第12話 蝉
実家に帰省したさい、家のすぐ近くの林では蝉が連日けたたましくないていた。アブラゼミやミンミンゼミ、その他もろもろの鳴き声が家のどこにいても柱を伝うように聞こえてくる。巨大な蝉の体内にいるように感じられた。
トイレの窓から林を眺めれば、聞いた事のないような声が聞こえてくる。鳴く虫は何百匹あのやけに広い林に居るのだろう。私は虫が昔から嫌いなため、あそこに足を踏み入れたことすら無かった。
あの林は我が家の私有地なため、行こうとしても親も止めなかっただろう。そんな絶好の遊び場を、虫が苦手という一点のみで逃がしていたことになる。
その夜布団へ潜り込んでも、蝉の声は続いていた。街灯などの影響で明るくなった結果、蝉は夜になっても鳴くようになったそうだ。この辺りも着々と都市開発の影響を受けている。
私は林の中を探検していた。虫取り網を持ち、散歩するかのように木々の間をぶらついている。遠くには木造の家が見える、あれは我が家だ。
蝉の鳴き声が降り注ぐ中、顔を上げてその姿を探す。背が低い、小学生の目線だった。それでも網を使えば捕まえられそうな位置に何匹かいる。
ふと、後ろから蝉の声では無いなにかが近づいてくるのを感じて、後ろを何気なく振り返る。
人が口を大きく開けて立っている。
バリカンで適当に剃ったような頭、小汚い麻袋から足と頭だけ出したような格好をしているため、性別はわからない。
口を開けているのではなく、叫び声を上げていた。その絶叫が蝉の声に混ざっている。
それはぺたぺたと走って、私の前の木にしがみついていた蝉に齧り付いた。噛み割って咀嚼する間は蝉の悲鳴のみが響いたが、またすぐに口を開けて叫び始める。
低い位置の蝉を食べ終わってしまえば、それはまた叫びながら林の向こうへ消えていった。
布団の中で目が覚めた。背中に汗の滴を感じる。寝返りをうって、それでやっと思い出した。
あの出来事があって、私は虫嫌いになったのだ。
まだ蝉の声は続いている。耳を澄ますとその中にあれの絶叫が混ざっていそうで、私はイヤホンを付けて目を閉じた。
不愉快創作 黒胡麻月介 @msk_bun
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