三日目 星降る夜と金曜日(6)
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『土日でいいなら付き合うけど』
そう口にした瞬間、夢崎は終電に乗ろうと言った。
その前に準備のために一度家に帰り、二〇分後に同じ公園に集合ってことで俺たちは別れた。
家に帰ると、凄惨な現場はそのままだった。
ただ、母親は寝ていた。
忍び足で忍び込み、自分の財布と、着替えを持って、家から出た。
『私はここにいるね』
姉さんは母親にすっと近づいていく。
「なんで」
『ひとりにすると不安だから』
「だからって姉さん何もできないじゃん」
『うん。何もできないよ。けど、気持ちの問題』
母親をじっと見つめて動こうとしない姉さんを置いていくことにした。
駅に向かうバスはある。しかしバスに乗ると島でうわさになってしまう。田舎の痛いところだ。島には本州と繋がる約二キロの橋が架かっていて、そこを歩けば駅まで行ける。結果、約一時間のウォーキングをするハメになった。橋の下の海は星を映していた。もともと都会出身の夢崎は目の前に広がる宇宙のような景色に興奮していた。
無人駅では三十分ほど待った。
一両のワンマン運転の電車を、「バスじゃん」とバカにする夢崎は無視して乗り込んだ。客は俺たちだけだった。電車は海沿いを走っていく。
「すごい景色。ねえねえ、島が見えるよ」
星は今にも降りそうなほど瞬いて、海にも星が映っていた。電車の中からそんな夜の波打ち際を覗いて夢崎は興奮している。
一両編成のワンマン運転の電車は、俺たちを連れて行く。息が詰まりそうな島から離れるように遠くに連れて行ってくれる。
「なんていうか、島って、のんびりしているイメージあるけど、実際は鬱屈としているよね。だから、遠く離れていくと、なんだか安心する」
夢崎はそんな言葉をはしゃいでるテンションで言った。
俺は夢崎が同じようなことを考えていたことにドキリとする。
「俺は生まれも育ちもあそこだから、よそがどうとか比べられないけど」
「中本くんへの突っかかり方もね、ふつうは人前でああいうのやらないんだよ。証拠になるから。それでも同調圧力っていうのかな。見て見ぬ振りが総意なんだよ。かなり陰険だね。前に住んでいたところじゃなかったもん」
深刻そうにとか、言いづらそうにとか、別にそういうことはなく、夢崎はただただフラットに口にして、海に映る星を見ていた。そのフラットさがちょうどいいと思う。夢崎は心地よさすら感じてしまうほどに、距離感がうまい。そう思った。
「ねえ」
声をかけると、横に座る夢崎が「ん?」とのぞき込んでくる。かなりの至近距離だった。
ガタンゴトンと電車は夜を走る。どこかへ俺たちを連れて行く。
「どうして俺と? べつにひとりでもよかったんだろ」
夢崎は景色に視線を戻して、俺の顔を見ないようにした。
「私ね、兄のこと……だれにも言っていないんだ」
世の中、想像力が欠如した人間がいる。辛い、苦しい、やめてほしい、他人がそう思っていることでも平気で踏みにじる人間がいる。
夢崎のことだってそうだ。
辛いね、協力しようか、いつでも言ってね、そういう言葉なら百歩譲ってまだいい。けどそう言われたところで、結局なにもできないのがオチ。それは本人がよく知っている。空々しく感じてしまう。最悪、ウケる、とか人を馬鹿にする人もいる。そういうのが怖くて、抱えている人間はだれにも言わなくなる。だから、孤立する。
「中本くんにしか言えないんだよね。きっと引かれちゃうから」
「そういうの、俺にはわからないな」
うそだった。身内で辛い想いをすることは、わかる。
しかし、明確に伝えてやりたかった。俺は、引かない、と。
「だから、かな」
「なにが?」
「家出仲間に中本くんを選んだ理由」
夢崎はこっちを向いて、ようやくにこっと笑った。
「それは……」
それは……なんだろう。夢崎の笑顔に、思わず言葉がつまる。なんて言えば夢崎を傷つけない言葉になるのか、考えている俺がいた。
「それは?」
「光栄だな」
そう言うと、ははっと夢崎は笑った。なんなの~、と肩をぺちぺちと叩いてくる。
「私たち兄妹って、引っ越してきたのは三年前だけど、その前から、夏休みとかちょくちょく来ていたんだ。海がきれいだから、来るの楽しみだった」
また夢崎は黙りこくってまっすぐ窓の外を見た。言葉を選んでいるように見えた。夢崎の唇が震えていた。
「言いづらいことなら、べつにいいけど」
助け船を出すと、夢崎はこくんと頷いて、ちいさく「ごめん」とつぶやいた。
「どこに行こうとか、決めてる?」
話題を変えると、夢崎は外を見た。ちょうどまた海が見えた。
「私、中本くんに隠していることがあるんだ」
夢崎はいつものようにニッと笑ってこう続けた。
「前ツイッターで見つけた〝能力〟が使える人、オルコさんって言うんだけど、その人とあした会うことになっているんだよね」
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