五日目 長い日曜日(2)

 時速一一〇キロのブースで夢崎がバットを振っている。


 ほとんど空振りで、たまに快音が響くと、俺たちに向かって目を輝かせながら跳びはねた。


「夢崎ちゃんクラスでモテるっちゃろう」


 ほほえみながら薫子さんが夢崎を見ている。


「夢崎はモテますねー」

「中本っちも目で追ってるもんね」

「俺がですか?」

「気づいとらん?」


 たしかに見ていて退屈はしない。けど、そこまで目で追っていただろうか。


「ウチ、大学の先輩に気になる人がいるんよ。けど、かあさんの彼氏のせいで、若干、男の人が苦手っていうか」

「俺はいいんです?」

「なんか中本っちって、ノーカウントって感じする。中性的だし」

「なんすかそれ……」


 冗談よ、って薫子さんは笑う。そして、けどさ、と一拍置いて続けた。


「今までの人生で損した分、今から取り戻してやろうって、なんとなく思うんよ」


 そう思わん? って薫子さんは俺に尋ねてきた。


 そうやって取り戻していけるのは、学力とか、人間力とか、そういうステータスが高い人間だけなんだろう。俺には何の能力も規定値に達している気がしない。


「俺には無理ですよ」

「ウチも無理だって思っていた」


 薫子さんはほほえんできた。


「もう中学、高校のときは、メンタル逝っていたけんね。もう無理無理って、このままずるずる何も変わらないって思っていた」

「なにかきっかけみたいなものがあったんですか?」


 ちょっと重いんやけどね、と薫子さんは口にした。


「さっき、飛び降りようとしたって言ったけど、ちょうど一週間前にね、かあさんから粘着電話があって、ああ親元を離れても縛られたままなんだって思ったら哀しくてさ、大学の屋上から飛び降りれんかなって思って、けど屋上は施錠されてて、なんだか泣けてきて。泣いていたら、大学の先輩が声をかけてくれたんだ」


 大学の勉強が難しいんですとかうそついてさ、と薫子さんは続ける。


「そのあと家に呼ばれて、もう自暴自棄になって、いいやついて行っちゃえーって、思ってホイホイ行ったけど、やっぱ男の人は怖くてずっと内心ビクビクしてて。そしたら先輩何したと思う?」

「……指一本手出しされなかったとか?」


 おずおず聞くと、「そう!」と薫子さんは声を上げた。


「ウチ、そんなに魅力ない!? って思ったら、悔しくて悔しくて。気づけば大学で見かけるたび『先輩だ!』って目で追ってた」


 ちなみに全然イケメンじゃないんよその先輩、と薫子さんは笑う。


 薫子さんは恥ずかしそうにしながら俺に言った。


「好きな人がいたら、不思議やね、世界が変わったんよね」


 その後、バッティングセンターでホームラン競争をした。


 三人でバットを振りまくって、夢崎が勝利を収めた。


 ホームランを打ったときの夢崎は俺たちの方を向いて両手を上げてよろこんでいた。


 モノクロームの世界の中、夢崎だけがきらびやかに輝いているような気がした。

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