あの頃、二人は


オスカーと言う男の子に声をかけた私をエレノアは少し不思議な目で見ているようだった。

まぁ、そうだろう。

エレノアの中で自身が手伝うべき案件じゃないと判断して、その話は終わったように見えただろう。

確かに会話上はそうだ。

しかし、私にとっては全くそうじゃない。

このままあの子を行かせてしまったら、どんな死地にでも飛び込みそうなのだ。

気が気でない。

それと、恐らく勘違いをしていることにも気が付いてもらわなければならない。


「それは嬉しい提案ですね。でも、一人で行きます。決めたことなので」


「私が、『龍の果実』について知っているとしたら?」


「!?」

「知っているの!?」


二人ともが驚いたような目でこちらを向く。

私は言葉を返す。


「心当たりはある」


「付いてくるなら教えるよ?」


「……なら、行きます!」


「決まりだね」


私はまんまと彼を釣ることに成功したのである。



ここは森の中、薬草採取を嗜むは私たち。

明日の生活費のために手伝ってもらおう。

なんてことはない、情報料をもらうだけ。


「まさか、この子の取った薬草分のお金もらおうとしてないよね?」


「ま、まさかね~」


まさか、そんな悪逆非道なことするわけないじゃない。

エレノアさんも人聞きの悪い。


という茶番も早々に切り上げ、本題に入ろうと思う。

エレノアの釘差しは遺憾だけれども。


「それで、そのお嬢様の事を詳しく聞かせてくれない?」


「お嬢様の事をですか?」


「そうそう、小さい頃の事とか」


「理由は分からないですけど、それが必要なんですね。なら、僕の知っていることを話します」


そして彼は語りだす。

この世界のどこかにありそうな物語を。


あるところに、家柄の良い貴族とそれに仕える一家がいました。

そこには、同年代の2人の子供がおりました。

一人は貴族の家に生まれた女の子。

もう一人は将来を執事として期待される家庭に生まれた男の子。

幼い頃は身分の差を気にすることなく、それは仲の良い二人であったと。

男の子は女の子の手を引き、身分や性別なんて彼らの仲の前ではあって無いようなもの。

二人はずっと良い関係を築いていけるだろうと、みんなが思っていました。

しかし、子供と言えど遊んでいるばかりではいられません。

彼女は貴族としての心得を、彼は執事としての心得を学んでいくことになります。


その頃でしょうか、二人の関係が変わってしまったのは。

でも、それは当然の事でもありました。

二人は友達から主人と執事になろうとしたのですから。


その後、二人の関係はうまくいかなかった。

元々、仲の良かった事が災いして。

不満や苛立ちがいっぱいになるのに、そう時間はかからず。

ティーカップが割れるとともに、感情が飛び散らかってしまったのです。


そして今に至る。


「……それは本当に君が解決しないといけないことなのかな」


彼が話すのを黙って聞いていた私たちだったが、エレノアがおずおずと口を開いた。

大体の事柄に対して恐れなく意見を言う彼女のこんな口調は、少し新鮮に聞こえる。

いや、実際にはエレノアはよく悩んでいるのだけれど。

屋台でパンか串焼きのどちらを買うかで、不審者のごとくうろついていたのは記憶に新しい。

悩んでるという事をあまり口に出さないから、そう思えるのかもしれない。


「確かに自分のミスに対しては責任を持たないといけないけど、二人の関係は二人で解決すべきものだと思うんだよ」


エレノアらしい答えだ。

問題には解答が存在していて、それを追い求めていく姿勢が正しいのだと。

『解決』という言葉を使っていることが余計にそう見せる。


「でも、僕の言う事なんて聞いてくれないと思うんです。どうしたらいいんだろう……」


「何かいい方法はない?」


視線たちが私に向かう。


「執事を辞めればいいと良いと私は思うよ」


「そんなことは出来ませんよ!」


「そうじゃなくて、一瞬だけ」


「一瞬だけ? どういうことですか?」

「私も全然分からない」


「説明しましょう」


私は説明することにした。

その天才的な発想を余すことなく。



「私たちは、見届けてあげられないかもしれないけど」


「いえ、良いんです。アドバイスありがとうございました」


「いえいえ、もう帰ろうか」


「はい!」


私たちは、もう薄暗くなっているその森を後にする。

結局は薬草採集なんて口実でしかないのだ。

ゆっくり話せる時間と、人気のない場所が欲しかっただけ。

それに私は大した助言をしたわけでもない。

少しだけ彼の背中を押した……。

いや、違う。

彼の背中を、引いたのだろう。


冒険者ギルドの前に着くと、何やら声が外まで聞こえてくる。


「これ、入って大丈夫なのかな?」

「でも、帰るわけにはいかないよ」


揉め事かもしれない。

私たちは、意を決して中に入った。


「だから! 把握してないってどういうこと? それで、うちの執事見習いに何かあったらどうするの!?」

「お嬢様、ちょっと落ち着いてください」

「うるさい! なら、あなたが彼を連れてきてみなさいよ!」

「そう言われましても……」


『お嬢様』と呼ばれる人物が、ギルドの職員に詰め寄っている光景。

職員は困惑するばかりで、彼女の気迫に圧倒されている。

なだめているお付きの人も、制しきれずにいる。

私たちの受けた依頼は薬草採集なので、そんなに詳細な手続きをしてない。

それが良くなかったのだろう。


それが、ひどく声をかけにくい状況を生み出していた。

私は彼の言う『お嬢様』を見たことがないけれど、彼から聞いた性格のイメージと明らかに一致している。

その言葉の節々からにじみ出ている、彼を心配する気持ちがどれほど伝わっているのだろうか。

やれやれ、人間とは本当に不器用な生き物だよ。

具体的に言うと女神ぐらい。


「……僕行ってきます」


「おう、行ってこい」


彼が前に歩み出る。

そして放たれた言葉が、まずは誠実なもの。


「勝手に出て行ってすみません!」


彼女が振り返る。

少し驚いた顔を見せて、また不機嫌な顔に戻った。

そこに安堵の顔色が浮かんだと思ったのは、穿ちすぎだろうか。


「どこをほっつき歩いてたの! 急に居なくなって! 私の執事なんだから、私のそばにいないと駄目に決まってるでしょ!」


「迷惑をかけて本当にごめんなさい。それと、一つだけお願いしたいことがあるんです。聞いてくれませんか?」


「この期に及んで? 聞くだけ聞いてあげるけど。勝手にどうぞ」


「少しだけ、執事を辞めさせてくれませんか?」


その言葉で彼女に動揺が走る。

そんなことを言われるとは、露ほどにも思ってなかったという顔だ。

今までの強気で、勝気な彼女からは考えられないような表情。


「や、辞めてどうするのよ!? 別の家にでも行こうって言うの!?」


「いえ、今この時だけです」


「意味が分からない!分かるように説明してくれないと、出ていくなんて許さないから!」


「少しだけ、今少しだけ友達に戻ろうよ、エミリー。友達になって話がしたいんだ。あの頃みたいに」


その言葉は勇気を持って、真っ直ぐに視線とともに彼女に突き刺さる。

驚く彼女を、先程とは全く違う顔付きで見つめる彼。

二人の関係は今少しだけ時を遡る。

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