一日目 モノクロームな水曜日(2)

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「ねえ、彩失症候群さいしつしょうこうぐんって知ってる?」

「なにそれ都市伝説だっけ? たしか……色が見えなくなるって」

「色が見えなくなるだけじゃいらしいの。なんか、それと同時に〝能力〟に目覚めるんだって」

「それも聞いたことある。けど〝能力〟って、なんかあやしいよね」

「なに? 信じてないの?」

「だって、〝能力〟だよ。信じないでしょ」

「昔、高校で次々に学生が燃えた事件があったじゃん。あれも〝能力〟による人体発火だって」

「冗談よしてよ」

「原因不明の怪奇現象も、じつは〝能力〟が関係しているって」

「えーうそ。超物騒じゃん」

「このクラスからも彩失症候群の人が出てきたらどうする?」

「どうする、ってウケる」




 クラスの女子が揺れるカーテンのそばで談笑している。


 そこに夢崎が「なに話しているの?」と笑顔で交じる。


 急に夢崎が割って入ってもだれも嫌な顔をしない。さっとその場になじんで笑顔が咲く。


 話題は彩失症候群。世界の彩りを失う代わりに〝能力〟を手に入れるらしい。


 超能力だったり、異能だったり、魔法だったり、そういった類いの〝能力〟だ。


 にわかには信じられない眉唾物。


 超能力? 色が見えなくなる?  所詮は都市伝説だ。


 自分が〝能力〟に目覚めるまで俺は、そんなうわさは信じていなかった。


 しかし、今朝のことだ。


 目覚めると、俺はある〝能力〟が使えるようになっていた。


 使えるようになったというより、自然と使い方を知っていたと言うべきか。箸の持ち方のように、ごくごく自然に知っていた。


 それと同時、俺の視界も変化した。


 世界がモノクロームだった。


 朝起きると突然色が見えなくなったのだ。


 白黒の世界に転移した。そう思った。


 ちなみに、このクラスルームも白黒写真のように見えている。点呼を取りにやってきた担任の、ネクタイの妙な花柄の色も見えていない。


 なんだこれ? 最初は混乱した。


 しかし混乱したのは一瞬だった。


 そのときの俺は、すっと冷静になって、手に入れた〝能力〟でどう青木にひと泡吹かせるか、そんなことを考えていた。さんざん辛酸を嘗めさせられていた青木に復讐ができる。


 復讐というか、天罰。そんなことを想像して、悦に浸った。


 そして決行した青木への報復。


 青木を見る。


 痛みが残っているのか、青木があたまをさするたびに気分が高揚した。


 ……しかし。


 さきほど夢崎に〝能力〟を指摘されてからは、気が気じゃない。


 もしかして、今朝の一部始終を見ていたのだろうか。


 生まれつきだとか、なんとかその場を取り繕ったが、あれはまだ疑っている顔だった。


 たしか夢崎は『生まれつき色が見えづらい人でも、青を赤だと見えるはずがない』とか言っていた。スマホが見つからないように机の下でネット検索すると、たしかに夢崎の言うとおりだった。


「中本~、中本和也~」


 検索に集中してしまったからか、自分が呼ばれていることに気づかなかった。「は、はい」と遅れて答える。


「一回で返事しろよ~、ぼけっとするのは顔だけにしとけ」


 担任が俺をいじってクラスが失笑。それに対し担任はウケた、みたいな顔をする。


 うぜえ。

 マジうぜえ。

 辞めればいいのに。教師。


「じゃあ、次、友里花~」


 調子に乗った担任は夢崎を名前呼びした。俺いじりでくすくす笑っていたクラスは、サーっと温度が数度下がったような気がした。クーラーいらずだ。


 クラスの女子はドン引き。夢崎は苦笑いしている。青木があきらかにむっとしていた。


「あれ~。聞こえなかったかな~。友里花~。夢崎友里花~」

「あ、はい。はい」

「返事しろよ~、おまえまでぼけっとするなよ~」


 担任は夢崎までいじってニヤニヤしだした。


 担任は生徒を守る立ち場なんじゃないかと思う。それをこうやっていじることによって、見ていないところでどんなことが起きるか……想像できないんだろうな。


 救いようがねえ。


 教師をやめろ、とさえ思う。


 俺はいいけど。夢崎までいじるとかさ……。マジで、死んでくれねえかな。


 俺は担任のネズミキャラクターのネクタイに人差し指と中指の手刀を向け、念じる。


『切れろ』


 すると担任のネクタイがするっと落ちて、担任は「あひゃあ」と甲高い声を出した。


 失笑される担任。俺は、「ざまあ」って、つぶやいた。

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