五日目 長い日曜日(1)

 朝起きると、薫子さんはいたって平常運転に見えた。眠そうな顔して朝ご飯を作ってくれて、それを食べている途中で、手が震えていることがわかった。


 自分の死ぬ日がわかっていたらどうだろうか。


 俺は自分が死ぬだけなら別にいいと思える。むしろ楽だな、とさえ思える。ただ母親がどうなるかわからないから、死んでいいのかわるいのか、答えが出せずにいるだけだ。


 薫子さんはきっと死にたくないんだろう。


 〝能力〟で人を救う。そんな目標を持つ人は死にたいとは思わないんだろう。


 自分は乗り越えたと思っている。大丈夫と思っている。ただ確信のない大丈夫ほど怖いものはない。そういうことなんだろう。


「どこか遊びに行きません?」


 と夢崎。薫子さんを気遣ってのことだろうか。


「ちょっと夢崎。きょうが薫子さんの七日目だって」

「だって何が起こるかわからないなら、気晴らしになることをした方がいいじゃん」

「まあそうなのかもしれないけど……そうなのか?」


 納得しかけて止まった。正論のようでやっぱり家でじっとしていた方がいい気もする。


「そだね」


 薫子さんは箸を置いて笑顔を作った。


「どこか、遊びに行こうか」




 ということで俺たちは電車で三駅先にある運動ができるアミューズメントパークに来ていた。ゲームセンターとか、カラオケとか、ボーリングとか、パッティングセンターとか、バスケとか、いろいろ遊べる施設である。


 薫子さんと夢崎が戸惑いなく十時間パックで入って一日遊ぶことになった。


 今、三人でバスケをしている。


 交代しながらワンオンワンを三人でまわした。


 壁によりかかり、夢崎と薫子さんがはしゃぐ姿を見ていた。ドムドムとボールをつく音と、キュッキュと靴の底が擦れる音と、ふたりの笑い声が聞こえる。


 夢崎も薫子さんも猫パンチでボールをはたき、奪ったボールをゴールに投げる。それが全然入らなくてふたりで笑いあっている。勝負は長期化することが予想された。


 正直、あまり友達と遊んだことがないから、楽しみどころがわからなかった。


 昔は姉さんと遊んでいたけれど、姉さんが中学に上がってからはあまり遊ばなくなったし、姉さんが死んでからは遊びに外に出ることすらしなくなった。


「楽しんでるかね青年」


 肩で息をする薫子さんが俺と交代しにやってきた。どうやら先ほどの勝負は薫子さんが勝ったようだ。夢崎は飲み物を買いに行くとその場を離れた。


「中本っち、聞いていい?」


 薫子さんは横に座る。汗に混じって甘い香水の匂いがした。


「中本っちが〝能力〟に目覚める前、自殺……しようとした?」

「薫子さんはしようとしたんですか?」


 心当たりがあった。俺は〝能力〟に目覚める前日、ネクタイで首をくくっていたのだ。


「ウチは飛び降りようとしたね」


 ごめんねこんな話して、と薫子さんは続ける。


「中本っちもそうなら、きっと〝能力〟は自殺しようとした人に現れるのかもね。全員が全員じゃないんだろうけど」


 少し自殺の状況をふたりで話をした。薫子さんは父親の死を責められ悔しくて、俺はクラス全員と縁を切りたくて、自殺を選んだ。


 そこまで話をして薫子さんは不安と確信半分半分といった様子で言った。


「もしかすると、きょうウチは死なないかもしれない」

「どういう意味です?」

「もし、〝能力〟が自殺をやめるために与えられるなら、ウチ、もう自殺する気がないもの。この〝能力〟で人助けしたいし、別の目標もできたし。だから、中本っちも自殺する気がないなら、生きられるかもね」


 まあ仮説だけど、と薫子さんは付け加える。


 そういう意味なら、俺は母親の件で自殺する気はもうない。


 それだけで生きられるのだろうか。この〝能力〟の七日縛りを回避したのだろうか。


 わからない。


「俺も聞いていいっすか」


 俺は薫子さんに聞いてみたかったことをぶつけた。


 こんなことを聞くのは多分、俺以外の人生ハードモードの人が自分と比べてどれほどハードだったのか知って、自分の境遇がどれほどのものなのか知りたいんだと思う。


 つまりは不幸自慢をして自分はマシだって思いたいだけかもしれない。


 そこまで自己分析して、自分がねじ曲がっていることに気づいたとしても、今聞かないと、もうこんな人には出会えないと思った。


「おとうさんが亡くなったあと、家ってどんな感じでした? 母親とか病んだりしましたか?」

「うちの場合はかあさんの彼氏が家に来るようになった」

「それはそれで嫌ですね」

「かあさんもかあさんの人生やけ仕方ないけど、知らんおっさんが家にいたら嫌よ」


 一回、おっさんがエロい目でウチを見てきて、かあさんとガチケンカをしたもん。


 そんなことを言いながら笑う薫子さんを見て思う。


 かわいそうとか、それはひどいとか、そんなことを思う以前に、自分だけじゃないんだって、安堵している自分がいた。


 今までもしかしてこんなハードな人生を自分だけが歩んでいるんじゃないか、自分だけに与えられた罰なんじゃないか、そう思っていた。しかし自分だけじゃないんだって知って泣きそうになった。


 ……よかった。


 そう口にしそうになったときだった。


「それ、大丈夫だったんですか?」


 俺と薫子さん分のスポーツドリンクを抱えた夢崎が、眉根を寄せてやってきた。


「大丈夫やったよ。未遂で終ったけ」

「未遂って言葉が不穏すぎて心配しかないんですけど」


 まあまあ、と薫子さんは夢崎をなだめる。


「え……」


 ふと言葉が漏れた。


 ?? きょとんとする薫子さんと夢崎に、「いや、なんでもないです」とごまかした。


 そうか。そうだよな。


 相手を心配するのか。夢崎はまっさきに薫子さんを心配していた。


 そうか。そういう反応が、正しいよな。


 人としてはそれが正しいのだろう。逆に、安堵した自分の人間性を疑ってしまう。俺は人として醜いのだろうか。夢崎が人として正しすぎるのだろうか。


「すげえな。夢崎は」

「何が?」


 無意識に出た言葉に反応されてしまい、答えに詰まる。


 ごまかすことに必死になっていると、薫子さんが「次はバッティングセンターに行こう!」と話題を変えてくれた。

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