六日目 チョークの匂いと月曜日(3)

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 昼休み。


 俺は屋上にふけていた。


 モノクロームの空を見上げると、雲は出ていないが、なんだか雨が降りそうな気もしてくる。


 色感覚を失うと空がどれだけ青いのか見えなくなるのは困る。


 スマホで天気予報でも見ようかとしていると、キイと屋上のドアの広く音がした。


「夢崎さ……今はまずいだろ」

「平気だよ。クラス委員で担任に呼ばれたって言ったし」


 今朝の状況からして一緒にいるところを見られでもしたら決定打になりそうなのだけど、当の本人はなんでもないような顔をしている。


「俺の心配返せよ」


 飄々とする夢崎を見ていると、なんだか脱力してしまいその場でへたり込んでしまった。


「そんなに心配した?」


 へたり込んだところから見上げると、夢崎は俺をのぞき込んでいた。夢崎は高い空のように笑っている。


「夢崎はわかっていないなあ……人間の凶暴性を」


 夢崎は「そう?」と答えて、「けど、私、中本くんに助けられたこともあるけど」とこっちが赤面しそうになるようなことを平然と言う。俺はその言葉にたじろいでしまった。


「なあ」

「ん?」

「なんで夢崎は俺のところに来たんだ? 今はクラスで誤解を解くことが得策だろう」


 口がすべってしまった。


 この質問に何て答えてほしいんだろう。俺なんかにかまうなと責めたい気持ちと、同情を疑う冷めた気持ちと、また別の期待が混じって、あたまの中をぐちゃぐちゃにする。


 返答を待つ数刻が永遠に感じる。


 夢崎はなんて答えるんだろう。


 そう考え出すと俺は、ダメになってしまいそうになった。


「それよりご飯食べようよー。中本くんはパン?」


 質問には答えず夢崎はとなりに座って弁当を広げる。


 答えてくれるつもりはないらしい。


 なんだろう。胸がもやもやした。


「あ、それナポリタンドッグ? 購買でもめったに手に入らないっていう」

「人気だから手に入らないっていうか、人気がなくて数が少ないから手に入らないって意味だけどな。きょうもふたつしか入荷なかったし」

「えー、どんな味なの?」


 食べる? と聞くと、夢崎はあーんと口を開けてきた。


 目をつむり、口を広げる無防備な夢崎に胸の高鳴りを感じた。


 どぎまぎしながら夢崎の口にナポリタンドッグをつっこむと、


「案外美味しいじゃん!」


 見開いて驚く夢崎である。


『夢崎ちゃん、表情がころころ変わって、かわいいね』


 背中にひっついていた姉さんが肩口に移動してきた。なんというか、考えていたことを代弁されたようで、顔が熱くなってしまった。


「赤くなってる?」

「逆だよ逆、青ざめてるんだ」

「なんで青ざめるのさ」


 そういえばこういうやりとりしたねえ、と夢崎は笑う。


「私が青鉛筆転がして、何色でしょう? って聞いたやつ」

「だまされたよな。なんで俺が〝能力〟が使えるって思ったんだ?」

「実はうしろから見ていたの。なんかやってんなーって思ったら、枝が落ちてガッツポーズしてたから」

「え。俺、ガッツポーズしてたの?」

「すごくちいさく、ウッシって」

「はっず」


 夢崎はちいさな握りこぶしをつくり、ガッツポーズを知らない人みたいにぎこちないガッツポーズをする。たぶん俺の真似だろう。やめろよ、とつっこむとけらけらと夢崎は笑った。


 なんというか、そばにいて一番楽しい。


 そんなことを思う。


 夢崎はだれの心にもするりと入るのが得意なんだ。


 だから俺のひねた心にもするっと入ってくる。


 今朝起きた小火ぼや騒ぎ。


 きっと夢崎なら、何事もなかったように丸く収めてくれる。俺とは違って。


 そう考えると、胸のつっかえも取れ、モノクロームの空がすごく高く感じた。潮風のにおいがする風が、制服と肌の間に入って通り抜けた。


「そういえばさっき清村くんのなにかを切ったよね?」


 夢崎が箸を咥えながら聞いてきた。


「そうそう。言わなきゃって思ってた」


 俺は清村から伸びる糸が見えたこと。糸をかたっぱしから切ったことを説明した。


「いまさらだけど、その糸、切ってよかったのかなあ」

「まあその場で首を撥ねなかっただけ命拾いしたってことで」

「中本くんは怖いこというねえ」


 それから糸を切ったあとの清村についてもふたりで話し合った。


「たしかに……清村くん、なにか言いかけていたけど、ピタッと止まって、席に座ったね」

「しかもそのあと、だれともしゃべらなかったよな。昼飯はどうしてた?」

「自分の席でひとり……ごはん食べてた……。いつも青木くんに絡むか絡まれるかするのに」

「いきなりボッチになってたってこと?」

「端的に言うとそうだね」


 姉さん何かわかる? そう聞こうとしたけど、答えてくれないだろうし、夢崎の前で姉さんと話しかけるのもまずい。肩の上の姉さんを膝にのっけると、姉さんは何か神妙な顔をして我関せずと地面を見つめていた。


 母親の経過観察をして連絡するよ、そう言って、ふたりで考えることにした。


 この〝能力〟の隠された力を探ること、それが七日目を生き残る要因になるかはわからない。少なくとも薫子さんは事故に巻き込まれた。もしかすると無駄かもしれない。きっと俺にはこの道しか残されていない。


 面白いよな、と思う。


 何度か自殺することを考えて、いざ七日後に死ぬと知ったら死んだらやばいと考えて、生きる道を考えている。釣り合わないとか、クラスで距離を置こうとか、そんなことを考えてみても、一緒にいたら楽しいと思うこの感情も、人間って矛盾しているよなって思う。

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