一日目 モノクロームな水曜日(4)
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「友里花~! きょうライトハウスでアイス食べなーい?」
夢崎の友達の
さすがクラスカースト上層部様。こんな大きな態度を取っても何も言われない。中途半端な立ち位置の人間がこんなことをすると確実に目をつけられる。それを許される特権階級。
しかしどこか特権を無理にでも行使しようと必死なようにも見えた。白黒にしか見えなくなって、なんだかこんな光景が滑稽に見えてしまったのだ。色って大事なんだなと悟る。
「海に行きたいから、その前だったらいいよ!」
廊下から夢崎の声が聞こえた。大森がうれしそうに「青木も行く?」と青木へ振り向いた。
その話の流れから、じわりと嫌な予感がした。
掃除当番だったはずの青木がニヤニヤして俺のところにやってきた。青木はすでにテニスラケットの入る専用のカバンを背負っている。どうやらそういうことらしい。
「中本さ、掃除当番、替わってくれるよな? 部活前に用事ができてさ~」
俺のみぞおちを軽く小突いてきた。
脇の下にじわっと汗をかいていることがわかった。
からだがこわばって、気道が狭くなる。
あえぐことしかできない自分に嫌気がさす。
夏休みのある日のこと。
夏祭りの出欠をとったグループLINEを既読スルーしたとかどうだとか、そういうことで、どうやら俺は、青木に口実を与えてしまったらしい。
そこから落ちるのは早かった。
無視され、上履きを隠され、水をかけられた。
どうやら俺はしくじったようだった。
なぜ俺はこういうことがうまくできないんだろう。
……まあ地味で根暗で人付き合いが苦手だもんな。
そう客観視する自分がいる。けど、客観視したところで改善できるわけもなく、ずるずると俺は立場を悪くした。
日頃無視してくるわりに、都合のよいときに限って便利に使おうとしてくる。
青木という人間はそういう人間だ。くだらない。
俺が無視していると、青木のやつは俺の胸ぐらを掴んできた。
「無視してんじゃねえよ。調子のんなよ」
クラスのやつらが俺たちを見ている。
固まっているやつもいるし、半笑いのやつもいる。
これが、クラスが盛り上がる流れなんだ、そんな空気がクラスに漂う。
助け船なんてものは出ない。そんなことはわかっている。
わかっているから見るんじゃねえ。
青木と同じテニス部の清村が煽るように言う。
「おいおい、中本泣きそうだろ」
くだらねえ。
死ね。死ね死ね死ね。
こんなやつら、全員、死ねばいいのに。
全員、首を切って死ねばいいのに。
そんなことを考えるが、考えることしかできない。
固まって、震えて、舌の根が乾く。
「……わかっ」
またいつものように、わかった、と言う。掃除当番を引き受けて、征服感に満たされた青木の笑顔に、言葉にならない感情にさせられる。それがいつものパターン。
しかし、きょうは違った。
言いかけて、止まる。
止まることができた。
そして俺は、手刀をつくり、青木のテニスかばんを縦にちいさくなぞる。
『切れろ』
念じると、青木のかばんからテニスラケットがガシャンガシャンと落ちて、ボールや教科書など中身が散乱する。
「うわっ! は? は? まじ最悪」
青木が叫んで、清村が「まじで? まじで?」と連呼する。
「じゃあ、俺……帰る」
おい待てよ! うしろから怒号が聞こえたが無視した。
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まだ鼓動が早かった。
高校の裏手から出て、御影石でできた灯台のふもとから階段をおりる。階段をおりると浜辺があって、俺は流木に腰を下ろした。そして、きらきらと光るモノクロームの海を眺めていた。
さざ波が聞こえる。潮の香りがする生ぬるい風を浴びながら、白波を見つめていた。
海はきらいだ。
寄せては引いてを繰り返し、だいじなものをさらっていく。
海はきらいだ。
ぶうう、とモーター音がして、サーフボードに乗った女の子が目の前を過ぎていった。
夢崎だ。
夢崎の乗るサーフボードは、猛スピードで潮の流れに逆らって軽くジャンプした。
ゆっくりと旋回したかと思ったら、今度は潮の流れに乗ってボードを操っていく。
あんなに自由に波に乗れたら、きっと楽しいんだろうなと思った。
クラスという海も、波に乗って自由に渡る。
そんなことができたら、世界は何色に映るのだろうか。
そんなことを、考えた。
「だから今朝、髪が濡れていたんだ」
波に乗る夢崎を眺めていた。
――〝能力〟が使えるようになった人間は、七日で死んじゃうんだって。
――私ね、この手のうわさ、けっこう知っているんだ。
――けどね、死なない人もいるんだって。
――気になったら声をかけてよ。そのかわり、私のお願いも聞いてほしいなって。
意気揚々と楽しそうに語る夢崎を思い出した。
「七日で死ぬ……か。俺まで死んだら、やばいよな」
海を見る。遠くの夢崎が楽しそうにしていた。
重油のような白黒の海を、サーフボードで切り返して遊んでいる。
次の瞬間、波にとられたのか、夢崎がボードから落下した。水しぶきを上げ、姿が見えなくなる。
俺は思わず腰を上げていた。すると、夢崎が水面から顔を出して、ボードに捕まった。
夢崎は浜辺の俺を見つけたのか、元気そうに手をふってきた。
ほっとする俺がいた。
夢崎を無視して立ち上がる。海が荒々しく白波を立て、水しぶきが顔にかかった。
やはり、海はきらいだった。
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