七日目 雨ふる火曜日(1)

 朝から雨が降っていた。母親は先に食事をすませ自室で横になっているようだった。


 姉さんは俺の身支度を部屋の隅から見ている。


「きょうが七日目なんだけど、俺、死ぬのかな」

『私は見守るだけなんだよ』

「俺が殺人鬼になったら、ごめんね」


 ネクタイを巻きながら言う。姉さんの顔は見えなかった。


 俺の予想はこうだ。


 俺がキレて全員の首をはねる。俺は罪悪感から自分の首をはねる。それが俺の死にざまだ。


 それでもいいと思った。


 夢崎が守れるならそれでいいと思った。


 ネクタイを締めると自分の首をはねる想像と重なって布の感触がむずがゆく思えた。次第に血の海になるクラスを想像して、えずいてしまった。


 すっと首元が冷たくなった。姉さんだ。きっとからだを伸ばして首を冷やしてくれている。むずがゆい感触が次第に楽になっていく。


『夢崎さんのことを考えてあげて』


 意志が固まった。




 かずや【雨でも波乗りするの?】


 ゆりか【もちろん!】




 夢崎と連絡を取ると、きょうも学校前に浜辺集合ということになった。


 どうやら、雨で濡れるのも海で濡れるのもいっしょとのこと。


 これから気を強くもつためにはパワーサーフに乗って心を落ちつかせたいということだった。




 白黒の世界での雨はまるで墨のようだった。黒い雨粒が降っている。


 傘を差して浜辺に行くと夢崎が先にいた。


 制服姿の夢崎はパワーサーフが置いてある小屋の前で立っていた。


 夢崎のパワーサーフは浜辺にある俺の祖父の漁具小屋に保管していた。毎日持って帰るのが面倒って言うので、祖父に頼んで置かせてもらっていたのだ。ついでにその小屋でウエットスーツに着替えている。


「夢崎」


 声を掛けても夢崎は小屋から目を離さない。ぼそりと「……かった」とつぶやいた。


 俺も中を覗く……と。


 


 夢崎のパワーサーフが真っ二つに割れていた。


 ボードの真ん中からみごとに真っ二つだ。




 こういうとき、夢崎はどう反応するんだろう。


 想像がつかなかった。


 くそう犯人見つけて弁償させてやるぜ。と無理に明るく振る舞うか、……ありえないよね、と怒りをはらんだ半笑いで俺を見てくるか、そういう反応があると思った。


 もし、平気そうに振る舞うのなら、かわりにキレてやようって思っていた。


 人に合わせる夢崎に変わって、キレてやろうって、そう考えていた。


 けど。


「……夢崎?」


 声を掛けると、夢崎はその場の砂を蹴り上げて叫んだ。


「あああああああああああああああ!」


 のどを潰すほど叫んでいた。


「あああああああああああああああああああああああ、ああああああああああああああああ!」


 叫ぶ夢崎を見て髪の毛が逆立ちそうになった。


 小雨だった雨は急に夕立のように雨脚が強くなった。


 叫び声と雨音が音を占拠する。雨音なのか叫び声なのかわからなかった。


 夢崎の肩を抱いて小屋に入ると夢崎はその場で崩れ落ちた。


「大丈夫、じゃないよな」

「ごめん。ごめん。中本くん、ごめん」


 夢崎の肩を抱くと夢崎はごめんごめんとなぜか謝り続けてくる。「いやいいって」そう言っても夢崎は聞かない。俺の胸に顔をうずめて、ごめん、ごめんと泣き続けた。


「夢崎が悪いんじゃない。悪いのは……あいつらだろ」


 クラスのやつのだれか。


 犯人を探し出して一番に殺す。


 泣き崩れる夢崎の肩を抱く。すると姉さんが夢崎のあたまに乗っかった。


『大丈夫、大丈夫、夢崎さんのせいじゃないよ』

「最低だよ私」


 夢崎は呆然としながらつぶやくと、姉さんは『夢崎さんのせいじゃないよ』とからだを伸ばして優しくあたまを撫でていた。

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