モノクロームの海、極彩色の雨あがり

志馬なにがし

一日目 モノクロームな水曜日(1)

 大注目されていた復讐をテーマにした王道スマホRPGがバグだらけのリリースとなり運営はお詫びガチャを配布することになった。俺はそのガチャを次々に回していく。結局、目的のキャラどころかレアキャラも出ずに終わった。五〇回もまわして雑魚ばかり。くそみたいな結果だった。


「せめてゲームくらいは当たりを引かせてくれよ」


 青木を待つ間の暇つぶしのつもりだったけど、運のない結果にどっと疲れてしまった。疲れたからあきらめることにする。


「このゲーム、もうやめようかな」


 夏休みが明けたばかりの九月初旬はまだ暑かった。とくに昨夜は雨で、朝から蒸していた。俺は朝早くから教室に忍び込んで、青木が朝練に向かうところを待っていた。


 窓から下を覗く。部室棟からテニスコートに続くこの道をあいつは通るはずだ。


 俺が通う高校は丘の上に立っていて、三階の教室からは海がよく見えた。島にひとつだけある木造校舎の高校。中学と一緒になった一学年一クラスしかないちいさな高校だ。


 朝日が海にかかる靄を照らしていた。海の手前にはグラウンドがあって、朝練一番乗りの野球部が金属バットの音を響かせている。次第に吹奏楽部の控えめな音が聞こえてくる。


 海が近いとはいえ、波の音が聞こえるわけではない。


 波の代わりに聞こえる音は、青春を彩る音だ。


「みんな、物好きだよな」


 雨あがりの朝が好きだとか。


 景色がキラキラしてきれいだとか。


 世界はカラフルで、毎日が華やかに色づいて、生きていることが楽しくて仕方ないとか。


 そういうやつが実在するのなら、たぶん俺はそいつを信用しない。


 なぜなら俺とは世界の見え方がまるで違うから。


 俺にとって世界は無味無臭。色味なんてない。マジでモノクロームな日常だ。


 きっと地獄があるなら、火あぶりとか、針地獄とか、そういう激痛を与えるんじゃなくて、変化のない日常の中、我慢できる痛みを与えじわじわと殺していくんだろうなって思う。


 景色は朝に照らされ、その青春は東雲色に色づいている……はずなのだが、俺にはただただ灰色に見えた。色が喪失した朝だった。


 ……本当に白黒なんだな。


 俺は窓枠に肘をかけて待っていた。


 すると、人を小馬鹿にしたような青木の声が下から聞こえてきた。


「まじで田中のサーブ入らねえの」


 来た。


 高鳴る心臓を押さえ、人差し指と中指で手刀を作る。


 すぐそこの木の枝の根元を、すっとなぞった。


『切れろ』


 そう念じると、枝の根元に切れ込みが入り、ゆっくりと木の枝が落ちた。


「うわッ!」


 見事、木の下を歩いていた青木に命中したらしい。隠れながら窓から下を覗くと、青木があたまを押さえて痛がっている。「マジ最悪、マジ最悪」と青木は声を張り、テニス部の仲間うちに爆笑されている。「ざまあ」ってつぶやいた。


 無様な青木を見て踵を返したときだった。


 こつん、と足になにか当たった。


「ごめん、その赤鉛筆、拾ってくれない?」


 振り向くと、そこには女子がいた。ひとりきりと思っていたから、心臓が止まりそうになった。見られた、と血の気が引く。


「拾ってくれないかな?」


 固まっていると、女子は不思議そうな顔をした。


 あ、ああ、って声を出して、床に転がる丸いつるつるとした鉛筆を拾う。


「はい、どうぞ」

中本なかもとくんと話すの、これが初めてだっけ」


 同じクラスの女子――陰キャ代表みたいな俺にこんなニコニコ話しかけてくる女子の名前は夢崎ゆめさき。夢崎はスクールカーストのトップオブトップである。かわいくて、陽気で、勉強もできて、島ではめずらしい都会出身だと自然とクラスの人気者になる。そんな夢崎とは、身分差がありすぎて今までしゃべったことがなかった。グループLINEで繋がっているけど、一対一で繋がったことはない。会話という会話も、目が合ったこともほとんどない。


 そんな夢崎を直視すると、とても整っている印象を受けた。ショートボブの髪型に、二重、通った鼻筋、うすい唇、とおおよそ美形の要素を兼ね備える外見は、わずかな幸薄感が漂っているが、男子に人気が出そうな雰囲気をしていた。まあ実際に学校中の男子から人気なのだが。


 青木のやつが夢崎をチラチラと見ているときがある。なるほどな、と思った。


「なんで濡れてるの?」

「これ? 海だよ」

「九月なのに?」

「まだ九月だよ」

「朝なのに?」

「朝の海って気持ちいいじゃん」


 爽やかに笑う夢崎。好感を受けるが、濡れている女はあまり好きじゃなかった。


 風が窓から入ってきて、夢崎の方から海の香りがした。


「事故とか、そういうの気をつけなよ」

「えー意外。見かけによらずまじめなんだ。中本くんはこんな時間になにしているの?」


 ぎくりとする。


 青木にちょっと意趣返しを、なんて言えるわけもなく、


「夢崎こそどうしたの?」

「私? 私は、忘れ物。さっき思い出したの」


 夢崎は自分の机に引っかかった弁当箱を手にする。


「帰って洗わないと、親がキレちゃうから」

「どこの親もそうだろ」

「中本くんも怒られる?」

「いや、俺パン派」

「あー。私もお弁当面倒だから、きょうパンにしようかなー」


 世間話する間柄でもないのに会話が続いた。


「そうそう、中本くん、ひとつ聞いてもいい?」

「ん?」

「拾ってもらったこの鉛筆、何色でしょう?」

「さっき赤鉛筆って」

「違うよ。じつはこれ、青鉛筆」


 俺の弱点をみつけたと言わんばかりに夢崎は目を細めて笑った。


「中本くんってさ、色が見えないんでしょ」




 ――それってさ、〝能力〟が使えるってこと、なのかな?

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