六日目 チョークの匂いと月曜日(5)
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夢崎といつもの公園に合流すると、夢崎はベンチに座っていた。
少し涼しくて虫が鳴いていた。きいきいきいと早く鳴く虫と呼応するように心臓が鼓動する。走ってきたからかもしれないし夢崎の表情を見たからかもしれない。
必死に走ったから息が上がっていた。口の中から血の味がした。
夢崎は困ったような、泣きそうな、そんな顔をしていた。いつもの笑顔が消えていて、胸が締め付けられそうだった。
グループラインの通知はいまだ続いている。
クラスメイトたちはグループラインに必死なように見えた。
クラスの縮図のようなコミュニティで一生懸命発言やスタンプを返す。その場にいていい、つながっていい、ふるい落とされないように必死でしがみつく。島というちいさな監獄では、クラスにとって、このつながりがすべてなんだ。そんな風に見えた。
ベンチに座って、ふたりでグループラインを見守った。
「大丈夫?」
「私は大丈夫だけど、もうこれ、止まらないよね」
そう言って夢崎はえずいた。ぜんぜん夢崎は大丈夫には見えなかった。
うえ、うえ、と夜空に夢崎のえずきがこだまする。俺は夢崎の背中をさすった。夢崎が手を握ってきて、俺は黙って握りかえした。
サヨ 【てかこれ見てよ】
サヨ 〈写真〉
その写真はこの前行ったスイーツショップの写真だった。
『待って! 次は匂わせで撮るから!』
あのとき、夢崎を止めなかったことを後悔する。
こういう弱点になるなんて思ってもみなかった。
みんな本当にめざとい。攻撃するネタをいつも探っているのではないかと考えてしまう。
市丸 【うそじゃん】
N 【なになになに?】
さくら〈スタンプ〉
サヨ 【これもしかして中本の腕なんじゃね】
N 〈スタンプ〉
あおき【マジきもい】
市丸 【てかあいつら付き合ってんの?】
N 【wwww 青木乙】
あおき【うっせ殺すぞ】
サヨ 〈スタンプ〉
あおき【笑いすぎマジむかつく】
市丸 〈スタンプ〉
N 〈スタンプ〉
古河 〈スタンプ〉
市丸 【てか既読ついてるのに当人たちは虫なの?】
市丸 【虫じゃなくて無視】
サヨ 【虫は笑う】
サヨ 【ってかあいつら虫だよな】
N 【つぶれてほしい。プチって】
さくら〈スタンプ〉
N 〈スタンプ〉
市丸 【ってことで、死んでくれ】
市丸 〈スタンプ〉
サヨ 【ふたりで屋上から飛ぶとかどうかな】
N 【それな】
タイムラインが流れる中、夢崎がぼそっと言った。
「もともと私、よそ者だし、目立つ方だし、なるべく合わせていたのにな」
暗闇の中、スマホの光で照らされる夢崎の表情は、驚くほど冷たい表情をしていた。
「人の縁とかつながりってこんなに脆いんだね。あーあ。
――くそじゃん。
俺は何も言えなかった。
残酷に進む現代の魔女裁判をただただ見つめることしかできなかった。
みんな敵に石を投げたくて仕方ない。だからこれはもう止められない。
そういうところまで来てしまっている。
サヨ 【じゃあ採決とります!】
N 〈スタンプ〉
サヨ 【友里花が死ぬに賛成な人】
市丸 〈スタンプ〉
サヨ 〈スタンプ〉
N 〈スタンプ〉
あおき〈スタンプ〉
さくら〈スタンプ〉
古河 〈スタンプ〉
あおき【既読つけているやつ、他に賛成いねえの?】
つちだ〈スタンプ〉
田中亮〈スタンプ〉
@@@〈スタンプ〉
かずま〈スタンプ〉
操 〈スタンプ〉
FRY〈スタンプ〉
昇平 〈スタンプ〉
なつや〈スタンプ〉
あああ〈スタンプ〉
谷川 〈スタンプ〉
まりな〈スタンプ〉
剛 〈スタンプ〉
ナイ 〈スタンプ〉
めい 〈スタンプ〉
POI〈スタンプ〉
パヤシ〈スタンプ〉
サヨ 【じゃあ賛成が過半数を上回ったので可決されました♪】
サヨ 【ちゃんと死んでね♪ 友里花♡】
いざとなったらみんなの首をはねよう。いや今から一軒一軒まわって殺していくか? クラスに全員集めて一斉に首を刈った方が早いな。大丈夫まだ一日ある。大丈夫夢崎は助けられる。
もうどうなってもいい。もうどうでもいい。いままでだれかを切りつけようとしたときとは違う。すっと冷静にクリアなあたまで決断する俺がいた。
研ぎ澄まされた殺意とでも呼ぶのだろうか。からだの中が冷たかった。
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