少女漫画まで幅広くあるように見える。


「うん読むよ。漫画読む女の子は嫌い?」

「好き嫌い考えたことないし」

「『漫画好きとか、ポイント高いわ~』とか褒めてもいいのに」

「なんのポイントだよ」


 姉さんは俺が床に座るとぴよっと膝に場所を変えた。夢崎がお茶を用意する間、姉さんは夢崎をじっと見て、『夢崎さんってかわいいね』と俺を茶化してくる。


 お茶を用意してくれた夢崎は、俺のとなりに座ってスマホを操作し始めた。夢崎の足が白くてすべすべしそうに見えた。たまに夢崎と肩と肩とが当たった。喉が渇いてもいないのに何度も夢崎が用意してくれた麦茶に口をつけた。


「あのね。ツイッターで見つけたんだけどね」


 夢崎がスマホを見せてくれた。


 ひとりのユーザーを見せてくれた。真っ赤なリンゴのアイコンのユーザーだった。




 オルコ @kaoruko0505

 春から一人暮らし🌸 家族から離れる生活/好き→おにく・猫・道に咲くお花。

 56フォロー中 65フォロワー




 夢崎はその「オルコ」と呼ばれるユーザーのツイートを見せてくれる。


 一人暮らしに困惑するツイートや、バイト面接に受かった報告、がんばった自炊料理の写真のツイートが並ぶ中、ひとつのツイートに夢崎は指を止める。




 オルコ @kaoruko0505・9日

 これは、目覚めちゃったかもしれない!




 夢崎が「目覚めちゃった」と書かれたツイートを見せて、俺にドヤッって顔をしてくる。


「もしかして……この『目覚めちゃった』の一文で、この人が〝能力〟が使えるって思ったの?」

「え、もしかして私、バカにされている? 〝能力〟が使える! って自分で言う人たちはだいたいフォロワー稼ぎの嘘が多いんだよ。本当に使える人は言わないか、こうやって匂わす表現だけにとどめるっていうか」

「いや……よく見つけたね」

「ふふん。すごいでしょ、私のリサーチ力」

「すごいはすごいけど、この『目覚めちゃった』が〝能力〟だとは」


 信じてないな~と夢崎はぐいって近寄ってくる。


「すでにこの人とDMして確かめたの。友達が〝能力〟に目覚めて、生きる方法を探していますって」

「だれが友達だよ」

「え、友達じゃないの?」


 見つめられ……答えられなくなる。澄んだ瞳で見つめられると反応に困ってしまった。おう、とか、そうか、とか、そんな言葉しか出ず、気の利いた言葉は出なかった。


「ようやく返信があってね。この人も〝能力〟が使えるんだって」

「まじか」

「それより見てよ」




 オルコ @kaoruko0505・9日

 これは、目覚めちゃったかもしれない!




 さっきのツイートを夢崎は指さす。指さしたところは、ツイートされた日付だった。「9日」とは、九日前の投稿を指す。


「九日ってことは、最近のツイートがあれば……生きてるってことだよな」

「そうなんだよ!」


 そう言って、夢崎はその人の最新ツイートを表示してくれた。




 オルコ @kaoruko0505・2時間

 シャンプーを無駄なく使いたいから、継ぎ足し継ぎ足し使っているけど、

 シャンプーって混ぜていいのかなあ。秘伝のタレみたいになっちゃう。




「まじかよ……」


 『2時間』ということは二時間前につぶやいたこということだ。


 つまり、生きている。


「〝能力〟に目覚めた人でも、生きている人がいるんだよ」


 横でスマホの画面を見つめる夢崎の髪がさらさらと流れた。その髪を夢崎は耳にかける。


「中本くんの〝能力〟ってなんなの?」

「ものを切断できる力。切れろって念じたところが切れる」

「おう。それはちょうどいい」

「ちょうどいい?」


 夢崎はノートに、〝切断〟と書き込んで、イラストを描いていく。描かれるイラストは、俺が人間の首を撥ねる絵だった。なかなかの絵を描きやがる。


「首チョンパさせんなよ。俺そんなのやらないって」


 夢崎がくるっとこっちを向いて目を合わせてくる。


「中本くんって、たまにへんなことを言うよね」


 あはは~、と夢崎が「首チョンパあ~」と腹を抱えて笑って俺の肩をぺちぺち叩いてくる。いきなりのボディタッチに触られた部分が熱を帯びる。


『ふたりとも仲いいんだね~』


 俺の膝に座るスライムから姉さんの茶化す声がした。 


『夢崎ちゃんかわいいもんな~。案外お似合いかもよ?』


 姉さんの茶化しが止まらない。ヒューヒューとか言ってくる始末。


 うるさい。


 こんな陰キャが夢崎とどうにかなるって、考えるだけおこがましいだろ。


 俺は嘆息して、話を前に進めることにした。


「それより、〝能力〟の話をしようか」


 夢崎は首肯して、意気揚々と語りはじめた。

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