四日目 ハイカロリーな土曜日(5)

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 夢崎が〝能力〟の隠れた力について説明を求めたところ、薫子さんは外に出よっかと俺たちを外に連れ出した。


 すでに外は夕方になっていてあたりに影を落としていた。


「薫子さんも白黒に見えるんですか?」

「そうよ。中本っちもやっぱり白黒に見えるん?」

「暗くなると見づらいですよね」

「わかる~」


 なんて話しながら三人でぶらぶらと住宅街を歩いていた。


 そういえば、と薫子さんが聞いてきた。


「ふたりは、家出?」

「あ。いえ。ちょっと、リフレッシュというか。日曜日に帰ろうと思います」


 夢崎がくぐもった声で答える。


 家出とキーワードは出せないと思ったのだろう。その声で薫子さんは察したようだった。


「あーね。リフレッシュはだいじやんね。ウチも一人暮らしし始めて、ほんっと気楽やもん」

「やっぱりいいですか? 一人暮らし」

「最ッ高」

「わーいいなあ。私も早くしたい」


 女子ふたりが楽しそうに前を歩いていた。


 薫子さんの方が年上なんだけど、夢崎の方が背は高く、薫子さんは夢崎から見下ろされている。夢崎はどちらかというと美人な部類で、薫子さんはかわいい部類だろう。だからか、ふたりが姉妹だとすると、姉が夢崎で、妹が薫子さん、そんな感じに見える。


「そういえば、薫子さんのスパイダーマンって」

「スパイダーマン言うなし」

「だって〝能力〟って言ったらだれに聞かれるか」


 小声で言うと、たしかに、と薫子さんは納得した。


「薫子さんも糸でぶら下がったり、ビルとビルの間を高速移動できたりするんですか?」

「シュッ!」

「うわっ」


 怒ったような顔をして、薫子さんは俺に糸をぶちまけてきた。不思議なことに感触はない。薫子さんが俺にへばりついた糸をひっぱると、少しひっぱられた感覚はあったけど、ぶつぶつと糸は切れていった。当然、ぶつぶつと切れる音はしなかった。


「ごらんのとおり、そこまで強度がないんよ。いろいろ試しても、一キロぐらいのものを運ぶのがせいぜいやね」


 人によって能力の強弱にここまで差があるとは……意外だ。


 それはそれとして、さきほどから住宅街の同じ場所をぐるぐる回っている。


 すると夢崎が、「あの、何しているんですか?」と聞いた。


 薫子さんはんーと悩んだそぶりをして、


「パトロールかな」


 と言い出した。


「ちょうどこの時間、いつもパトロールしとるし、真の力ってやつを口で説明してもいいけど、もし見せられたらわかりやすいけえね」


 どうやらスパイダーマンのように街の平和を守りたいらしい。


「薫子さんのそのスパイダーマンの真の力って、家の中だと発揮できないんですか?」


 わざわざ外に出る必要があるのか。


「なんていうかなー、やばい! みたいな感じじゃないと出ないんよ」

「そのやばい! はこの散歩で見つかるんですか?」


 そやね、と薫子さんは眉根を寄せて笑う。


「なにもないのが一番なんよ。それは変わんない。なにもないのが、ホント一番。けどウチが事故でおとうさん亡くしとるけ。なにか起きるかもしれん。ホント、いつなにが起きても不思議やないんよね」


 薫子さんは、重い話を隠す様子がなかった。


 そういうことを言うことで、同情してもらおうとか、そんな考えはひとつも持っていないのだろう。それが、言いづらいことだと、かわいそうなことなんだと、自分で思っていないから言える。そういうスタンスはうらやましいとさえ思えた。幼い顔つきをしていて、芯は強い人なんだろうなって思えた。


 どれだけ悲観したところで、事実はかわらない。


 なら、薫子さんみたいに受け入れる方が幸せなのかもしれない。


「……すげえ」


 薫子さんに対して、そんな言葉が口から漏れた。


 聞かれていないか恥ずかしくなって薫子さんを見たとき、薫子さんはなにかを警戒したような目線を前に向けていた。


 前を母親とちいさな園児が手をつないで歩いている。


 母親のかばんから何かがこぼれて母親がしゃがんだときだった。


 手が離れた園児はひとり車道に向かって走り出す。母親は見ていない。ちょうど車が親子の横を通ろうとしている。


「あ」


 ――あぶない! そう叫びそうになった刹那。


 薫子さんはその園児に向かって〝能力〟の糸を放った。


 薫子さんが放った糸は園児にくっつくと驚くことが起きた。


 淡く光ったと思ったら園児はくるっと振り返って、母親に抱きついた。


 母親は何事もなく園児のあたまを撫でて、園児を抱きかかえて歩き出した。

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