笑って明日へ


「友達? 何馬鹿なことを言ってるの! 私は主人で、あんたは執事でしょ!」


「今だけはそうじゃない。僕らは友達だよ。なんでも言い合える仲なんだ」


「何よ、今更。あんたが先にこの関係を望んだんじゃないの」


「僕が?」


「あんたでしょ、先に私に『お嬢様』なんて呼び始めたのは」


語りだす。

自分から。

誰かに、願わくば彼に話したかったのだろう。

一人で抱え込むのは、本当に辛い事だって知ってる。

ずっと、そうだったから。

私はここにいる誰よりもずっと長い間、一人だったから。


「どういう事?」


「気が付いてなかったのね、呆れた」


大きなため息とともに下を向く彼女。

それから、静寂が訪れる。

何かを伝えようとして、迷っている顔。

今までの彼女の行動を裏返すような言葉を口にすることは、そう簡単ではない。


「なら、あの約束のことは?」


「……ごめん。何の事か、分からない」


彼女は『そう』と吐き出すように返して、また口を閉ざした。

ゆっくりと言葉を選んでいるというよりは、純粋に悲しんでるように見えた。

親に約束を反故にされた子供のような、抗いようのない事実に打ちひしがれているようで。

彼女のもとに駆け付けてあげたい。

その気持ちが分かるって言ってあげたい。

でも、それは私の役目じゃない。

これは私の物語じゃないのだ。


「……やっぱり、私は友達に戻れない。でも、そう言ってくれて嬉しかった。少しだけ、夢を見れた気がする」


そう言って、彼女は彼の横を通り抜け、入り口に向かう。

二人はもう一生会わないと言っても信じられるような。

そんなすれ違い方だった。

出入り口のドアが開く音がする。


「あなたも来なさい、そのために私は来たんだから」


後ろを見ずに、淡白な言葉を投げかける。

彼にかけられる言葉は、もう残っていないかに思えた。


「家の庭の大木の下で……」


彼女の足が止まる。


「僕ら、ずっと友達でいようねって約束した!庭の花が一番咲いている時期に!」


迷いなく、そう言い切る。

いつの間にか彼は振り返っていて、彼女の背中を見つめていた。


「…………うそつき」


「え?」


「嘘つき! 噓つき噓つき噓つき!」


その脈絡のない言葉に困惑するばかりで、呆気にとられていた周りをよそに言葉を続ける。


「知らないって言った!覚えてないって言った! 知ってて、知らないふりをした!それで、私を引き留めるために今そんなことを言って!」


「違う!本当に、今の今まで忘れていた事なんだって! ついさっき思い出したんだよ!」


「はぁ? そんな都合よく、思い出せるわけないでしょ! 私が、出ていくそのタイミングで!」


思わず、笑う。

心の中で。

もちろん、二人は本気で言い争っているのだけれども。

なんだかそれが痴話喧嘩みたいで、微笑ましくて。

今まで言葉を選んで、ゆっくり喋っていた彼、彼女らはどこかに行ってしまったみたい。

二人の口論は、ますます激化していく。


「でも、エミリーは僕の分のクッキーまで食べて、しらを切ったことあったよね」


「あれはあんたが全然食べないから! いらないと思ったのよ!」


「僕が好きなものはゆっくり食べるって知ってるのに?」


「う、うるさい!今更そんなこと持ちだしてきて!」


二人とも息継ぎのタイミングを失って、肩で息をしている。

その世界に主人とか執事とか、そんなものは存在していない。

性別すらも些細な違いに過ぎないのだ。


「二人とも仲いいね」


横に突っ立っていたエレノアにこそっと声をかけてみる。

今日のエレノアはやけにおとなしい。


「アンリテのおかげだよ」


「いや、私は何もしてないな」


本当に何もしてない。

強いて言うなら、ちょっとだけ長く生きていた経験があっただけだ。

いや、それもどうだろう。

本当の意味で経験したことなんてほとんどない。

私はただ上から見ていただけ。

今も同じようなものだ。


「…………でも、私は何もできなかった」


「何もかもをできる人なんていないよ。女神でさえそうなんだから」


「それでも、私は何か、力になってあげたかった」


拳を握って、強く。

その手のひらに詰めが食い込んでも、血が出ることなんて無いだろう。


これが、エレノアの一般的に考えて悪いところ。

自分のできないことにいちいち悩んで、答えを出して、また悩む。

誰かのせいになんて、絶対にせずに抱え込んで。

もっと楽に生きることが出来ると、誰もが思うだろう。


でもこれが、これこそがエレノアなのだ。

私が思う、エレノアの最も尊い部分。

だから、私はそのままでいて欲しいと願うのだ。

どんなにそれが彼女自身を傷つけても。


彼女がボロボロになった時に、寄りかかる先が私であるなら。

もしそんな奇跡があったとしたら。

その奇跡と引き換えに、この世界は壊れてしまうだろう。



「アンリさん! エレノアさん!」


とある女の子に名前を呼ばれて、ふと我に返る。

ハッと前を向くと、言い争っていたはずの二人がいた。

エミリーお嬢様の一歩後ろに、同じくらいの年齢の男の子。

おそらく、彼はお嬢様の執事だろう。


「本当にありがとうございました!うちの執事が迷惑をかけてすみません」


「いえいえ。偶然出会って、少し話を聞いただけだから」


「これは、少ないですけれどお礼です」


そう言って小袋を渡してくる。

お礼を言って、遠慮なく受け取る。

大したことをしていないと思っていても、好意を無下にするのはまた違う話だと私は思うからだ。


「多分、一ヶ月ぐらいなら暮らせる額だと思います」


「……そんなにいいの?」


子供から、もらう額とは思えない値段に驚く。

忘れていたが、子供言っても貴族の家系だという事を忘れていた。


「心配しないでください。それは私のへそくりですから」


「そうなんだ。なんで今持ってきてるの?」


「うちの執事を探すために最悪、人を雇うか依頼することになると思ったので……」


『杞憂でしたけどね』と少し笑って返す彼女は、見た目以上に大人びて見えた。

そういう事なら、もらっておこうか。

私たちは慢性的に金欠だからね。



「最後に一つだけ、聞いてもいい?」


「なんでしょう、エレノアさん」


「『龍の果実』っていったい何だったの?」


その言葉に、彼女はばつが悪そうに顔を背けた。

『えーっと、それは……』と中々言い出せない彼女をエレノアは真っすぐ見つめる。

ああ、なんて残酷な純粋さ。


「駄目な執事に腹が立ったから、腹いせで言ったそうですよ」


それを代わりに、後ろの執事が答える。


「ちょっと!オスカー!」


「ああ、なるほど!そういうことなんだ」


「エレノアさんも、納得しないでくださいよ!」


「ひどいご主人様です」


彼が追い打ちをかける

おどけて、肩をすくめたのがやけに様になっていて、思わず笑みがこぼれる。


「全く、私もそんなひどい人の顔が見てみたいですね!」


「そうですね、私の前にいる方とは似ても似つかないでしょうけど」


その軽快な返しにやっぱり笑ってしまう。


「帰ったら、覚えておきなさいよ!」


そういう彼女も今はもう一緒になって笑っている。

友達でも、主人と執事の関係になっても、二人はうまくやって行けるだろう。

そこにいる全員がそう思ったのは、今度こそ間違いのない未来予想図。

色々な話を見て来た女神さえもそう思ったのでした。

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エレノアは世界を救えるか ~女神様と行く異世界救世旅~ なべ @None00

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