315

 トコトコ歩いて、ソウタのお部屋に戻る。

 階段の下、遠くリビングでみんながお話をしてる気配で思い出した。アキナをお家に帰してあげなきゃだな。


「……王子様、闇は怖いですか?」

「別に。どちらかと言えば心地好い」


「本当に王子様なんですか? 王子様が魔王様なんじゃないですか?」

「フフッ、それは面白いな。そうならどれだけ楽か」


「楽?」

「これから帰って体を手に入れて、さあ王子役をこなせと言われるのかと思うと気が滅入る。俺が魔王ならどれだけ……」


「交代、しませんか?」

「世界征服するぞ?」


「じゃあダメです」

「フフッ」


 そうだ、クロがオレに何か手伝ってくれって言ってたな。それも聞いてあげないと。


 と思ってたら、チャチャチャーッと戦闘の音楽が鳴った。なんだこれ面白いな。

 これは魔王様達側から呼び出されてる合図、うん、呼び出されてる感じがすごくする。

 テレビの前にペタンと座る。


「魔王様、僧侶、いた?」

『おったぞ。世界を繋ぐ術が存在はしておる。が、天使の術じゃ。掴み所も無い、説明のしようが無い、その物を見せる』


「はい」

『ドットや、マーリンを呼んでくれ』

『はい!』

『はいこちらマーリンでございます! 大僧侶様ってば雑過ぎじゃございません? もう少し……』


『ワシの記憶を魔方陣に映せ、薬草から見えるよう大きく描けよ』

『この大魔法使い様を何だと思ってます?』


 急に呼ばれてブツブツ言いながらも、マーリンさんは大広間いっぱいの魔方陣を描いてくれた。

 そうだ、その術だ。

 なんか僧侶と魔法使いも簡単にやってたけど、いまいちコツが掴めない。これが出来てたらソウタがタイチにしてあげたかった事、もっと色々あったのにな。

 帰ったら教えてもらわなきゃ。


 紫色の魔方陣の中には、誰かの手が映ってる。

 これがサリエルの手なんだろう。オレの手じゃない、サリエルの姿になれたらこの手が……。


 ギュッと今の手で胸に王子様を抱く。


 左右の手から、十本の指先から白と黒の糸が無数に伸びて絡まる。灰色になりそうだけど、全然混ざらない、白は白、黒は黒で輝いてる。


 手との大きさを考えると、その白黒のかたまりはオレの身長ぐらいか。

 と、思ってたら、モワッと開いた。糸の塊は蕾が開くように咲いて、真ん中が闇だ。

 これが世界を繋ぐ術……。


 手が下ろされた。

 目線は真ん中の闇に突っ込む。

 中は闇だけじゃなかった、目の前に白と黒の太い糸がピンと張っていて先は見えない。それを伝ってどこかを目指してるみたいだ。

 白黒の糸に沿って飛んでる。

 だんだん闇が薄くなっていく、光に変わっていく、またモワッと何かが開いたように見えたと思った。


 もうそこは地球、この地上だ。

 見おろしてる。

 ビルがあって道があって車が走ってる。遠くの町には火の手が、いや、火の海だ。

 飛行機が飛び回って、その下がまた新しく燃えていく。


 これは、これが戦争かも知れない。この景色を見てサリエルは地上を滅ぼしたんだ。


 理解わかるかも知れない。

 こんなに赤黒くなっちゃった町、こんな世界にはきっと人間も動物も植物も、誰も生きてない。

 滅ぼしたくなる、どうでも良くなる、絶望だと思う。

 分かっちゃいけない感覚かも知れないけど、オレには、充分。


 飛行機が飛び回って火の海がもう足下まで来た所で、魔方陣が何も映さなくなった。


『こんな所じゃの。これ以外のドットも探せばまだ見つかるじゃろう。という事は……』

「ありがと、僧侶」


『薬草や、落ち着けよ。術は見たから使えるという物では無い、それに……』

「うん、大丈夫だよ。分かってるよ」


『……うむ』

「もう少し待っててください、魔王様。今日帰ります」


『ああ。いや、待つだけでは、待つしか無いのか』

「魔王様も来れるみたいですよ。闇の中からこっちの世界へ出口を作ったのは魔王様らしいです」


