二日目 潮の香りと木曜日(3)
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死神とはなんだろう。
あのスライムが、その、死神?
死神という響きの強敵感とスライムという雑魚敵感がミスマッチで、もうなにが何やらといった感じだ。夢崎の言葉で再会をよろこんでいいんだと思い、死神と言われ一瞬で疑念が湧く。まるでいったりきたりで心が落ち着かない。
どういうことなんだろうか。
朝の七時には夢崎と別れ、ぼーっと海を眺めながら考えていた。
海は相変わらず白黒で、遠くの方で海鳥が鳴いていた。いくら海を見ていたところで考えなんてまとまらなくて、スマホで時間を見て、遅刻する前に学校に向かった。
俺の足取りは重かった。
なぜならきのう、青木に目をつけられたからだ。
元々目を付けられていたが、さらに関係は悪化したという意味である。
人間、人を下に見ると際限がない。一挙手一投足が気になって、イライラして、排除したい気持ちに駆られる。きっと青木は俺に対してそういう感情を抱いているのだろう。ノリで小突いて許されて、クラスで茶化してウケて、そういうのが受け入れられていって、行き着くところまで行ってしまったのだ。
天は人の上に人を造らずと言う。たしかに天は人の上に人を造らない。平等に造られた人間が勝手に人の下に人を置きたがるのだ。
そういうふうにできている。
ああ、学校行きたくない。
何度もそんなことを考えたが島だから不登校のうわさすぐ広まるし、引きこもったところで母親がああだから家にいることもしんどかった。つまり詰んでいるのだ。
「きのう、なんで帰ってんだよ」
教室に入ると、青木が開口一番息巻いてきた。
何も言わずにいると、胸ぐらを掴まれる。
「無視すんなよ」
「いや、してない」
ダっせえ。
ダサくて、自分が嫌になる。
睨み返せない。
首筋がこわばって背筋が凍る。足が震えだす。視界がにじみ、鼻の奥が熱くなる。
ダっせえ……。
クラスは遠巻きで俺たちを見てニヤついている。いつものことだ。全員、殺したい。
そのときだった。
「ちょっと、ちょっと」
夢崎が俺と青木の仲裁に入ってきた。
「青木くんどうしたの! そういうのよくないよ」
「いや、って言ってもコイツが悪いし」
青木の歯切れが悪い。夢崎に対し恥ずかしそうにしている。
俺はなにも悪くない。
夢崎がなにか言っている。
理由を聞かせてだとか、ちゃんと話し合おうよだとか。
夢崎に守られている自分に、ひたすら、ただひたすらに情けなくなる。
うらやましいとか、今朝、夢崎に抱いた感情を否定したくなる。
こんな俺が抱いていい想いではない。俺は壁際でひとり丸まっていたらいいんだ。
クラスは遠巻きで俺たちを見て、心配そうな顔をしだした。心配しているのは俺ではなく、夢崎を思ってのことだろう。死んでくれ。
最後はなぜだか、青木と握手させられた。俺の手は汗ばんでいて、「うわ。手汗すご」と青木にバカにされた。
情けなくて泣きそうになった。
なんだこれ。
ダっせえ。
なんなんだよ、これ。
担任がやってきて、みな着席しだす。
立ち尽くしたまま俺は両手でこめかみを押さえた。
ズキンズキンとあたまが痛くなる。
教室のうしろから全体を見ると、相変わらず世界に色味はなかった。この白黒の世界で青木の首を撥ねたら、俺は彩りを取り戻せるだろうか。青木の血の色くらいは視認できるだろうか。
青木の首元に手刀をつくり、横に引く。
『切れ』
と、そこで自制が効いた。
〝能力〟は発動しなかった。
ぎりぎりだった。
そのまま青木が座ろうとしている椅子の足をすっと手刀でなぞる。
『切れろ』
一本、足を失った椅子に腰掛けた青木は、そのまま勢いよくコケる。
青木が声を上げ、クラスは笑いに包まれた。
ちいさく「ざまあ」ってつぶやく。憂さ晴らしにはならなかった。
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