ユニコーンと翼

taiki

ユニコーンと翼

「こちらがタテガミでございます。赤身と一緒に甘口の醤油をつけてお楽しみください」


真っ白な脂身の刺身が出てきた。

馬の綺麗なタテガミが生えている部分の脂身の肉で、1頭の馬から5kgぐらいしかとれない希少部位だ。コリコリした食感がたまらない。コリコリした食感の先にはこってりとした旨味が待ち構えている。


俺の名は一馬。

昨年、大手通信会社の研究部門を退職し独立した。今日は経営者仲間で渋谷にある馬肉料理を食べに来ている。経営者仲間と聞くと響きがいいが、みんな貧乏暇なしのベンチャー企業経営者だ。経営者をやっていると孤独になることが多く、たまに集まって社内では言いづらいことや将来の夢を語り合ってガス抜きをしている。


角田がタグ・ホイヤーの新しい腕時計をチラつかせながら自慢気に話しはじめた。

「ようやくベンチャーキャピタルとの話がまとまって、出資してもらえることになった。いろいろと調べられて、根掘り葉掘り聞かれて大変だったけど、これで本業に注力できそうだ」


ベンチャーキャピタルとは将来有望なベンチャー企業やスタートアップ企業の株式に投資して、将来成功した時にその株式を売却して大きく儲けるプロの金融投資家である。


そんな投資家との契約がまとまったこともあって、角田は気が大きくなっているのだろうか。自信に満ちた表情をしていた。

「ベンチャーキャピタルから資金調達なんてしちゃったら、逆にやりにくくなったりしない?」俺もベンチャーキャピタルに興味があったので聞いみた。


「プレッシャーはあるし、取締役会とか株主総会を真面目にやらないといけなくなるから面倒くさくなるのはあるけど、背に腹は代えられないかな。まだサービスは赤字だし、ある程度スケールさせるにはやっぱり資金が必要。サービスが大きくなるためなら、積極的に顔出しもして宣伝する。覚悟を決めた」

決断をした人間は大きく見える。


「偉い!俺は外部の投資家を入れる決断が出来ないんだよなぁ。まぁ、俺のところはニッチな法人向けサービスだから大きな資金がなくてもなんとかなるけど、資金調達をしてビジネスを大きくしようとする動きは憧れちゃうな」

隣の芝生は青くみえる。俺は自分の近況を話し始める。


「俺のところは最近、少しずつお客さんがついてきて安定してきた。それはそれで嬉しいけど、どうせなら自分の会社を大きくしたいし、ユニコーン企業とか言われてみたい。」と俺はわざと控えめに言った。


ユニコーン企業とは、時価総額が10億ドルを超えるスタートアップ企業のことだ。週刊ダイヤモンドみたいな下世話なビジネスメディアでたまに目にする。


以前勤めていた通信会社は保守的な人が多いこともあって「起業なんてどうせ失敗するからやめろ」と多くの人に言われた。本当はユニコーン企業ともてはやされて、独立に否定的だった人達を見返したい。その想いが俺の原動力の一部にもなっていた。


ビールを一口飲んで喉を潤し、馬のタテガミに甘口醤油につけて食べてみた。脂なのに予想以上にあっさりしている。これは気持ち悪くならない不飽和脂肪酸系の脂だ。魚の脂に近い。その脂に赤身のあっさりした肉が加わるとタテガミは次のステージに行く。仕事でのストレスやプレッシャーを忘れて、そっと目を閉じてじっくりと味わった。



目を開くとそこは草原だった。経営者仲間たちはいない。代わりにたくさんの馬がいる。ある馬は赤い一日に千里を駆けそうな赤兎馬みたいだし、ある馬はラオウが乗っている黒王号みたいだ。そして、奥の方に白く神々しく輝く馬がいる。頭の部分からチラチラと突起物が見える。どうやら角のようだ。あれは伝説のユニコーンか。俺もどうやら馬になっているらしい。自分を確認するために近くにあった小さな池を覗き込んだ。俺はヤギよりも一回りぐらい大きいポニーになっていた。赤兎馬でも黒王号でもない。ましてやユニコーンなんかでは決してない。小さくてかわいい、ムジャキにむしゃむしゃと草を食べる草食動物、ポニーだ。自分の会社をユニコーン企業にすると宣言したばかりなのに、俺はポニーになっている。やっぱりユニコーンにはなれないのか。俺はユニコーンに嫉妬し、自分に失望した。


人間に戻ることなくポニーとしての生活は続き、冬を5回超えただろうか。最初はユニコーンじゃないことに不満をもったが、ポニーの生活は実はそこまで悪くない。荷物を運ぶのを手伝ったりして、人間の役に立っているし、人間に可愛がってもらえる。地味な存在かもしれないけど、俺がいなくなったら困る人だっているだろう。ポニーの暮らしが快適であるが、人間に戻る日は来るのだろうかと少し気にしている。


その一方で草原にいた他の馬はどこかに行ってしまった。赤兎馬も黒王号ももういない。ユニコーンに至っては、ユニコーンの角を大事そうに持っている人相の悪い人間を見た。金と血の臭いがした。きっとユニコーンは殺されて、高く売れる角だけ奪われたのだろう。俺はユニコーン企業をめざすなんて息巻いていたが、その末路は意外と悲惨かもしれない。むしろ、人間に必要とされ可愛がられるポニーとしてのポジションを築けた。仕事があって、多くの人に感謝されながら生きる。それだけで十分に幸せを感じた。


ある日の食事で干し草と一緒に脂っこい何かが提供された。草食動物とは言え、ある程度脂肪を取らないと毛のツヤがなくなる。きっと魚の肝油か何かだろう。脂肪分を口にした瞬間に脂が舌にまとわりついた。懐かしい味がする。目をつぶると渋谷の馬肉料理屋の光景が浮かんできた。


もしかしたら人間に戻れるかもしれない。


そう思った瞬間、目を開いた。人間の世界に戻っても俺はユニコーンにはなれない。なったとしても待っているのはジェットコースターのような人生の果てに世間に消費されてボロボロになる無残な姿だ。それだったら、ポニーのように適度に社会に必要とされ、自分の役割をこなしながら幸せに暮らそう。


俺は人間に戻るのをやめた。


その瞬間、背中のあたりにムズムズした不思議な感覚が襲ってくる。背中に翼が生え、俺はペガサスになった。そのまま翼で羽ばたき、渋谷まで飛んだ。



渋谷の馬肉料理屋で経営者仲間の角田が言った。

「俺はユニコーン企業と呼ばれるような会社を目指したい」


このセリフは以前は俺が言ったような気がしたが、今の俺だったら絶対に言わないだろう。


俺は角田に向かって言った。

「ユニコーンを目指すのもいいけど、まずはお客さんに気に入られて可愛がられるポニーみたいな馬になることが先じゃない?ユニコーン企業と世間で騒がれることが目的じゃないんだぞ」


世間はいもしないユニコーンを探そうとする。一方で、ペガサスはいる。ただ、そのペガサスの翼は人間には見えない。俺は背中に小さな翼が生えるのを感じた。

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ユニコーンと翼 taiki @taiki_chk

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