『そうなのか? ……それは……今は関係あるのか? 使えるのか? 意味が……』

「魔王様が落ち着いてください、うふふ」


 また後で、と離れようとして気付く。


『姫様、見誤らぬよう努々ゆめゆめ怠ってはなりません』


 マーリンさんだ。

 おこたる? オレは何も……ソウタには何を残して行こうかな。

 クロが入るブレスレット、そういう事にしておこう。机の角に魔方陣をペタリ。ブラインドの術で隠す。


 階段をピョンコと飛び降りる、一番上から下まで。リビングの扉を開けるとユウタが突っ込んできた。


 不意打ちだ、ゴフッてなった。


「エヴァさん! これあげる!」

「え?! ありがと?! なあに?!」


「地球」

「……わあ、地球だ」


 オレにしがみついて、グーの手でグリグリ渡されて、やっと開いてみた手に地球がある。

 ガラスの球かな?

 ユウタのお部屋にある地球儀が小さくなったみたい、陸地のギザギザまで細工されてる、薄い青の海が透けてる球、向こうが見えちゃってる。


「こんな、なんかすごいよ? 宝物? ダメだよ、貰えないよ?」

「……じゃあ貸してあげる……返して……返しに来てよ?」


「……うふふ、分かった、借りるね? 地球と宇宙のお話、教えてくれてありがと。オレの友達にも教えとく、みんなきっと喜ぶ。ユウタはオレ達の世界で宇宙の先生として名前が残るよ」


 お返事が無くなった。ブンブン頷くだけになったユウタを、お父さんが抱っこしにきた。


「……気を付けるんだよ?」

「はい、ありがとございました!」


 頭をポンポンしてくれた。暖かくて魔王様より大きな手のひら。


「あ、お母さん! お掃除魔方陣、考えたよ!」

「……え?! 今?! ホントに考えてくれたの?!」


 初めての闘技場で使った、吸い込む魔方陣を描く。クルンと魔方陣を丸く変形、小さなボールにして、床にポイ。

 ルイとカイが飛び付いた。キイちゃんとアイちゃんも来た。ウイちゃんはソファーからニャンて見てる。


 噛んでも大丈夫、コロコロ遊んでるうちにゴミは吸い込まれて、吸い込んだ先はゴミ箱に繋がってる。


「みんな、隅から隅まで転がしてお母さんをお手伝いしてね? みんなが遊べば遊ぶほどキレイにな……あれ? あんまり遊んだら余計に毛が飛んじゃう? あれ? ダメかな、これ?」

「ニャー」

「ニャッ」

「ニャン」

「ワン」

「ニャ」

「エリザベス」


「うふふ、えっと、ほどほどにね」

「ヤダありがとう、これホントに助かるわ。エヴァちゃん、帰ったらこれ沢山作って売りなさいよ?」


「え、売るの?」

「そう、ちゃんと儲けなさい。取れる所から取って、頑張って生きるの。ちゃんと、食べて、飲んで、遊んで、ね?」


「うふふ、はい。ありがとございます!」


 お母さんの隣でパタパタしてるクロに手を差し出す。パタッと飛び込んできた。


「クロ、お手伝いとは?」

「作って欲しいモノが……あっタ」


 クロが持ってるのはソウタの学生証と、保険証? なんか色々持ってる。

 そうか、身分証だっけ。

 クシャッと握ってるのは自分でやってみたのか、大きさとか色が違うやつだ。

 失敗しちゃったのかな。


「でもネ、もう大丈夫になったの」

「んん?」


「こうイうの、使わないで済むように、危なくないように一緒に暮らしてくれるって」

「……そっか、良かったね。大事に考えてもらえてる。クロも大事に生きるんだよ?」


 ブンブン頷くクロの髪を、指でとく。

 緑色の紐を作って縛ってあげるけど、オレはやっぱり下手だな。


「……ありがとう薬草。こういうの、ゆるフワって言うのよ」

「そうなの? うふふ、ありがと」


 崩れそうな髪をゆるフワなんて、そんなに優しく言ってくれると思わなかった。

 ギュッと抱き締めながら、みんなに仕掛けた魔方陣や術をコソコソと教えておく。オレが帰ってからバラしてね、と離れる。

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