四日目 ハイカロリーな土曜日(6)

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 それから薫子さんの家に戻ると薫子さんは〝能力〟について話してくれた。


「ウチはこの〝能力〟の本来の力は、人を操る力だと思ってる」


 最初は糸を出すだけの〝能力〟と思っていた。


 ある日、駅のホームで落ちそうになった人に遭遇した。


 無我夢中で糸を飛ばすと、その人を自分が思った通りに操れた。


 まるで人形を操るように意のままに操作できた。


 要約するとそういう話だ。


「感情の起伏が関係しとるんか、いつもいつも操れるわけじゃないんよ。練習次第でできるようになるんかもしれんし、そうじゃないかもしれん。けど、〝能力〟のうわさを探していっても、こんな隠れた力があるって、だれもいきつかんやった」


 そう言って、薫子さんは確信したような表情をした。


「ウチは、〝能力〟は真の力をどう使うか、が生き残るための重要なポイントと思ってる」

「どういう意味です?」と夢崎。俺も聞きたいと思っていた。


 ちょっと話が脱線するけど――薫子さんはそう前置きをした。


「ウチね。おとうさんが二人おるんよ。ひとり目のおとうさんが――」


 薫子さんは、昔、全国ニュースになった事件の話をした。酔っ払いが電車のホームに落ちて、それを助けようとした男性がいっしょに轢かれたというニュースだ。まわりにいる人たちは動けずにいたところ、その男性だけは即座に助けに入り、そして、亡くなった。


「おとうさんはえらいと思うんよ。人として正しいことをしたし、ニュースでも英雄視されたんやから、やっぱりえらいと思うんよ。けど、おかあさんは許せんやったみたいでね」


 さすがに父親の悪口を聞くのは堪えるよね……と薫子さんは悔しそうな顔をする。


「おとうさんと籍を外して、それから新しい人と結婚して……やけん、ウチ、名字がころころ変わった」


 俺は、そういうこともあるよな、と思いながら納得して、こういうことにすぐ納得する自分は、ネジが一本外れているのだろうかと考えた。


 となりの夢崎は、ただただ涙目で薫子さんを見ていた。そうか。夢崎は泣くのか。これが人として正しい気がしてくる。ネジが外れていない正常な反応なような気がする。


「やけん」


 薫子さんは太陽のように明るく笑った。重くしてごめん、と謝って。


「この力は、おとうさんが人を助けなさいってくれた〝能力〟やと思うんよ。人のために、人を助け続けてくださいって、天国から言われとる気がする」


 人のために〝能力〟を使うと決めた。


 それが、生き残る道筋のように。


 きっとこれが、〝七日目〟以降を生き残ってきた〝正解〟なんだろう。


 わからないことだらけの〝能力〟に関して、わずかな光明というか、希望というか、見習うべき人がいたというか、そんな気がしてやれなかった。


「ふたりは泊まっていくやろ? 狭いけど我慢して」


 薫子さんは当然のようにそう言って、夕飯まで作ってくれた。


 麻婆豆腐とチャーハン。


 バイト先で覚えたという腕前は最高だった。


「ふふん。ウチ、街中華のバイトで中華料理に目覚めちゃったんだよ」


 めちゃめちゃおいしいって夢崎が何度も唸ると、薫子さんは何度も夢崎を抱きしめた。


 黄色い声がワンルームに響いた。こういう食事は、ひさしぶり、というか初めてじゃないかな。明るくて、どこか淡くきらきらと光っていた。薫子さんが無理に明るくしているしているような気もした。どこか違和感があるというか。


 その違和感の正体は、片付けをしているとき薫子さんが口にしたことですべて合点がいった。


 俺が食器を洗っていると「家事スキル高いね~」と薫子さんに茶化され、「なんすかなんすか」と返したときだった。


「俺も〝能力〟の真の力に目覚めて、薫子さんみたいに生き残れますかね」


 俺の方は軽口のつもりだった。


 薫子さんの方は目を見開いて俺を見ていた。


「ごめんね」


 困ったように笑われてしまう。


 ごめんね?


 その言葉のあと間が空いた。


 ふと意識していなかった洗剤の匂いがした。ジャーと水の流れる音が耳についた。


「そういうことかー。だからふたりはウチに会いにきたんやね」


 ……どういうことだろうか。


「ウチね」


 薫子さんが告げるのは残酷な真実。


「あしたがその〝七日目〟なんだよね」

「けど、夢崎が見せてくれたツイートには十日前くらいに『目覚めちゃった』って」

「あー! だから夢崎ちゃんからDM来たんだ。そういうことかあ……」


 それね、と薫子さんが頬を掻く。


「ウチがバイトで鍋振りのコツに目覚めたって意味なんだ」


 いやー主語は書かないとだめだねー、とか。


 夢崎ちゃんからDM来たときはなんでバレたんだってすっごく不思議だったんだよ~、とか。


 薫子さんの言葉が、するりするりと抜けていく。


 勝手に薫子さんは〝七日目〟を突破した人と思っていた。だれも知らなかった〝能力〟の真の力にたどり着いて生き残ったものだと思っていた。


 一瞬で、希望が瓦解する。




 ――ウチは生きるよ。




 最後はこう言って、茶化されてしまった。

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