第87話 1日遅れのホワイトデー



学校の帰り道、橘と2人で駅までの道を歩く。



「一馬くん、今日も楽しかったねー」


「そうだなー」


「・・・本当に楽しかったねー」


「・・・そうだなー」



 橘が同じことを何度も言う。

今日の橘は何かおかしい。

なんとなく俺の気を引こうとしている気がする。



「あー、もっと楽しいことあったらいいのになー」



 そう言いながら橘は俺のことをチラチラ見る。

なんだ?

俺、何か忘れてる?



 そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら駅に到着する。

ちょうど電車が来ていたので2人で乗り込む。


 この時間は電車の中も空いている。

2人でガラガラの車内の端の席に座る。


 いつも橘はここでスマホを触ったり少し寝たりするのだが、

今日は俺のことをじーっと見つめている。


 それも睨んでいるとかではなくてウキウキと目を輝かせて、

子供みたいに足を浮かしてぷらぷらさせてる。

俺の何かを待ってるようだ。



「な、何?」


「別に?何もないけど?」



橘が、ふん、とわざとらしくそっぽを向く。



「いや、あるでしょ。なんかあるなら言って?」


「いやー、女の子の口から言うのは違うかなー」


「え?」



 まじでわからん。

え、今日記念日かなんかだったか?

とにかく考えても分からないので一旦、橘の熱い視線を無視することに。


 電車が動き出しても橘は俺のことを変わらずまだ見つめている。

それでも放っておくが、

橘の降りる駅が近づくにつれて橘の表情がさっきの可愛いウキウキした笑顔ではなく、

だんだんと口角が下がって睨むような表情に変わってきた。


 ちょっと怖いんですけど。

頼むから何か教えてくれ。


 そしてアナウンスで橘の降りる駅の名前が流れる。

橘は変わらず俺を鬼の形相で睨んでいる。



「な、なんで俺のこと睨んでるの?」


「・・・睨んでないよ?」


「いや、睨んでるでしょ」



電車が橘の降りる駅に入っていく。



「ほら、橘の降りる駅着いたぞ」


「いいの!?帰るよ!?」



 橘が急に大きな声をあげる。

幸い、電車の中には俺たち以外人はいない。



「何言ってんだ?」


「本当に帰るよ!?」


「え、帰っていいけど。・・・何かあるの?」


「・・・」



 橘は黙って何も言わない。

まるで最後の希望を願っているように俺を見ている。



「わかった!そうか!」



 ふとあることを思い出す。

橘の表情がパァ!と一気に明るくなる。



「あれだろ!女の子がよくなる情緒不安定だ!」


「違うわ!もういい!」



 橘がそう言って電車から飛び降りる。

そしてドンドンと大きな足音を立てて改札に向かって行った。


 なんだったんだ?

でも何か俺からの行動を待ってるような気がした。

今日って記念日とかだっけ?

不思議な気持ちを抱えながら家に帰る。


 そしてその日の夜。

リビングで寝転びながらテレビを見ていると母さんに話しかけられる。



「この前ね、買い物に行ったらすごい人だったの」


「へー」



相変わらずの生返事で返す。



「普段あんなに人いないのに、多分ホワイトデーのお返し買いに来てるのよ」



 ホワイトデー、もうそんな時期か。

俺も橘に何か返さないとな。



「そういえば京子ちゃんにホワイトデー何かあげたの?」


「うーん、まだ考え中」


「考え中って、今日がホワイトデーよ?」


「・・・え?」



 ホワイトデーは今日?何言ってるんだ?

母さんの言葉に脳が追いつかない。


 あれ、ちょっと待て。

今日って何日だ?

ふとカレンダーを見ると今日は「3月14日」だった。


 あああああああ!

やった!これはやった!

もしかして今日の意味深な態度はそれか!?


 まずい、これは完全に怒らせた。

すぐに橘に謝罪の連絡をするか?


 そう思ってスマホを取る。

いや、ちょっと待て、このままじゃ絶対喧嘩になる。

それだけは避けたい。


 今すぐ買いに行って1日遅れだけど明日渡そう。

この時間なら近くのショッピングモールも開いてるはずだ。


 そしてホワイトデーをわざと1日遅らせたってことにしよう。

プレゼントを選ぶのに時間がかかったとか言えば納得してくれるはずだ。


 っていうかわざわざプレゼントを買わなくてもいいんじゃないか?

