第88話 最終回


 長かった高校一年生が終わり、

春休みに突入した。


 高校生の春休みは2週間ぐらいしかなくて短い。

もっと長くてもいいのに。

ダラダラしていたらあっという間に新学期が始まる。


 今日は橘と駄菓子屋のバイト中だ。

駄菓子を食べながらだらっと店番をする。


 昼下がりのゆったりとした時間が流れている。

たまに吹く風が入り口の風鈴を揺らして音を響かせる。

その音に重ねるように駄菓子屋の前の公園から子供達の楽しそうな声が聞こえる。


 だんだんと気温も暖かくなってきていて、とても過ごしやすい。

こんなにいい環境だとつい眠くなる。

ああ、最高だ。



「そういえばもう4月だね」



隣の橘に話しかけられて目を覚ます。



「・・・ああ、もうそんな時期か」



 そろそろ桜も咲き始めるか。

学校までの道にある桜の木も始業式の日は満開に咲き誇ってるんだろうな。



「1年って短いねー」



橘が感慨に耽るようにカウンターで頬杖をつきながら呟く。



「うん、でも濃い1年だったよな」


「そうだよ!ほんっとうに濃い1年だった!」



 これは嘘じゃない。

1年で色々なことがありすぎた。

全ては橘との出会いがきっかけだ。



「ねぇ!高1を振り返ろうよ!」



 楽しそうにキラキラした目で俺を見てくる。

ワクワク、という擬音が聞こえてきそうだ。



「じゃあまずは高校1年生の春から!」


「んー、何かあったかな?」


「え!?一番大事なのがあるじゃん!」


「え、何かあったっけ?」



はぁ、と橘がため息をつく。



「加藤一馬&橘京子、世紀の大カップルの誕生ですよ!」



橘がドンッ!と胸を張って言い放った。



「あ、そういうことか」


「もう!全てはここから始まったじゃん!」



 確かにそうだ。

っていうか、いじめられてた人と付き合うとか普通に考えてありえないよな。


 そう、俺は元々橘にいじめられていた。

放課後に体育倉庫に呼び出されてパシリにされたり散々な目に合わされてきた。

それが紆余曲折あって付き合うことになった。

あの当時は橘を心底憎んでいた。

でも今は真逆の感情だ。



「で、その頃さ!放課後に買い物行ったりしたよね!」


「あー、したな。確か都会の駅まで行って一緒に買い物したんだよな。懐かしいな」


「それに夜の学校に忍び込んでプールで遊んだよね!」


「そんなこともあったな。その時期だよな、一緒に夏祭りで花火見たのは」


「そうそう!この時に付き合い始めたんだよね!」



そう、この花火大会をきっかけに付き合い始めた。



「付き合い始めてからも色々あったよね!旅行に行ったり、私のお父さんに初めて会ったり!」


「橘のお父さんに初めて会った時は緊張したな。だって社長さんだし」



 橘家は超大金持ちで家は大豪邸で使用人付き。

そんなの緊張しない訳が無い。



「その後は体育祭もあったし文化祭もあったな」


「うん!他にも2人で駄菓子屋でバイトを始めたり、私がストーカー にあったり、いじめられてる男の子を助けたり。本当に思い出したらキリがないよね!」



 どの思い出も鮮明に思い出せる。

でも大人になればこの記憶も薄れていくのかな。



「時間って短いね」



 そう言った橘はどこか寂しそうだった。

まるで俺の想いが伝わっているみたいだ。


 高校はあと2年か。

2年後はどうなってるかな?

大学に進学してるのかな、それとも就職?



「まあ、私たちはずっと一緒だもんね!」


「そうか?高校から付き合って結婚する人なんてあんまりいないんじゃないか?」


「ちょっとどういうこと!?私と一緒にいるの嫌なの!?」


「冗談だって」



 怒っている橘をなだめる。

けど実際そうだ、高校の時の彼女と結婚するなんてレアケースだろ。

でも、ずっと一緒にいられたらいいな。



「結婚って何歳からできるんだっけ?」



橘が真剣な顔で呟く。



「えっと・・・18歳?」


「ふーん、なるほどね」



橘が黙って何かを考えている。



「なにその意味深な間は」


「べつにー?」



よくわからないが、何か企んでいるのはわかる。



「でも高校2年になったら俺と橘、違うクラスになるかもな」


「それは大丈夫、もう手配してあるから」


「え、手配?」



 まさか俺と橘のクラスを同じにするように学校側に圧力をかけたのか?

忘れてた、橘は親のあれで学校とズブズブなんだった。


 その時、駄菓子屋の扉がガラガラと開いた。

お客さんが来たようだ。



「京子!来たよ!」


「おーい、やってるかー」



お客さんは梅澤と蓮だった。



「あ!2人とも元気?ちょうど思い出話してたところなの!」


「思い出話?」


「そう!この1年間の思い出話!」


「へー、楽しそうじゃん。私たちも混ぜてよ」



 そうして4人での思い出話が始まった。

この4人でも色々なところに出かけた。

頭に鮮明に残る思い出を語り、4人でその時を振り返る。

思い出話が止まることはなかった。



「楽しいね」



 会話の最中、橘がそう呟いた。

それを聞いた3人が静かに頷いた。


 長いようで短い、淡い青春の日々。

人生のたった数年しかない青春の時間。


 時が進むにつれて立派な大人になっていく。

そして青春時代の思い出もいつしか薄れゆく。

しかしその日々を忘れたわけではなく、

脳の片隅にしっかり焼き付いて消えることはない。

また仲間で集まれば当時のように思い出すことができる。

この4人もそうだ。


 楽しそうに話す橘の横顔は本当に綺麗だった。

梅澤と蓮も心の底から笑っている。

それにつられて俺も笑う。



「楽しいな」



4人の青春は消えないーーー

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どうやら俺をいじめているギャルが俺のことを好きらしい ぺいぺい @peipei_1234

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