四日目 ハイカロリーな土曜日(2)

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 ネットカフェを出るころには昼の一二時頃になっていて、太陽が遠慮なく肌を焼きにかかってきていた。モグラみたいな生活をしていたぶん太陽がまぶしい。


「今からどこに行くの?」

「〝能力〟のことを知っている人と一五時に待ち合わせなんだ。ごはんでも食べようよ」


 島から街に出てきてわかったことは、土よりもアスファルトの方が暑いということだ。日光を上から下から浴びている感じがする。


 うだるような暑さの中、夢崎についていった。商店街を通り過ぎ、細い路地に入った。


「まじで? こんなところ通るの?」

「中本くんで意外とびびり?」

「びびりというか、知らない人がいきなり刃物で刺してきてもおかしくないって思ってる」

「なにそれ」

「人間はそれだけ凶暴って意味だよ」


 ウケる、と夢崎は笑っている。俺にとって未知の人物は警戒すべき対象だけど、夢崎はそうじゃないのだろうか。


 少し進むとカフェみたいなお店を見つけた。


「ここに入ろう」

「なんのお店?」

「あのね。あのね。超人気スイーツ専門店なんだよ。ここのパンケーキが」


 夢崎がぐいっと顔を寄せSNSで話題になっているこの店の情報を俺に説明してくる。やたら早口で。ホイップクリーム率高めの看板には、パンケーキやクレープやケーキなど、あらゆるスイーツが並んでいる。


「けっこう高いじゃん。ハンバーガーとかにしようよ」

「えー。ここで食べるためにきのうは節約したんだよ?」

「そういう話だっけ?」

「うん。そういう話だよ」


 きらきらした目線を送ってくる夢崎はテコでも動かないって感じだ。俺は観念して店に入ることにした。店内に入った瞬間、砂糖の匂いがした。ザ・スイーツショップって感じのポップな店内は女性客ばかりで肩身が狭かった。


 ふたりでメニューを注文して待っているときに聞いておこうと思った。


「これから会う人のこと、聞いていい?」

「よくは知らないんだよね~」


 すっぱりと答える夢崎。なにかへんなこと言った? と言いそうな顔をしている。


「ツイッター上だと『オルコ』っていうアカウントだけど、逆に言うとアカウント名しか知らないや、私」


 と笑いながら付け加えてくる夢崎である。


「おいおい。そんなんで大丈夫かよ。相手の〝能力〟とかわかってるのか?」

「それが、『会って説明します』だってさ」

「まじかよ……。無駄足になったらどうするんだよ」

「だから、せめてスイーツの思い出だけでもつくろうって話じゃん」

「そういう話だっけ?」

「うん。そういう話だよ」


 ちょうど、「おまたせしましたー」と店員がスイーツを持ってきてくれた。


 夢崎のところに「タワーパンケーキ」なる六枚重ねのパンケーキと、俺のところにもオーソドックスな三枚重ねのパンケーキが届く。パンケーキが届くなり、バターの匂いがむわっと香った。


「すごーい」


 目を輝かせて夢崎はタワーパンケーキをスマホで写真に収めていく。俺のパンケーキもパシャシャシャシャシャと今度は連写しだした。よほどパンケーキが好きなんだろう。黄色い熊でいうハチミツみたいな感じか。


「もう食べていい?」

「待って! 次は匂わせで撮るから!」

「匂わせ?」

「食べものとかふたり分の写真を撮って『彼氏とデート中』みたいに匂わせるんだよ」


 そう言って夢崎は俺の皿と自分の皿を近づけてパシャパシャしている。


「だれが彼氏だよ」

「そだねー」


 眉根を寄せて笑う夢崎である。どういう表情なんだろうか。


 ようやくパンケーキに入刀させた夢崎は、六枚重ねのパンケーキを六枚ごと切り取って、「見て見て」とはしゃぐ。ぱくりとかぶりついて、「おいしい~」と頬に手を当てた。


「ほんと、幸せそうに食べるなあ」


 と口にすると同時、夢崎が手を添えた頬を見て、きのう兄の手が当たって腫れていた頬を思い出した。


 一気に心臓が冷えた気がした。


 なぜ夢崎がそんな目に遭わないといけないのだろう。そう思った。


 俺みたいに地味で根暗で人付き合いが苦手な間ならわかる。けど、なぜこんな、夢崎がそういう目に遭わないといけないんだろうか。なんというか、不公平だって思う。


 日々、楽しく生きようとがんばっている人間がババを引く。


 がんばっている人間にも平等に不幸が降りかかるなら、それはある意味不平等じゃないのか。不幸なら、俺みたいにあきらめている人間に降りかかればいいのに。


「ねえってば!」

「ん?」

「難しい顔して、何考えていたのさ」


 夢崎を見ると、ムッとした表情をしていた。


 なんとか誤魔化すような言葉を探した。


「夢崎のパンケーキ、何キロカロリーなんだろうって」

「やっぱり? これすごいよね?」


 怒っていたはずの夢崎はコロッと表情を変えて、困ったような半笑いになった。


「うまそうだけどね」

「食べる? あーん」

「いやいいよ」

「はい、恥ずかしがったー」


 指をさして笑う夢崎は、心の奥から楽しそうだった。


 俺も自分のパンケーキを切り分けて、ひとくち食べた。夢崎と笑いながら食べるパンケーキは、はちみつの甘さとバターの香りが口いっぱいに広がって、なぜだろう、白黒で色味がないのに、ひさしぶりにおいしいって思った。


 夢崎を見て、なんというか、虹みたいな人だと思った。七色の感情がはっきりしているというか。もうしばらく色は見えなくなったけど、夢崎を見て、海にかかる虹を思い出した。

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