愛をプレゼントとか言ったら喜んでくれそうだけどな。

・・・いや、やめよう、マジでキレられそうだ。


 それに俺がバレンタインデーに橘からもらったのは俺の等身大チョコだ。

あんな盛大なチョコを貰ったのにお返しなしは流石にやばすぎる。


 男はバレンタインデーに女の子からチョコを貰うと、

ホワイトデーにお返しをしなくてはならない。

これは決まりであり、礼儀だ。

まあクラスのみんなに渡してるような圧倒的な義理チョコならお返しは要らないかもしれないけど。



「ちょっと出かけてくる!」



俺はそう言ってホワイトデーのお返しを買いに近くのショッピングモールに行くことにした。



 ショッピングモールはまだ開いていた。

中は服屋や本屋など様々なお店が両横に所狭しと並んでいる。


 俺はとにかく雑貨屋さんを目指すことに。

なんとなくだけど雑貨屋さんには良いプレゼントが売ってる気がした。


 目的の雑貨屋さんに到着する。

店の中は女の人ばっかりだ。

なんか入りづらい。


 でも雑貨屋には良さそうなものがたくさん売っている。

ここはアウェイだが勇気を出して突入しよう。

俺は少し照れながら、

ズンズンと雑貨屋に入っていった。


 雑貨屋に入ると色々なものが売っていた。

カップル用のペアのコップ、好きなとこ100個書いて渡すやつ。

ハンカチ、紅茶、ハーバリウム。


 うーん、わからん。

何が良いんだ?

女の子って何もらったら喜ぶんだ?


 店員さんに何がいいですかねって聞こうかな。

・・・いや、やめよう。

自分で選んだ方が気持ちがこもってるはずだ。


 でも何か残るものをあげたいな。

お菓子とかは当たり前だけど食べたらなくなるしな。


 雑貨屋の中をグルグルと何周もする。

多分店員さんはこいつめっちゃ迷ってるなって思ってるだろうな。


 何周目かに突入しようとした時、

棚に陳列されている一つのアルバムを見つけた。


 そのアルバムは思い出の写真を入れられて、

メッセージを書けるようだった。


 これいいじゃん!これにしよう!

なんとなくそのアルバムに運命を感じた。

っていうのは建前で半ばやけくそになって選んだ結果だった。


 購入してそそくさと雑貨屋を出ていく。

そして家に帰宅してから気づいたのだが、

このアルバム、写真を入れてさらにメッセージも書かないといけないからめちゃくちゃに時間がかかる。

やべぇ、なんでこんな時間がかかるものを買ったんだ。


 俺は徹夜で写真をかき集め、メッセージを一つずつ丁寧に書いた。

まあ忘れていたのは自分だし、橘の喜んだ顔を想像すれば苦ではなかった。

それに橘と出会ってからの1年間を振り返ってるようで楽しかった。



 そして1日遅れのホワイトデー、3月15日。

学校からの帰り道。


 なぜか橘は全然話してくれない。

まあ理由はわかってるんだけどな。



「なあ、橘?」



そう言ってもドンドンとわざとらしく大きな足音を立てて俺の横を無言で歩いている。



「ちょっと渡したいものがあるんだけど」



そう言うと、



「え?」



 さっきの怒ってた顔はどこへやらと言うように橘が嬉しそうな顔をする。

よしよし、アルバムを渡そう!



「昨日、ホワイトデーだったでしょ?これ、1日遅れだけど・・・」


「え、本当に?」



 橘に昨日雑貨屋さんで購入した思い出のアルバムを渡す。

アルバムには今までの俺たちの思い出の写真が飾られてる。



「・・・嬉しい」



 橘が一枚一枚ゆっくりと眺めていく。

一通り見終えると、



「っていうかなんで昨日渡してくれなかったの?・・・忘れてたでしょ」


「違うって!準備に時間がかかったの!」


「・・・本当に?」


「信じて!いやー準備大変だったなー」



昨日慌てて買いに行ったとは口が裂けても言えない。



「ならいいけど」



 橘はアルバムを大事そうに抱えている。

喜んでくれてよかった。



「一馬くん、眠そうだけど。やっぱり忘れてたでしょ!?」



その後も橘からの追求は続いたが、俺ははぐらかし続けた。

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