今日も空を見上げている

一華凛≒フェヌグリーク

今日も空を見上げている

 白鳥に恋をした。

 リノリウムの銀世界で、爪先を赤く青く染め変えながら、華麗に跳ぶ鳥に恋をした。鳥は、幼馴染の顔をしていた。


 生まれた時から隣り合っていた幼馴染は、舞台に上がると白鳥になる。

 衣装を脱ぐと、芋虫をつまんで見せてくる子どもになる。膝を泥だらけにして団子を見せ合ったりもする。「ゲームしよう!」とゲーム機片手に遊びに来る時もある。いつも笑顔で場を和ませる君が、舞台に上がった途端に冷たいほど美しくなる。同い年の三枚目のはずの君が、色気を持った大人にもなる。


 白鳥に、なってみたくなった。


 家族に話をして、見学をして、君と同じバレエ教室に入った。

 手足はあっという間に痣だらけになった。「その内痣ができなくなるよ」と君は笑った。皮は5mmくらいまで厚くなった。「梅雨はよくズル剥けるよねー」と教室の仲間も一緒に笑ったりした。筋肉痛にならない日はなかったし、先生に「もっとできるはず」と怒られない日も中々ない。

 でも、白鳥の努力を体験するのは、楽しかった。

 少しずつできることが増えていく。少しずつ、君と同じ舞台に立てるくらいになっていく。先生に褒められることも増えて、後輩に教えることもできるようになった。君と、意見交換をできるようになるかもしれない、なんて期待した。

 10年ずっと、君のことが好きだった。


 高校生になって君は、海の外に夢を定めた。

 海外のコンクールで認められて、そのまま帰って来なかった。海の向こうに家を持って、海の向こうに舞台を持って、海の向こうで結ばれた。

 素敵な人に出会ったのだ、君は。


 いつか、白鳥に恋をした。

 でも君は人間だ。『君』を支えられる人じゃないと隣に立てないなんて当たり前だ。『白鳥』に恋をした自分じゃ、不足なのだと知っている。よくある話だ。


 自分は、白鳥に恋をした。

 白鳥と君は同じじゃない。自分が鳥ではなかったように。


 もし願いが叶うなら、君がずっと遠くへ飛ぶのを眺めていたい。目を細めて見送りたい。君の努力を知っている。夢の熱量を知っている。君の、美しさを知っている。隣を支えるひともまた、同じように尊いのだろう。


 夢のように白い鳥、自分の恋した自由な鳥。

 どうか幸せな人生を。

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今日も空を見上げている 一華凛≒フェヌグリーク @suzumegi

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